表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky@3作品同時連載中
第1章:見えざる神の手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話:魔族の静寂と侵略の美学

天道輝がこの異世界に召喚されてから、一ヶ月半が経過していた。


王城のテラスで風に吹かれながら、輝は脳内に浮かぶ自身のステータス画面を確認する。


【天道輝:ステータス】


レベル:138


HP:1580


MP:1920


ATK:1550


DEF:1400


AGI:1720


INT:2050


影分身:256体


(レベルが上がり、分身体が破壊された際の手痛いフィードバックも、今ならほぼ無傷で処理できる。そろそろ、本来の「敵」である魔族領の全容を暴く頃合いだな)


輝の放った分身体たちは、すでに周辺諸国を網羅し、魔族領との境界付近にまで到達していた。


これまでは魔族との直接接触を避けてきたが、本格的な威力偵察を開始した輝は、ある驚愕の事実に直面することになる。


王都から遠く離れた辺境の要衝、国境都市バレンシア。


分身体の『広域鑑定アーカイブ』がスキャンしたその街のデータは、輝の予想を心地よく裏切るものだった。


なんと、バレンシアの住民の約二割が「魔族」であったのだ。


彼らの見た目は人間と何ら変わらず、職人や商人、あるいは衛兵として、人族の社会に完全に溶け込んでいた。


さらに重点的な調査を進めた結果、バレンシアを治める領主、カスティール子爵までもが魔族であることが判明した。


領都のみならず、近隣の各町にも水面下で魔族が潜入している。


(なるほど。武力による派手な蹂躙ではなく、経済や行政の中枢を密かに乗っ取っていく「水面下での侵略」か。実に合理的で好ましい方針だ)


輝は、彼らが単なる殺戮者ではなく、対話と交渉が可能な「知性あるビジネスパートナー」になり得るかもしれないと判断した。


数日後、輝は勇者パーティを率いて、魔族領に近い街の調査と「魔族討伐」を名目に王都を出立した。


「勇者様!どうかご無事で!」


「我らの希望!魔族の脅威から世界をお救いください!」


沿道を埋め尽くす王都民の割れんばかりの声援に、輝は馬に跨りながら、爽やかで慈愛に満ちた笑顔を振りまいた。


その背後には、彼を盲信する聖女クラリスや、輝の分身体たち、そして相変わらず監視の目を光らせるメイドのセリアが続いている。


(さて、まずはあの魔族の領主殿と、内密に話をさせてもらおうか)


バレンシアに向けて移動を続ける馬車の中で、輝は密かに魔力を練り上げた。


輝の放った分身体たちは、すでにバレンシアの街中に潜む魔族全員の「影」に潜り込み、完璧な監視網を完成させていた。


深夜。


バレンシア領主、カスティール子爵の豪奢な寝室。


月明かりだけが差し込む静寂の中、床に落ちたカスティールの影がぐにゃりと歪み、そこから音もなく一人の青年が立ち上がった。


輝の分身体である。


「なっ……何者だ!」


気配に気づき、枕元の剣に手を伸ばそうとしたカスティールに、輝は冷たく、しかし穏やかな声で告げた。


「抵抗は無駄ですよ、カスティール子爵。あるいは、魔族の将軍と呼ぶべきですか?」


カスティールの動きが完全に止まった。


己の正体が完全に露見していること、そして目の前の侵入者が底知れぬ力を持っていることを、彼の実戦経験が本能的に悟らせたのだ。


「貴方が人族を無闇に嫌悪していないのなら、話す余地があると思って来ました。どうするつもりですか、この街を」


輝が問いかけると、カスティールは深くため息をつき、剣から手を離した。


「……私の負けだ。寝室にまで侵入された時点で、私の命など貴殿の掌の上だろう。しかし、人族を嫌悪していない、というのは本当だ」


カスティールは自嘲気味に笑い、窓の外の街並みに視線を向けた。


「我々は侵略者としてこの街に潜入した。だが、ここで暮らし、人族の営みを間近で見るうちに分からなくなったのだ。流行り病で子を失い、泣き崩れる人族の親の姿を見た時……種族の違いに、果たして何の意味があるのかとな」


それは、血も涙もない魔族という固定観念を覆す、あまりにも人間臭い独白だった。


「それに、魔王様からも『人族を無闇に嫌悪するな』という奇妙な厳命を受けていてな。我々はただ、静かにこの街を管理し、共存の道を探っていただけなのだ」


(鑑定結果と完全に一致している。魔王の意図はまだ見えないが、少なくともこの領主は使えるな)


輝は魔王に興味を抱きつつも、敵対意思の無い魔族を虐殺するのは美学に反するとして、忠告することにした。


「明日、この街に『勇者』が来ます。貴方たちに友好的な意思があっても、人族に強い殺意を持つ過激派の魔族が残っていれば、悲劇が起きます。彼らを早急に魔族領へ帰還させなさい」


輝が明確な指示を出すと、カスティールは驚きつつも深く頷き、その言葉に従うことを約束した。


翌日のことである。


カスティールから「勇者の接触」について報告を受けた魔王は、接触してきた影が勇者本人(あるいはその一部)であることを見抜いていた。


魔王はあえて、人族に友好的な魔族のみを秘密裏に帰還させ、人族への憎悪に凝り固まった「過激派の魔族」を街の裏路地に残すよう命じた。


それは、魔王からの「手土産」だった。


勇者に討伐の手柄を与え、自らの意思を示すための、残酷で合理的なプレゼント。


(なるほど。この魔王、俺の意図を正確に理解した上で、自らの手駒を切り捨てて俺に実績を譲ったか。頼もしいビジネスパートナーになりそうだ)


バレンシアに到着した輝は、魔王の意図を完璧に汲み取り、あえて衆人環視の中で「潜伏していた魔族」との対峙を演出した。


広場に引きずり出された過激派の魔族たちは、人族として生活していたにもかかわらず、その本性を隠そうともせず、輝や民衆に向かって凄まじい暴言を吐き捨てた。


「穢らわしい猿どもが!貴様らは魔王様の家畜にすらふさわしくない!」


口から泡を飛ばし、彼らは憎悪のままに叫び続ける。


「その薄汚い肌、怯えた鳴き声……。魔族の足元に跪き、血の一滴まで捧げるのが貴様ら下等種族の唯一の価値なのだ!我ら気高き魔族に殺される喜びを噛み締めろ!」


そのおぞましい選民思想に、集まった民衆は恐怖に震え上がった。


だが、輝は一切の感情を顔に出さず、ただ静かに剣を抜いた。


「皆さんの平和は、僕が守ります」


一閃。


輝の聖剣術が光の軌跡を描き、過激派の魔族たちは一切の抵抗すら許されず、瞬時に塵となって消滅した。


圧倒的な力と、揺るぎない正義の執行。


「勇者様!勇者様万歳!」


街の広場は、恐怖から解放された民衆たちの熱狂的な歓声に包まれた。


領主であるカスティールは、魔族であることを隠したまま輝の前に進み出た。


「勇者殿。貴方様の類まれなる武勇と、我が街を救ってくださった慈悲に、心より感謝申し上げます。どうかこれを、ささやかな褒賞としてお受け取りください」


カスティールは多額の金貨とともに、「魔族領攻め込みの拠点」としてバレンシアの特等地に滞在する権利を輝に与えた。


(完全なマッチポンプだが、これで俺はこの街の英雄であり、魔族との交渉窓口を合法的に手に入れたわけだ)


民衆に笑顔で手を振りながら、輝は内心でほくそ笑んでいた。


遠くの建物の陰からは、セリアが鋭い視線で輝の行動を監視している。


だが、輝本人は魔族の討伐という表の顔を完璧に演じ切り、裏の交渉はすべて分身体が済ませているため、彼女の報告書には「勇者の輝かしい戦果」しか記されないだろう。


隣で輝を見つめるクラリスも、その瞳に純粋な信仰の光を宿したまま、一切の疑問を抱いていない。


王妃エレオノーラの警戒も続いているだろうが、城の情報網すら輝の掌中にある今、当面は放置で問題なかった。


しかし、新たな権力闘争の火種は、常に予期せぬ場所から燻り始める。


「勇者様。近隣を治めるローゼンバーグ公爵より、お茶会への招待状が届いております」


滞在先の屋敷で、分身体の秘書が輝に一通の豪奢な封筒を差し出した。


「ローゼンバーグ公爵か。あの辺り一帯の経済を握る大貴族だな」


輝は招待状に目を通しながら、眉をひそめた。


「公爵には、セシリアという十三歳の令嬢がいる。まだ婚約者が決まっておらず、俺に接近させるための露骨なお見合い工作だろうな」


権力者からのアプローチは無碍にはできない。


だが、輝の現代日本人としての倫理観、そして何より徹底したリスクヘッジの観点からすれば、それは非常に厄介な問題だった。


(十三歳は、法的にも倫理的にも扱いが面倒すぎる。アリシアやクラリスのような大人とは違う。不用意に手を出せば、俺の『清廉な勇者』というブランドに致命的な傷がつきかねない)


輝は招待状を机に放り投げ、深くため息をついた。


「さて、この厄介な幼女の熱意を、どうやって穏便に躱しつつ、公爵家の財力だけを吸い上げるか……」


魔族との秘密協定という国家反逆クラスの陰謀を成功させたばかりの偽りの勇者は、今度は十三歳の少女の扱いに頭を悩ませていた。


彼の完璧な支配の盤面は、ますます複雑で甘美な様相を呈し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ