未踏破領域
青白いネオンが、死んだ都市の輪郭を不気味に照らし出していた。
「……これが、ダンジョンの深層にある景色だとでも言うの」
S級探索者のエリーゼが、ひび割れたままの眼鏡を押し上げながら、信じられないものを見るように呟いた。
未踏破領域の先に広がっていたのは、第一大陸の王都よりも遥かに高度に発達した『機械化都市』の廃墟だった。
天を突くような摩天楼は黒鋼と未知の合金で造られ、その至る所が崩落しているにも関わらず、都市の機能を維持する青白い魔力光のラインが静かに明滅を繰り返している。
「まるで、数千年前に滅びた別の世界が、そのまま地中深くに埋まっているみたい……」
アリアが細剣の柄に手をかけたまま、警戒を露わにして周囲を見渡す。
空(本来なら岩盤があるはずの天井)には、人工的に作られたと思われる星空のような無数の光が瞬き、風すらない無機質な空間には、機械の微弱な駆動音だけが耳鳴りのように響いていた。
「アリアさん。ここ、普通のダンジョンと様子が違います」
リヒトが一歩前に出て、クロエから受け取ったばかりの真新しい超質量戦槌【アバランチ・ノヴァ】を肩に担ぎ直した。
「魔物の獣臭さも、瘴気の匂いもしない。……オイルと、焦げた鉄の匂いだけがします」
「リヒトの言う通りだよ。私のデバフの射程圏内にも、普通の魔物の反応が一つもない……。なんか、すごく気味が悪い」
アイラがリヒトの黒いローブの裾をギュッと握りしめながら身震いする。
「ギデオンはここで、第一大陸の魔力脈と『何か』を掛け合わせて、あの人工魔神を造り出した。……気をつけて。ここにあるのは、自然発生した魔物なんかじゃないわ」
【極光の剣姫】の鋭い警告と同時に、都市の奥深く——ひときわ巨大な摩天楼の中心から、不気味な赤いパルス光が放たれた。
『——侵入者を検知。生体波長、第一大陸指定探索者。排除シーケンスへ移行します』
無機質な、感情の一切存在しない合成音声が廃都に響き渡る。 直後、リヒトたちの周囲にある黒鋼の道路が規則正しく展開し、地下から「それら」がせり上がってきた。
「なんだ、こいつら……!」 エリーゼが細剣を構え、驚愕に目を見開く。
現れたのは、猟犬やゴーレムといった見慣れた魔物の姿を模してはいるが、肉体の大半が未知の金属とチューブで構成された『機械化兵器』の群れだった。
赤いセンサーの目を光らせた数十体の機械犬が、一切の咆哮を上げることなく、恐るべき統率力で一斉にリヒトたちへと襲いかかってくる。
「アイラ、下がって!」
「うんっ!『死神の領域』!」
アイラが即座にデバフを展開する。黒い波紋が機械の獣たちを包み込み、その挙動が目に見えて鈍った。生命力を持たない機械であっても、魔力を動力源としている以上、アイラの理不尽な呪いは有効らしい。
「——道を開けろッ!」
鈍った機械犬の群れの中央へ、リヒトが弾かれたように飛び込んだ。 【敏捷148】の神速。そして、クロエが最高純度の黒星鉱と竜王の素材で組み上げた【アバランチ・ノヴァ】の絶大な質量が、横薙ぎに一閃される。
ゴシャァァァァァァンッ!!!!
火花と金属片が派手に爆散した。 これまでのアバランチでも十分に規格外だったが、新調された戦槌はリヒトの【筋力】を一切減衰させることなく、寸分違わず対象へと叩き込む。分厚い合金の装甲を持つはずの機械犬たちが、まるでアルミ缶のようにひしゃげ、数体まとめて後方の構造物へと吹き飛んでいった。
「すごい……! 前よりずっと軽くて、威力がそのまま伝わってくる!」
「はしゃいでいる隙はないわよ、リヒト!」
上空から、銀色の軌跡が機械犬の群れを分断する。 アリアが風の魔法で宙を舞い、神速の刺突で機械の関節や動力パイプの隙間を正確に撃ち抜いていく。さらに、剣先から放たれる極低温の魔力が機械の内部回路を一瞬で凍結させ、機能停止へと追い込んでいく。
「……信じられませんね。S級探索者一人でも苦戦しそうな硬度の自律兵器群を、あの二人はまるで雑草でも刈るように……」
後方でサポートに回っていたエリーゼが、呆れたような、それでいて誇らしいような溜息をついた。
共に王都防衛の死線を潜り抜け、互いの戦い方を完全に把握した【極光の剣姫】と【微笑みの黒鋼熊】の連携は、もはや芸術的なまでの蹂躙劇だった。
「これで、最後だッ!」
頭上から飛びかかってきた巨大な機械の腕を、リヒトがアバランチ・ノヴァのフルスイングで粉砕する。 最後の一体がガガガガッと激しいノイズを鳴らしながら爆発し、廃都に再び静寂が戻った。
「ふぅ。普通の魔物と違って、急所がわかりにくいですね」 リヒトがチリチリと煙を上げる戦槌を肩に担ぎ直しながら、ふんわりと笑う。
「でも、手応えは掴んだわ。これなら内部の制圧も問題なく——」
アリアが細剣を鞘に収めようとした、その時だった。
『——初期防衛システム、沈黙。対象の脅威度を【A】から【特S】へと引き上げます。……メインホスト、再起動』
廃都の中心にある巨大な摩天楼。その壁面全体が、突如として巨大な「モニター」へと変貌した。 眩い光と共に映し出されたのは、ギデオンではない。 白衣を着た、無数のケーブルに繋がれた『一人の少女』の立体映像だった。
「……え?」 リヒトが、思わず息を呑む。 モニターに映し出されたその少女の顔立ちは、今彼のすぐ後ろで怯えているアイラと、そしてステラ・ノヴァのマスターであるクロエの面影を、不気味なほどに混ぜ合わせたような造形をしていたのだ。
『よく来ましたね、新人類の出来損ない(テスター)たち』
少女のホログラムが、一切の感情を持たない瞳でリヒトたちを見下ろす。
『私は、この【旧世界】の管理AI。……あなたたちが「ダンジョン」と呼んでいるこの兵器実験場の主です』
「兵器……実験場、だと……?」
アリアの銀色の瞳が、かつてないほどの戦慄に揺れた。
第一大陸の探索者たちが命を懸けて潜り続けてきた未知の迷宮。 その正体が、かつて滅びた旧世界の残骸であり、何者かが仕組んだ「実験場」に過ぎないというのか。
『ギデオンという個体が持ち込んだ【神の細胞】のデータは、全てこちらで回収・最適化が完了しました。……さあ、次の実験を始めましょう』
少女のホログラムが機械的に微笑んだ瞬間、廃都全体の地面が激しい地震と共にひび割れ始めた。 地下深くから、先ほどの機械兵器などとは比べ物にならない、とてつもない質量の『何か』が目覚めようとしている。 未知の領域の本当の絶望が、ついにその牙を剥こうとしていた。




