31.荊州の再制圧
初平3年(192年)7月 荊州 南陽郡 新野
襄陽で蔡瑁たちの罠にはめられた俺たちだったが、死に物狂いに抵抗して、なんとか窮地を脱した。
そして黄蓋の率いる部隊と合流すると、すぐさま襄陽の奪還に取りかかることとなる。
しかしその前に、気になることを解決しておかねばならない。
「すぐにでも襄陽へ攻め入りたいが、ひょっとして家族が人質に取られてないか?」
「ええ、まず捕らわれているでしょうね」
俺の問いに、周瑜が当然といった顔で答える。
「ならそっちをなんとかしないと、まずいだろう」
「それはそうなんですが、まあ、状況しだいですね。それにたぶん、蔡瑁たちはすでに逃げだしていると思いますよ」
「なんで逃げだしてるって思うんだ?」
ずいぶんと冷静な周瑜に、俺は重ねて問う。
「孫堅さまを逃がした時点で、蔡瑁たちに勝ち目はないからです。おそらく彼らは、蔡家と蒯家の私兵しか掌握できていないので、襄陽を守りきれません。そのおかげで我々も、なんとか脱出できたのですよ」
「ああ、そういうことか。たしかに俺たちに刃向かう兵は、それほどいなかったもんな」
「まあ、それでも普通なら、脱出なんてできませんけどね。孫堅さまの武力あってのものですよ」
「まあボロボロになったけどな……」
たしかに数十人の敵に、取り囲まれてからの生還だ。
普通ならあり得ないが、それなりの代償も払わされた。
10人もの護衛が討ちとられたし、俺の体もボロボロだ。
ていうかあれ、絶対に歴史の修正力ってやつだよな。
史実の孫堅は、192年に襄陽で死んだんだから。
しかしこの世界では、大きく歴史を変えているため、うっかり失念していた。
それでもこうして生き残ったのだから、結果オーライではあるが。
「そういったわけで、蔡瑁たちは逃げだしていると思います。それに孫堅さまのご家族も、救出されてる可能性がありますね。なぜなら襄陽の民が、黙ってないからです」
「ああ、俺たちの脱出に協力してくれた連中が、動いてるかもしれないってことか。それじゃあ、まずは偵察を出して、襄陽の様子を探ってみよう。それで敵が逃げだしていないようなら、また別の手を考えるってとこだな」
「そうですね。まあ、ひょっとしたら、すでに使者が向かってるかもしれませんけど」
結局のところ、周瑜の言ったとおりになった。
偵察兵の報告を待つまでもなく、襄陽から使者が来たのだ。
「蔡瑁ら叛徒は逃亡し、我々は襄陽を取りもどしました。現在、張紘さまが襄陽にて指揮を執っておられます」
「うむ、報告、ご苦労。ちなみに俺の家族はどうなっている?」
「はっ、そちらもすでに保護済みです」
「そうか。それは良かった……」
こうして襄陽での反乱騒ぎは、あっさりと終息したのだった。
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初平3年(192年)7月 荊州 南郡 襄陽
「ご無事……ではないようですが、こうして再会できて幸いです。よくぞ敵の罠を切り抜けられましたな」
「ああ、張紘にも苦労を掛けたようだな」
「……いいえ、私が蔡瑁たちの叛意に気づけなかったために、こんなことに……申し訳ありません」
ようやく襄陽へ戻り、張紘に会ったら謝られた。
俺の不在時は彼が最高責任者なので、責任を感じているのだろう。
「お前が気にすることではない。あのような者たちに権限を預けていたのは、俺なのだからな」
「しかし何もできずに拘束されるなど、情けなくて……くうっ」
とうとう張紘が泣きだしたので、話題を変えることにした。
「まあ、そう気にやむな。それで、南部の反乱はどうなっている?」
「……は、はい。現在、武陵郡、江夏郡、零陵郡、桂陽郡が、叛徒に乗っ取られております。幸いにも長沙だけは、劉先どのがかろうじて保っているようですが」
「そうか。俺が太守と兵を引き抜いていったんだから、仕方ないな。ところで蔡瑁たちは、どこへ逃げたか分かるか?」
「どうやら江夏郡の賊徒の下へ、逃げこんだ模様ですな」
「そうか。ならば賊徒もろとも、ひねりつぶしてやろう」
どうやら蔡瑁たちは、一家総出で江夏へ逃げたらしい。
二度とこんなことが起こらないよう、奴らは根絶やしにしてやるつもりだ。
その後、やはり捕らえられていた張昭、韓嵩、黄忠らをねぎらった後、俺はようやく家族と再会した。
「父上っ!」
「あなた」
「おお、策、雨桐よ。無事でよかった。お前たちもな」
「「ちちうえ~」」
会うやいなや、孫策と嫁さんが抱きついてきた。
他の子供たちも同様だ。
「乱暴なことはされなかったか?」
「はい、幸いにもひどいことはされませんでした。そしてあなたが襄陽を脱出なさった日に、あの方たちが助けにきてくれたのです」
呉雨桐の視線の先に、数人の男たちがいた。
中には長沙から苦楽を共にしてきた、古参の兵士もいる。
「お帰りなさいませ、孫堅さま。一時は不覚を取りましたが、なんとか取り返しましたぜ」
「……そうか、感謝するぞ、お前たち」
どうやら俺が襄陽を脱出する際の混乱に乗じて、彼らが家族の奪還に動いてくれたらしい。
元々、蔡瑁たちの私兵はそう多くなく、襄陽の民も虎視眈々と機会をうかがっていたのだろう。
結果、蔡瑁たちは人質も失い、早々に襄陽から撤退していったようだ。
「あなたこそ、ケガをなさっているではありませんか」
「なに、かすり傷さ。これも裏切り者を見破れなかった、愚か者への報いだ」
「そんなこと……でもこうして再会できて、本当に良かった」
「ああ、そのとおりだ」
こうして予想外の反乱はあったものの、襄陽の奪還はなった。
そして俺はいよいよ、荊州の再制圧に取り掛かるのだった。
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初平3年(192年)10月 荊州 長沙郡 臨湘
「久しぶりだな、劉先。よく長沙を守ってくれた」
「お久しぶりです、孫堅さま。よくぞ、ご無事で」
「いや、決して無事ではなかったぞ」
「アハハ、襄陽で大立ち回りを演じたそうですね」
あれから3ヶ月後、俺は長沙に立ち寄って、劉先に会っていた。
その間、俺は5千の兵を率いて、江夏郡の反乱分子を潰して回っていたのだ。
さらに程普、黄蓋、黄忠にも4千ずつの兵を預け、武陵、零陵、桂陽を鎮圧させていた。
それがようやく一段落したので、長沙へやってきたのだ。
「それにしても、蔡瑁どのや蒯良どのが叛旗をひるがえすとは、思いもしませんでした」
「ああ、まったくだ。てっきり奴らも、俺の政策に賛同してくれているものと、思っていたんだがな」
俺が苦々しい顔をしていると、慰めの言葉が返ってくる。
「まあ、実害は少なかったのですし、結果的に反乱分子のあぶり出しが進んで、むしろ統治は固まったのではないですか?」
「たしかに、結果だけ見ればそうかもしれんがな……」
実際問題、中原の袁家と蔡瑁たちが旗を振ったために、荊州南部で多くの豪族が蜂起していた。
ただし蔡瑁たちが俺を殺しそこねたせいで、それらも全て返り討ちになった形だ。
結果的に荊州の反乱分子の掃討は順調に進み、統治体制は盤石になったと言えるだろう。
ちなみに首謀者の蔡瑁、蒯良、蒯越は、江夏郡でとっ捕まえて処刑済みだ。
さらに見せしめのため、蔡家と蒯家は3族まで根絶やしにしてやった。
さすがに非情すぎるかとも思ったが、そうでもしない限り、示しがつかないことを、奴らはやらかしたのだ。
今は蔡瑁たちのことを、決して許せない裏切り者として、あちこちに噂を広めている。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「ああ、それなんだがな、俺は軍を程普に預けて、洛陽へ行く。そして程普たちには、寿春の袁術を討伐してもらう予定だ。そのための補給を、劉先の方で見てもらえないか? 今回みたいな失敗はこりごりなんだ」
「お任せください。そこまで信頼していただけるならば、私もやりがいがあるというものです」
「頼む。寿春の討伐には、廬江の陸家と周家も協力してくれるので、なんとかなるだろう」
今、この臨湘には、反乱討伐を終えた荊州軍が集結している。
若干の死傷者が出たため、1万5千ほどに目減りしているが、十分に強力な戦力だ。
俺はそれを程普、黄蓋、韓当、朱治、孫賁、孫静、徐琨に任せ、袁術の討伐を命じる予定だ。
実はこの件は、廬江の陸家と周家から持ちこまれた話でもある。
彼らは袁術の寿春攻撃に危機感を覚え、俺に助けを求めてきたのだ。
もちろん俺の故郷である揚州を、袁術なんかの好きにさせるつもりはないので、快く話を受けた。
あわよくば揚州の実権も握って、反乱軍に対抗しようとも考えている。
そのためにも俺は、洛陽へ戻って宮廷の舵取りをしないとならない。
まったくもって、忙しいことである。




