恋人ごっこ
──「デート中は俺のことを恋人のように思って。」
須賀みかの手を繋いで歩き出す。
恋人・・・恋人・・・
恥ずかしさはあるが、ここは照れてる場合ではない。「恋人のデートを体験すること」が、スガちゃんの声優の演技のためになるのだから──リアリティーのある演技をするためには、同じ経験をして、より気持ちを作りやすくすることが大事だ。
と、なると───
手を繋いでいるにしても、スガちゃんの体とのスペースが空きすぎではないか。もっと体を近くに寄せて・・・
……このくらいか、と俺はスガちゃんとの体との間隔を無くすぐらい詰め寄った。
腕や肩にお互いの体が触れ合う。真横に須賀みかの頭が見える。
「スガちゃ・・」
と、言いかけた所である事を思い出して言い直す。
「──みか、さて、どこに行こうかな。」
下の名前で呼んで言葉を投げ掛けてみた。だがスガちゃんはこっちを見ずに何も答えない。
「・・・・・」
(・・どうした・・)
いつもクラスで見るスガちゃんは割とノリが良いはずだが、何故無言・・?
これが即興劇なら、大体はこっちが下の名前で呼んだら向こうも俺の下の名前で呼び返して会話するものだが。
じゃあ、もう一度──
「みかは、どこに行きたい?」
さっきよりフラットさを出して言ってみる。そしたら、返事がようやくあった。
「ええ・・っとお、わたしは・・あまり出掛けたりしないからわかんないけどお、体を動かしたり出来る場所かなあ━っ 」
不自然な、声の高さとぎこちない喋り方になってるが、返事があった。
なんだ。君も緊張してただけかい。
最近席替えで隣になって初めて話すようになったのだから、まだ俺と慣れていないだけだったのかも知れない。
「体を動かしたり出来る場所か、それじゃあ“あそこ”だなっ! 」
「へ!? “あそこ”って? 」
「駅のすぐそばに、ボウリング場があるんだ。少しやっていこうぜ! 」
「・・うん! あんまりやった事がないけど、行こうかっ 」
弾んだ声を聞いたら安心した。テンション高くなると、独特なアニメ声が更にそれっぽくなるんだな。甘ったるくて可愛らしい。アニメ声優が天職と思えるぐらい、本当に良い声質を持ってると思う。
「・・そう言えば、さっき、下の名前で呼んでいたの・・・・」
ポツリ、と呟くのが聞こえてきて、
「うん? 」と、俺は首をかしげる。
「突然、そんな、呼び方されて、びっくりしちゃったよ・・・。さ、さ、流石、岸辺くんというか・・・」
スガちゃんが、テンパってる。
「下の名前で呼び返していいんだぜ? 互いの心の距離が縮まるし。それに『距離感』って、なかなか難しいしな。口調とか声の大小、高低は、その相手との関係性によって、結構変わってくるもんなんだ。
それを考えると、隣にいる彼女に話しかけるなら下の名前で呼ぶのが自然じゃないかと、
あ、ちなみに俺の名前は『勇人』だよ。」
「じゃ、じゃあ、今日はそう呼ぶね。岸辺くんのことを・・・勇人・・って。」
またポツリと呟く。繋いだ手が更に熱っぽくなって体温を感じるのは気のせいか。それは俺のせいなのか・・ひょっとすると、俺を意識して・・・ まさかと思いつつ、須賀みかを見ていた。
数分後、ボウリング場に着いた。
2ゲームすることにして受付を済まし、指定のレーンの前に行く。
「飲み物買いに行くけど、みかは何が飲みたい? 」
「えっとね、レモンウォーターがいいな。」
「わかった。ちょっと待っててね。」
自動販売機へ向かいながら、ふと、さっきまでずっと繋いでいた手の感触が気になった。
勢いで手を繋いでしまったが、なかなか平常心を保っているのが大変だった。今更だが、顔が赤くなっていく・・・
さっき見た、須賀みかの横顔・・・も、
やっぱり照れていて、顔が赤くなっていた。
今日一日だけ、恋人のデートをやっているにしても、今後もまたクラスメイトとして関係で居られるのか、なんて考えてしまう自分がいた。