24.中原の火種
初平2年(191年)7月 司隷 河南尹 洛陽
「お久しぶりです。董卓さん」
「おう、久しぶりだな。まあ、座れよ」
「それでは遠慮なく」
荊州の統治が軌道に乗ってきたので、俺は久しぶりに洛陽を訪れていた。
「なんか荊州では、上手くやってるそうじゃねえか」
「いえいえ、そうでもないですよ。後から後から、問題が出てきて。大変です」
「ハハハ、そんなの当たり前だって。でも荊州の反乱は、だいぶ落ちついたんだろ?」
「まあ、そうですね。けっこうな数の豪族を潰しましたから」
「か~っ、てえしたもんだな。俺もそうありたいもんだわ。まあ、飲め」
「あ、どうも」
董卓にすすめられた酒を、ありがたくいただく。
「プハ~、昼から飲む酒は美味いですね。ところで中原の方は、相変わらずごたついてるんですか?」
「ああ、まあな」
俺の質問に、董卓がおもしろくなさそうに応じる。
「結局、反乱軍の生き残りは、誰も処刑できなかったからな。おかげで元叛徒どもが、いまだにのうのうと生きてやがる」
「ああ、なんか全部、橋瑁のせいにされちゃったらしいですね」
反董卓連合に加わった連中だが、一旦はすべて捕らえることができた。
本来なら全員、極刑ものなのだが、多くの名士や豪族から、猛烈な助命嘆願があったそうだ。
”みんな、公文書を偽造した橋瑁にだまされただけで、朝廷に刃向かうつもりはなかった。今は反省している”
みたいな理屈で、全ての罪を橋瑁におっかぶせたのだ。
なまじ俺の仲介で、名士層との関係が中途半端に改善していたのもまずかった。
結局、戦で死んだ橋瑁、王匡、張楊以外は、官職と爵位の剥奪だけにとどまってしまう。
もちろん、無用な出兵による戦費の賠償などもさせているが、それも適当なところで手打ちになっている。
今は故郷で謹慎している形だが、平気で朝廷に反逆するような奴らが、野放しになっているのが実状なのだ。
董卓が酒をあおりながら、情けなさそうにぼやく。
「俺は相国なんて立場にあるのによう、あんな明らかな罪人を裁けないなんて、おかしいよな?」
「そうですね。だけどあまり安直に処刑していくと、それはそれで恨みが増していきますし……難しいところです」
「だからってよう、あまり下手に出すぎるのも、悪手だと思わねえか? 奴らが団結すれば、俺たちは何もできねえって、舐められちまうだろうが」
「それも頭が痛い話なんですよね……でも今回は、俺たちの手で反乱を鎮圧したんだから、それなりに恐れられてはいますよね?」
「どうかなぁ? もう1年も経つから、忘れてるヤツも多いだろ。俺もおめえを見習って、豪族を調べてるんだが、どうにも上手くいかねえ。ていうか、賄賂をもらってる連中が、うるさいくらいに邪魔するんだ」
董卓が苦虫をかみつぶしたような顔で言う。
どうやら朝廷が進めようとしている改革の状況が、思わしくないらしい。
彼らがやろうとしていることは、基本的に俺のマネだ。
不当に農地と人民を抱える豪族の実態を調査し、少しでも多くの税を吐き出させる。
しかし荊州は、圧倒的な武力と明確なビジョンを持っている、俺だからこそ統制できている部分がある。
その俺でさえ、本来、徴収できるはずの税の、半分も回収できていないのが実状だ。
ある程度、豪族に花を持たせることで、ギリギリ統制している面があるのだ。
それを中華全土で実現しようとしても、そうそう上手くいくはずがない。
もちろん董卓も、いくつかの豪族を潰したことで、多少の財貨を接収してはいるだろう。
しかしそうなると豪族たちは、洛陽の官吏に賄賂を贈って、董卓たちの調査をやめさせようとする。
あちこちで汚職官吏の妨害が入るので、満足に兵も出せないぐらいだ。
それほどまでにこの後漢では、朝廷の威信が低下し、地方豪族の力が強まっているのだ。
「う~ん、当面は地道にやるしかないですね。実際に財政を立て直せば、発言力も増しますよ」
「そうは言ってもよう……」
珍しく董卓が弱気である。
ここでふと別件が気になったので、それを訊ねてみる。
「そういえば、劉虞さまはどうなったんでしたっけ」
「ああ、劉虞な。あいつは幽州へ戻ったはいいが、また公孫瓚と揉めてなあ。結局、公孫瓚の方を召し出すことにしたんだ。ちょうどいいから、一度会っていけよ」
「そうですね。一度会いたいとは思ってたので、紹介してもらえますか」
「おう、到着したらまた呼んでやるよ」
元々、幽州牧だった劉虞は、その出自から反乱軍に担ぎ出される恐れがあったので、一旦は洛陽へ呼び戻した。
しかし反乱軍は壊滅したので、また幽州へ戻ったはいいが、史実同様に公孫瓚と揉めはじめた。
仕方ないので公孫瓚を洛陽に呼び、中郎将に任命するらしい。
その後もいろいろと愚痴を聞いてから、俺は董卓の前を辞した。
相変わらず疑い深い目で、俺を監視する呂布の視線が、ひどく不愉快だった。
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その後、今度は周忠に面会の約束を取りつけ、彼に会いにいく。
「お久しぶりです、周忠さん」
「やあ、元気そうだね、孫堅くん。それと周瑜も」
「お久しぶりです、伯父上」
最近はわりと仲良くなったので、周忠も気安く接してくれる。
互いに腰を落ち着けると、俺はさっそく本題を切りだした。
「最近の洛陽はいかがですか? 以前よりは明るい感じになったと思うのですが」
「そうだねえ。たしかに昨年に比べると、人も物流も増えて、商業もにぎわっているかな」
「それはやはり、一時は洛陽を逃げ出した人たちが、戻ってきてるんですかね」
すると周忠が苦笑いしながら答える。
「そのとおりだよ。状況が悪くなると、真っ先に逃げ出すくせに、危険が去れば何くわぬ顔で戻ってくるのさ」
「そして真っ先に、利権に群らがるんですね?」
「ああ、おかげで仕事がやりにくくなって、困っている」
うんざりした顔で周忠が言う。
董卓の洛陽入城から始まって、反董卓連合が崩壊するまで、洛陽が戦場になる可能性は高かった。
その間、多くの汚職官吏は逃げ出していたので、洛陽には気骨があって、清廉な名士の方が多くなっていたのだ。
おかげで朝廷の風通しはずいぶんと良くなっていたのだが、またぞろ濁流派が湧いてきたらしい。
そして奴らは董卓の邪魔をするだけでなく、周忠ら清流派の障害にもなっているのだ。
なにしろ濁流派の連中ときたら、地方の富裕豪族たちとつながっている。
だから俺や董卓がやろうとしている、豪族の資産隠しの摘発なんて、迷惑としか思わない。
その点、周忠みたいな大物政治家になると、立場は逆だ。
彼らもいくらかの土地や小作人は抱えているが、それらをごまかして蓄財に励むなんてことはしない。
それをしてしまえば、自分が仕える漢朝の屋台骨が、どんどん細ると知っているからだ。
なのでそれを憂いた者が、大土地所有の制限や、奴隷所有の廃止などを提案してきたのだが、必ず権力者の反対でうやむやになる。
そんな歴史が繰り返された結果が、この後漢末期の惨状なのだ。
これによって漢朝を支えていた小農民(中流層)が激減し、豪族(上流層)と貧農(下流層)が増えるという、2極化が進んでしまった。
そして豪族の多くが脱税をするから、漢朝はガタガタだ。
救えない話である。
「このままいくと、豪族とつるんだ濁流派が、下野した名士層と組んで、またぞろ反乱でも起こしかねませんね」
「ああ、それは十分に考えられるね。そうならないよう、目配りはしているつもりだが……」
「あまりに敵が多すぎて、行き届きませんか。いっそのこと反乱を起こさせて、まとめて始末する方が、いいのかもしれない」
「なかなか物騒なことを言うね。下手をすると、泥沼の抗争になるよ」
周忠が真剣な顔で懸念を示す。
しかし俺はあえてきついことを言った。
「そうして手加減をした結果が、今じゃないですか。同じことを繰り返しても、何も先へは進みませんよ」
「……そうかもしれない。しかし可能であれば、平和的な解決を目指したいんだ」
「俺もそのつもりですが、いずれはそういう手段もあり得る、ということを覚えておいてください」
「ああ、分かった。今後も連絡は密にしていこう」
「ええ、お願いします」
こうして周忠の前を辞すると、俺たちのやり取りを聞いていた周瑜が、口を開いた。
「孫堅さまは大規模な反乱が、再び起こると考えているのですか?」
「分からん。しかしその備えはしておくべきだと思っている」
「その点については、私も同意します。叶うならば、私も孫堅さまの幕下で、お役に立ちたいものですね」
「そうだな。そうならないに越したことはないが、その時は頼む」
「はい、承りました」
きな臭い情勢の中、俺は小さな勇者の協力を取りつけた。
それはちっぽけなものだが、たしかな希望の光でもあった。




