第98話
訓練区域F入口、0600。
ここは山で、基地の敷地の端にある。
周りは鉄の金網に囲まれていて、金網の上には鉄条網。
黄色地に黒い字の看板には、
『危険! 立入禁止!
ここでは実弾演習も行われます
訓練場内での事故に関して当基地は一切の責任を持ちません
死者が出た場合、身元不明の遺体は当基地で即日焼却処分します
身元調査は致しません
事故を希望する方は必ず身分証を持参して下さい
セント=エントーニョイ基地』
と、物騒な事が書かれている。
「おはよう! クソ虫共!」
「「「おはようございます! 教官!」」」
「ま! 軍人共は訓練内容は分かるな! 2週間、最後の1人になるまで殺し合うだけだ! だが、こんなメニューは慣れていよう! つまらんから、特別にゲストを用意する! メスのクソ虫! 来い!」
カオルが前に出て、イザベルの前に立つ。
「メスのクソ虫! 参りました! 教官!」
(何!?)
マサヒデ達が心中で声を上げた。
カオルが追いかけ役になるのか!?
「聞け! ヘッポコ軍人共! こいつは日輪国で、山伏に育てられた! 山伏! 聞いたことはあるか! 貴様ら以上の山のプロフェッショナルだ! ただ山で暮らすなどという者ではないぞ! 24時間滝に打たれ、1ヶ月もの断食をし、真冬に氷にファ◯クされながら寝る! 真っ赤に焼かれた炭の上で熱い夜を過ごし、毒キノコをステーキ代わりにして育った女だ! おいメスのクソ虫!」
「はい! 教官!」
イザベルがポケットからキノコを取り出す。
赤い。白い斑点。
誰がどう見ても、思いっ切りの毒キノコ。
「今の話が嘘ではないと見せてやるか! 普通の人族であれば神経毒で1分も経たずに死ぬキノコだ! 朝飯にくれてやる!」
「ありがとうございます! 教官!」
カオルがイザベルの手の思いっ切りの毒キノコを取り、平然と口に入れる。
もくもく・・・ごくん。
「今が旬の季節だ! 美味かったろう!」
「美味しゅうございました! 教官!」
(まじか!)
軍人達も驚きの目でカオルを見る。
「我とこのクソ虫のメスがチェイサー(追い手役)となる! 赤ちゃんコースの貴様らには48時間の猶予を与えてやる! 開始から48時間以降、我々が貴様らを追う! 2週間、生き残ってみせろ! ただ生き残るだけでは合格とみなさん! 殺し合え! 厳しい訓練をさせた我を憎み、我を殺してみせろ! そして2週間以内に最後の1人となれ! それが合格条件だ!」
(イザベルさん! それは無理ですよ!)
マサヒデが心の中で悲鳴を上げる。
体力の無くなった所にこの2人に襲われたら、流石に無理だ。
周りに人が居なければ、カオルに何をされるか・・・
「では全員足元の袋を開けろ!」
「「「はい! 教官!」」」
「ナイフ! 火打ち石! 水筒! ロープ! どれかひとつを選べ!」
マサヒデ、アルマダ、陸軍兵が選んだのは火打ち石。
騎士4人、海軍兵が選んだのはナイフ。
「ふうむ・・・まあまあ・・・まあ、よかろう。本来ならブーツを脱げと言いたいが、さすがに貴様らにはきつかろうて・・・よし!」
ぱん! とイザベルが手を叩く。
「2週間、生き残れ!
2週間、訓練区域Fから出るな!
2週間以内に他は全員降伏させろ!
使える物は何でも使え!
魔術を使える者は自由に使え!
降伏させた相手の持ち物は全て奪ってよし!
下着も剥いて構わんが性病をうつされんように気を付けろ!
尚、48時間は我々2人が動くまでの時間だ!
殺し合っていても構わんが、開始早々ここで殺し合いが始まってもつまらん!
トミヤスのクソ虫と麗しきクソ虫ハワードがいるからな!
3時間後に合図を出す! 殺し合いはそれからだ!
それと!」
イザベルが机の上の小さなポーチを指差す。
「緊急用の医療キット! 毒消し、包帯、止血帯、信号弾が入っている! 勿論使ったら不合格だが死ぬよりはマシだろう! それと降伏済を表す白旗! やられて下山の際は、白旗を上げて下りてこい! 快適なベッドに酒、美味い食事が待っているぞ! 全員、これをひとつずつ持って訓練区域Fに入れ! なくしたらどうなっても知らん! 毒蛇に噛まれて白骨死体で見つかるようなアホはいらん!」
イザベルが訓練区域Fの金網の入口に立ち、鎖を巻かれた入口の鍵を開け、がらがらと音を立てて開ける。
「山火事は起こすなよ! 全員、ポーチを持って入れ!」
マサヒデ達が入ると、がららーっ! ばしん! と乱暴に入口が閉められた。
「最後に! この演習では『事故』も許される! 相手が死んでも殺人罪には一切問われぬから安心して殺せ! 以上!」
イザベルが懐中時計を出し、ぱかん、と蓋を開け、かち! と上のボタンを押した。
「最終訓練開始!」
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マサヒデ達はしばらく一緒に歩いて行く。
「トミヤス君、なあ」
「はい?」
「あの、サダマキ君の、さっきの話、本当か?」
「はい」
「壮絶というか・・・何と言うか」
「毒に強いってだけじゃないですよ。あの人、枝にとまってる鳥、素手で捕まえられますからね」
「本当か?」
「山伏って、山の中で、山小屋とか作って暮らしてるんじゃないんです。余程の事がないと、ずっと歩いて移動してるんです。落ち着いて狩りとか出来ないですからね。そのくらい出来ないと、生きていけないんです。歩きながら、あ、鳥だ。石がないなあ。まあ手でいいか、みたいな感じで」
嘘である。
「・・・」
「見つけても、視線は向けないようにしてないと、すぐバレますよ。人って、人の視線を敏感に感じますからね。町中なら良いですけど、山の中だと、人って居ないですし。人と獣の視線って全然違いますし。どんなに上手く隠れてても、少しでも視線を感じたら、あ、あっちに誰か居るなって即バレますから」
これは本当である。
「音も気を付けて下さい。単純に音を消してるだけだと、風とか吹いた時、あれ。あの茂み、音がしないぞ。葉っぱがあまり揺れないぞ・・・これ、バレます」
これも本当である。
「特級の隠密スナイパーのようだな・・・」
「対面で立ち会うなら、私、カオルさんに勝てますけど・・・何日かして敏感になってる時なら良いんですが、それを過ぎて、ぐったりしている所を狙われると、ちょっと自信ないですね」
「ちょっと自信がない、くらいなのか」
「ううむ、実際、どうですかね・・・2週間も何もなしで、山籠り対決ってしたことがないですから・・・アルマダさんはどう思います?」
アルマダは渋い顔で首を振る。
「いやあ、マサヒデさん、私は無理だと思いますよ。2日後、カオルさん、イザベル様が山に向かってきた時、迎え撃ちに行くくらいでないと。見失ったら、弱っている所を一撃で終わりそうです」
「あ、それもありか・・・どうしようかな・・・」
「イザベル様もカオルさんも、そのくらい見越してきますよ。どうせどこから来るかなんて分かりません。風下を取って、何とかやるしかないですか。それに・・・カオルさんには、密教術がありますよ」
マサヒデはすぐに気付いて、ああーっ! そうだった! という顔を作った。
これはカオルが万が一に忍術を出してしまった際への布石だ。
「ミッキョージツ? とは何かね?」
「簡単に言うと、山伏に伝わる、魔術のようなものです」
「ほう?」
「簡単にさっと出せるものから、何日も儀式が必要な術まで、様々ですが・・・カオルさんが得意なのは、風の神を降ろす術です」
「何? 神を降ろす?」
「ええ・・・ざっくり言うと、忍のように、凄い速さで動いたりします」
「シノビ? ニンジャ・・・あっ! そう言えば、初日の奇襲訓練の時に!」
カオルが中腰姿勢で、物凄い速さで廊下を駆けて行ったのを思い出して、陸軍兵が声を上げた。
マサヒデがもっともらしく頷いて、
「神様の力を、ほんの少し貸してもらうんです。人の身だと限界がありますから、ほんの少しですが・・・あれは厄介ですよ」
全部嘘である。
ふっ、とアルマダが鼻で笑う。
「何を言うやら。マサヒデさん、そのカオルさんを軽くひねっているくせに」
「軽くだなんて、とんでもない」
はは、とアルマダが軽く笑い、
「じゃなきゃ、弟子になんてなってるはずがないでしょう。嫌味ですよね」
陸軍兵が額の脂汗を拭う。
「う、ううむ・・・そうかね・・・」
「ま、とにかく。あの2人がペアで動かない事を祈りましょう。弱っている所に2人一緒だと、私もマサヒデさんも、歯が立たないと思います」
「さすがに2人組で来ることはないと思いますが・・・」
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少しして、ホテル・セント=エニャ。
出撃前まで、イザベルもカオルも暇なのだ。
今日は久々に美味い飯と美味い酒。
「カオル殿、いつ頃参りましょうか?」
「そうですね。1週間・・・いや、10日目くらいが頃合いでは? 3、4日目は危険です。山に慣れてきて、敏感になってくる所です。兵の皆様でも、我々を捉えられるかもしれません。イザベル様も、森暮らしで敏感になってきたのが、その辺りではありませんでしたか?」
「自覚はなかったのですが」
「ふふ。ですが、敏感になっておりますと、心身の疲れも早く。きちんと休めるなら、何ら問題はありませんが、皆様、眠れない夜を過ごしておるはず。がくんと疲れる所がきます。そこを乗り越えると、1日、2日は鋭敏になり、またがくり。この繰り返し」
「鋭くなった所に鉢合わせますと厄介ですね」
「どんな方でも、しっかり休まねば、3回目に鋭敏になった後で落ちます。その後は、感覚は鋭いのに、身体が鈍くなって、ついていけない。鈍くなった身体の分を補おうと、感覚は研ぎ澄まされていく。しかし動かない・・・心が疲れに疲れ、幻覚や幻聴も、とこうなります。イザベル様も経験なされた事はありましょう」
「はい。ございます」
「10日目までは、ゆるりと休みましょう。誰が襲ってくる。自分も誰かを探して襲わねば。我々はいつくるのだ。ふふふ。びくびくと過ごされるはず。心身の疲れは恐ろしく早く溜まりましょう。4日もあれば、落武者狩りは簡単です」
ふ、とイザベルが笑って、ワインを呑み、ざくりと分厚い肉にフォークを突き刺した。
「ふふふ。落ち武者とは」
カオルも今日は珍しく肉。
すい、と肉に通るナイフが気持ち良い。
実に柔らかい、良い肉だ。
「それにしても、ご主人様が火打ち石を選んだのは意外でした。てっきりナイフを選ぶかと思いましたが」
イザベルがマサヒデに野営具を教えられた時の事を思い出す。
「マサヒデ様曰く、ナイフは石などで代用の物は出来るが、火を起こすのは体力も使うし、火がないと精神の疲れが早くなるとか」
ほう? とカオルが興味深そうな顔を上げた。
そうか。これはカゲミツの教えだ。
「その通りです。ううむ、流石はカゲミツ様、お教えが違います。が・・・ふふふ」
「が?」
「いいえ。お気になさらず!」
幸せ一杯の顔で、カオルが肉を口に放り込む。
「んううん・・・んまいです」




