第十二話 脱オタ戦線異常あり
人は、急には変われない。
だが。
少しずつなら変わる。
例えば。
朝、鏡を見る。
「あれ」
頬が少しスッキリしている。
顎も前より出ている気がする。
制服も若干余裕がある。
そして何より。
猫背が少し減った。
「……」
僕は鏡の前で横を向いてみた。
悪くない。
いや。
かなり悪くないのでは?
その瞬間。
脳内で何かが弾けた。
――脱オタしよう。
数日後。
僕の部屋には一冊の本があった。
『高校デビュー完全マニュアル』
終わってるタイトルだった。
しかし内容は意外とまともだった。
・姿勢を良くする
・眉毛を整える
・清潔感
・会話は聞く7:話す3
・服はサイズ感
「なるほど……」
深い。
特にサイズ感。
今まで僕は、
「痩せて見える気がする」
という理由でダボダボ服を着ていた。
でも逆だった。
ちゃんとしたサイズの方がスッキリ見える。
文明だ。
さらに僕は、
周瑜先輩からワックスも教わった。
「こうだ」
「おお……」
「あと前髪重すぎ」
「そんなこと考えたことなかった……」
「お前今までどう生きてきたんだ」
僕もそう思う。
そして。
ある朝。
教室へ入ると。
「……あれ?」
誰かが言った。
「山田、痩せた?」
ドクン。
心臓が跳ねる。
言ったのは、
右斜め前の女子――ブラホックの子だった。
「え、あ、まぁ少し……」
「へー」
女子たちがこっちを見る。
「なんか雰囲気変わった?」
「髪じゃね?」
「ちょっと垢抜けた?」
垢抜け。
なんて美しい日本語だろう。
その瞬間。
僕は思った。
来た。
時代が。
しかし。
人生そんなに甘くなかった。
昼休み。
僕が席へ戻ると、
空気が少し変だった。
クラスメイトたちが、
妙に遠巻きにこちらを見ている。
なんだ?
その時。
「なぁ山田」
男子が話しかけてくる。
「はい?」
「お前さ……」
嫌な予感。
「最近、変な部活やってる?」
終わった。
「いや別に……」
「校庭で棒投げてるやつだろ?」
「モルックです」
「あと“孔明”って呼ばれてるってマジ?」
誰だ広めたの。
多分劉備部長だ。
さらに。
「駅前でサザン歌ってた?」
曹操会長だ。
絶対。
「あとダイエット部って何?」
「いやその」
説明しようとする。
だが。
無理だった。
どう説明しても変だった。
ダイエット部。
三国志。
モルック。
低糖質スイーツ。
サザン。
世界観が渋滞している。
「……」
男子たちはなんとも言えない顔をした。
「山田って……なんか最近変わったよな」
「いや、悪い意味で」
「わかる」
「なんか変なコミュニティいるよな」
その瞬間。
胸が少しチクッとした。
放課後。
旧校舎への道。
夕日。
長い廊下。
僕は少しだけ気分が沈んでいた。
その時。
「軍師」
曹操会長だった。
窓際にもたれている。
なんで毎回絵になるんだこの人。
「……会長」
「浮かない顔だな」
「いや別に」
曹操会長は少し笑った。
「クラスで浮いたか」
図星だった。
僕は黙る。
会長は静かに言った。
「人は“変わる者”を恐れる」
「……」
「特に学生はな」
風が吹く。
夕日が廊下を赤く染める。
「お前は少し変わった」
会長は続けた。
「だから周囲が戸惑っている」
「でも……」
僕は言った。
「なんか、変な奴扱いされてる感じで」
「実際変だろ」
「否定してくださいよ!」
珍しく。
曹操会長は少し笑った。
「だが」
彼は言う。
「退屈よりはマシなんじゃないか?」
――。
僕は言葉を失った。
少し前の僕。
何も始まらないと思っていた。
退屈で。
灰色で。
毎日が同じだった。
でも今は違う。
変だ。
騒がしい。
ちょっと恥ずかしい。
だけど。
生きてる感じがした。
その時。
部室の扉が開く。
「孔明ー!」
劉備部長だった。
「大変だ!」
「なんですか」
「地区モルック大会、参加校一覧が出た!」
「おおっ!」
関羽先輩が駆け寄る。
周瑜先輩もスマホを覗き込む。
そこには。
『私立鳳凰学院モルック部』
『黒龍工業高校』
『聖マリア高校』
そして。
『織冠高校ダイエット・モルック戦略研究部』
「長ぇぇぇぇ!!」
周囲が爆笑した。
僕も笑ってしまった。
……まあいいか。
少しくらい変でも。




