第91話
セント=エントーニョイ陸軍基地、食堂にて・・・
イザベルが減った体重を取り戻すように、もりもりとマッシュポテトを流し込みながら、カオルと訓練計画を練る。
「単なるエスケープ訓練では足らぬと思うのです。皆、鍛えられております。マサヒデ様やハワード様は、拘束さえ解いてしまえば、例え素手でも、1人で全員なぎ倒す事も出来ましょう」
「はい」
「その後、悠々と機密書類を探し、軽く脱出・・・目に見えるようです」
「ううん・・・実際の状況を考えてみましょう。まず、突入時間は、拘束された者にも知らせない。犯人側にも知らせない。現実なら当然の事です。これで難易度が跳ね上がりましょう。いつ突入してくるか分からないので、脱出側も焦りますね。味方にも見られてはならないのですから。開始から5分後には来るかもしれない。味方からも隠れつつ、機密書類を探さねばならない」
「なるほど」
「編成は陸海の混成。同じ陸軍、海軍で組ませては、息がぴったり合うに決まっておりますが・・・まあ、くじで良いでしょうか。あまりイザベル様が編成に口出しすると、拗ねる者もおるやもしれませぬし」
「選ばれるくらいの者、拗ねるような輩はおりますまいが、くじは良いです! 流石カオル殿です!」
「装備は・・・如何致しましょうか・・・鉄砲はどうなされます?」
「ペイント弾を使用します。絵の具が飛ぶような弾です」
「ううん・・・」
「最初は木製弾頭の模擬弾を考えておりましたが、もろに頭に当たると死ぬ危険性もございますし」
「ううん・・・ナイフなど、刃物は?」
「訓練用の刃を潰した物を。まあ、当たっておらぬなどと言う輩はおりますまい」
「爆弾は」
イザベルが、ううん! と声を上げ、スプーンをマッシュポテトの山に突き刺して、腕を組む。
「そこなのです! まず突入と言えば爆弾を投げ込み、一気に畳み掛けるもので」
「実際の・・・人質など、味方の救出の際は」
「閃光爆弾を使用致します。光と音で、目と耳を潰す爆弾です」
「ならば、本物を使ってしまいましょう」
「それが、音が凄いのです。鼓膜が破れる事も多々ございまして。室内ですと尚更。後の訓練に響いてしまいますゆえ」
「ううん・・・難しいですね・・・此度は爆弾なしですか」
「されども、それでは実戦訓練にならぬと、頭を抱えております」
「ううん・・・では、使用する爆弾をお持ち下さい。火薬量は、私が調節致しましょう。光は出ても、音はさほど出ぬように細工致します。細工はイザベル様がしたという事で」
カオルは普段から火薬を山程隠し持っている、火薬のプロなのだ。
今着ている訓練服の下にも、分からないように隠しているに違いない・・・
「助かります」
「では、一番手を下さいますか。皆の度肝を抜き、兵の皆様に気合を入れましょう」
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翌朝、卯の正刻(6時)。
一般参加は7人。マサヒデ、アルマダ、カオルの3人と、アルマダの騎士4人。
陸軍兵5人。
海軍兵5人。
総勢17人が訓練棟B南入口にずらりと並ぶ。
2階建ての石造りの建物で、横にかなり大きく、部屋は左右にいくつも並んでいる。
ぱしーん!
イザベルの鞭が、長机を叩く。
長机の上には、銃と、爆弾と、鍔付きの木刀、木剣。帯は木刀用か。
棒が入った恐らくはくじの箱。あれで何役をするか決めるのだろう。
それと、大小のカバンとポーチ。
何より目を引くのが、『人生負組一直線』と力強い筆で書かれた、大量ののぼり旗。
「本日より、屋内実戦演習を始める!」
「「「はい! 教官!」」」
「まず、人数の編成! 救出役は10名! 1分隊にも足らぬが、参加人数が足らぬ! 何とかせよ! 犯人役! 6名! 何とかせよ! 残りカスの1名! 脱出役! 何とかせよ!」
「「「はい! 教官!」」」
「うむ! では一般参加組! 1人ずつ持ち物を机の上に置け!」
誰も前に出ない。
おや? とイザベルがマサヒデ達を見る。
「全員、何も持っておらぬのか? 隠していても後で分かるぞ?」
誰も引っ掛からなかったのか・・・・
流石マサヒデ様とご友人!
「おい! クソ虫の色男!」
言いながら、嬉しくてイザベルの尾が振られている。
「はい、教官」
「本当に何も持っておらぬか? タキシードはどうしたのだ? 女を口説けぬではないか」
アルマダが一瞬だけ笑い、小さく頷いた。
「何も持っておりません。教官」
「自信があるようだな? 本当に良いのか?」
「どうせ裸に剥かれますので、必要ありません。教官」
イザベルがにやっと笑った。
「これは驚いた! 流石は名門ハワード家のおぼっちゃまだ! 少しは頭が回るようだな! 何か買ってきおったら、ここで不合格であった! 褒めてやる!」
「ありがとうございます。教官」
「よし! では、編成を決めるか。最初は・・・だ、れ、に、し、よ、う、か、な・・・」
びし! とイザベルがカオルに鞭を向ける。
「貴様が脱出役だ!」
おやおや、とマサヒデ達、一般参加組が驚く。
これは華麗に脱出してしまうだろう。
いや、それが狙いか?
「右から順にくじを引け! 無印! 救出役! 赤! 犯人役だ!」
す、す、す、と順にくじを引いていき・・・
「あ」
イザベルが小さく声を出した。
マサヒデが犯人役を引いてしまった!
何!? とカオルとイザベルが目を泳がせる。
(しまった!)(しまった!)
なんという失態! くじではないか! こんな見落としをしていたとは!?
マサヒデを捕虜の見張りに付けられたら、逃げられない可能性大。
そして、間違いなく付けられるだろう。
カオルの華麗な脱出劇は、これでご破算・・・しかし、引かれた物は仕方がない。
アルマダも一緒に犯人役でなかった事を喜ぶしかない。
「ん、うむっ! よし! 全員引いたな! では、装備の説明に入る!」
イザベルが咳払いして、長鉄砲を取る。
「軍人組の装備の説明だ。米衆連合軍制式採用の物だ。銃は実銃を用意した。
まず、16式自動長銃1型。最新式は羨ましいな。試射を願ってみるか」
続いて、拳銃とナイフ。
「同じく制式採用の四分型拳銃。支給されるナイフ。新兵時代が懐かしかろう。刃は丸めてある」
そして、手投げ弾をみっつ。
「ペイント手榴弾と、閃光爆弾、煙幕爆弾。
この閃光爆弾だが、今回は特別製を用意した。
光は出るが、音はかなり抑えてある。
屋内戦で派手に音が出ると、間違いなく鼓膜が破れるからな。
後の訓練に支障が出ないよう、夜なべして作ってやった。感謝しろ」
ぴきん! イザベルがピンを抜いて、ひょいと後ろに放り投げる。
数秒後、ぱん! と乾いた音が響き、物凄い光。
「わ!?」「うお!?」
マサヒデ達が光に驚いて声を上げる。
「この通り、音は大した事はないので、安心して使え。
顔の真横で爆発せねば、耳がやられる事はない。
ペイント手榴弾も同じく音は小さい。ペンキをぶち撒けるには十分だ。
今回、弾薬は、木製模擬弾頭ではなく、ペイント弾を使用する。
予備弾倉、16式が4。四分型が2。派手にぶちまけろ。
尚、ペイント弾は直撃でなければ当たりとみなさない。
飛沫が飛んで、色がついたから当たった、はなしだ。
本来は机や椅子程度は軽くぶち抜くが、しっかり当てろ。
実弾なら貫通して命中です、は認めない。
当たったら、装備を捨て、その場で伏せていろ。
防弾装備はなしとする。
防弾していても、16式や四分型の弾を喰らえば、骨折しながら吹っ飛ぶ。
死なないだけで、まともな戦闘はまず不能だからな」
小さなポーチ。
「救急医療セット。何故これが必要になるかは、すぐ話す。爆発物があるからではないぞ」
大きなポーチ。
「これはトラップツール一式。と言っても、簡単なものだ。ワイヤーと設置式の爆弾。この爆弾も、音は抑えてある。勿論、引っ掛かった者はそこで脱落。これは犯人役の方に2セット。上手く使え。味方が仕掛けたトラップに掛かるマヌケは居まいな?」
木刀と、短い木刀、木剣。
「クソ虫師弟のトミヤスとサダマキはこれを使え。インテリ坊やの麗しきハワード様々方は木剣を使用だ・・・さて! 軍人共、ここで注意しておく!」
つかつかとイザベルが軍人組の前に歩いて来て、マサヒデ達に鞭を向けた。
「クソ虫トミヤスの300人組手を見ていた者は知っているだろう。
あのクソ虫は、木刀で鬼族を10間(18m)も吹き飛ばす。
当然、トミヤス道場で双璧と呼ばれる、麗しきクソ虫様もだ。
ちなみに、クソ虫トミヤスが10間も吹き飛ばした鬼族。
あれは熊族の横綱、雷山と正面から殴り合って勝った、あの青い鬼族の女だ。
何故、木刀であんなにクソ重い物体を吹き飛ばせるのか、さっぱり分からん。
分からんが、事実は事実だ。理由は考えるな。受け止めろ。
取り敢えず魔術でも薬物でもなく、技術だ、という事しか分かっておらぬ」
「・・・」
「たかが木の棒で信じられん、と、思いたくなる気持ちはよく分かる。
我がそうであったからな。だが事実だ。
確かめてみよう、などと、下手に飛び掛かったりするな。死ぬぞ。
決して近寄らせるな。
武器を落とせば、などと甘い考えも厳禁。
グレート・マッカラナをぶっ飛ばした試合を見ていた者はいるか?
素手で。真正面からぶつかって。かすり傷ひとつもなく。
あのグレート・マッカラナにKOで勝ったのだぞ。
紛うことなき人族であるのにだ。
お優しく手加減はしてくれるだろうが、戦闘中では事故もありうる。
もし頭にこの木の棒が当たったら、脳ミソが壁にぶちまけられる。
救急医療セットが必要な理由が分かったな。
まあ、使う間もないと思うが。
もう一度、簡潔に言うぞ。
あいつらにあの木の棒でほっぺを撫でられたら、間違いなく死ぬ。
あいつらに素手でほっぺを撫でられたら、間違いなく死ぬ。
だから、決して近寄るな。聞こえたか」
「「「はい! 教官!」」」
「あの目立たんクソ虫4人組と、今回の脱出役のクソ虫のメスもだ。
あいつらも、王宮近衛騎士に即採用レベルの腕がある。
その上、小賢しく魔術を使う者までいる。
言うまでもないが、間合いに入られたら終わりだ。
引き金を引く前に、頭に木の棒がめり込んで死ぬ。
厄介な事に、クソ虫トミヤスや、麗しきハワード様程には腕がない。
中途半端に腕が立つのだ! これ程に忌々しい事があるか!
つまり! 手加減が上手く出来ん可能性が高い! 事故発生率が非常に高い!
そして! 事故が起こったら、怪我では済まん事故になる可能性が高い!
言いたい事は分かるか? 分かるな? 分かった者は返事をしろ」
「「「はい! 教官!」」」
「よし。我はしっかり注意したぞ。全員に注意をしたぞ。
気合を入れようと、大袈裟に言っているのではないぞ。
面倒な事に、全て事実だからな。下手な立ち回りをして死ぬなよ。
さて。我はエイデン大佐とクレンナ中尉に叱られたくはないので・・・」
ばさ、とイザベルが懐から紙の束を出し、長机の上に置いた。
「軍人共。この書類にサインしろ。
今回の訓練で、この一般人共に事故を起こされても文句なし、というものだ。
貴様らにプロの誇りがあるなら、この書類の出番をなくしてみせろ。
尚、サインせずにこの屋内実戦演習への参加は許さん。
屋内実戦演習の期間中、存分に英気を養え。
安い商売女と甘い夜を過ごして、性病をもらってきても一向に構わん。
だが、その性病を同僚のケツにうつして、我のせいだとは言うなよ」
イザベルがマサヒデ達に顎をしゃくる。
「この一般人共は、我らは武人なり、サムライは死ぬことと見つけたりなどと言っておるから、こいつらに対してお前達が『事故』を起こしても、一切気にするな。
レイシクラン家やハワード家がしゃしゃり出てくる心配もない。
両家には既に諒解は得てある。一切の文句も出ない。
言うまでもないが、我がファッテンベルク家もだ。
では、サインする者はこの書類の前に立ち、ペンを取れ」
実際はそんな連絡などしていないが、兵達も大貴族には安心して引き金を引けまいとの心遣いである。
軍人達全員が書類の前に立ち、ペンを取った。




