第96話 《月墜ち》
『封印限界』
その言葉が世界へ響いた瞬間だった。
空が、割れた。
バキン――
まるでガラス。
夜空そのものに巨大な亀裂が走る。
そして。
月が崩れた。
誰も最初は理解できなかった。
白い月面。
そこへ黒いノイズが走る。
次の瞬間。
月全体が歪んだ。
球体が潰れる。
伸びる。
反転する。
物理法則を無視して形状が崩壊していく。
世界中の人々が空を見上げた。
そして絶望した。
ドゴォォォォォォ――!!
月が砕け散る。
巨大破片群。
燃えながら落下開始。
王都だけじゃない。
世界全域。
大陸全体へ流星群が降り注ぐ。
終末。
完全な終末だった。
空は赤黒く染まる。
太陽光が狂っていた。
昼なのに夜。
夜なのに夕焼け。
赤い空。
黒い海。
世界そのものが色彩異常を起こしている。
さらに。
海面が浮き上がった。
重力が壊れている。
巨大な海水塊が空へ持ち上がり。
逆さ滝のように宙を漂う。
各地で悲鳴。
「世界が終わる……!」
「神よ……!」
だが。
神殿は沈黙していた。
もう祈りは届かない。
神々ですら限界だから。
王都中央。
空間ノイズが激化する。
建物が一瞬だけ“過去”へ戻る。
崩壊した城壁が元へ戻り。
次の瞬間また崩壊。
時間逆流。
因果崩壊。
世界法則そのものが壊れている。
アストラが青ざめた。
アストラ
「侵食速度が……速すぎる」
「封印維持が追いつかない……!」
クロノスの時間固定も崩壊。
ミラの因果制御も無効化。
神々ですら、もう止められない。
観測者の巨大な“眼”が空を覆う。
だが。
その視線すらノイズで乱れていた。
防波堤。
世界封印装置。
それが壊れ始めている。
ルナが震える声で呟く。
ルナ
「外界が……流れ込んできてる」
「もう境界が保ててない……」
セリスが民衆を見下ろす。
セリス
泣き叫ぶ人々。
崩壊する王都。
終わる世界。
それでも。
彼女は歯を食いしばった。
「避難を続けて!」
「最後まで諦めないで!!」
王女として叫ぶ。
だが。
その声すら世界ノイズに掻き消される。
その時。
巨大な月破片が王都へ落下した。
山サイズ。
回避不能。
全員が絶望する。
しかし。
カインが前へ出た。
カイン
片手を上げる。
それだけ。
ズドォォォン!!
空間が歪む。
落下していた月破片。
それが。
カインの前で停止した。
衝撃波だけが世界を揺らす。
周囲が沈黙する。
まただ。
世界崩壊現象ですら。
カインだけは普通に止める。
ゼノが呆れたように笑う。
ゼノ
「お前、本当に最後のバグだな」
カインは空を見上げる。
巨大な裂け目。
その奥。
黒いノイズ。
全部の原因。
外界。
そして。
静かに言った。
「……行くしかないな」
セリスが振り返る。
「え?」
カインは裂け目を見つめたまま続ける。
「このままじゃ終わる」
「だったら、元を止めるしかない」
沈黙。
全員が意味を理解した。
ルナが顔を青くする。
「待って」
「まさか……」
カインは軽く肩を回した。
そして。
空の裂け目を指差す。
「俺、あの中行ってくる」
世界が静まり返った。




