第88話
「タコ野郎共! 昨日の組手はがっかりした! 絶望の縁だ! 先に言っておくぞ! 今日もあんな組手をして我を怒らせるな!」
「「「はい! 教官!」」」
朝から酒でふらふらしながら、マサヒデと軍人達が返事を返す。
イザベルが机の上から何かの粉が入った瓶を取り、さらさらと手に載せた。
「我は火薬をメシ代わりにしてきた女だ!」
粉を口にぶち込み、バーボンで流し入れ、今度はひと摘み。
さらさら、と机に線を引くように撒いて、ポケットからマッチを出し・・・
ぼす!
(げ!? 本当に火薬!?)
本当に火薬を飲み込んだのか!?
マサヒデ達も驚いたが、軍人達も流石にこれには驚いた。
ざ、ざ、とイザベルが横一列に並んだ皆の前を歩く。
「我はどんな銃でも200間(360m)先の蟻の頭をぶち抜く事が出来る! 貴様らがどれだけ優秀な特殊部隊員であろうと! その爪垢だらけの汚い指がのんびり引き金を引く前に! 全員の脳ミソがシラミだらけの頭から派手に吹き飛ぶ! 分かったか! 分かったら我を怒らせるな!」
「「「はい! 教官!」」」
「組手の前に軽くストレッチだ! 赤ちゃんコースのヘッポコ野郎共でも、米衆軍人には変わりない! 怪我をしてはエイデン大佐とクレンナ中尉に叱られる! 腕立て用意!」
皆が腕立ての姿勢を取ると、またイザベルが酒を並べていく。
(またか!)
マサヒデは「勘弁してくれ!」と怒鳴り声を上げたくなった。
「腕立て開始! 1! 2! 3・・・」
号令に合わせ、全員が腕立て。
「10! やめ!」
あれ、と全員が顔を上げた。
もう? たった10回?
「うむ! 朝とはいえ、今日は日差しが強いと思わんか! 訓練中に脱水症をおこしてはならぬ! さあそこにある神の水を呑め!」
「・・・」
「どうした! 脱水症をおこしてはならぬ! さあ呑め! 遠慮をするな!」
きゅぽん、と蓋を開け、皆が一口。
マサヒデはあからさまに、もううんざり、という顔をしたが、軍人達は普通の顔。
勿論、美味しそうではないが。
「呑んだな! 国民に感謝だ! 腕立て用意! 開始! 1! 2! 3・・・」
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昼前。
今日もべろべろになりながら、ふらふらと全員が殴り合い。
もはや組手とは言えない状態だ。
腕組をしてその様子を眺めているイザベルの横に、男が立った。
「ファッテンベルク様」
「これはクレンナ中尉。ご視察ですか」
酒の臭いと兵の様子を見て、クレンナ中尉が顔を少ししかめた。
「・・・これはどういった」
「中尉は、常在戦場という言葉をご存知で」
「勿論。兵達にも徹底しております」
「その心構えが出来ておる者はおりましょう。さて、身体は出来ておりますか」
「身体? いや、それは勿論、皆が鍛えておりますが」
イザベルがふらふらしながら殴り合う皆に目をやる。
「鍛えた結果です」
「返す言葉もございませんな」
「呑まねば良いという話ではありません。任務内容によっては、敵地にスリーパーとして入り込む。敵兵共と仲良く宴会したり、お偉方とのパーティーで、すり寄ったり。酔った振りで、何か情報を引き出す、などなど」
「・・・」
「武術家と軍人の違い。大雑把に言うと、自ら危険を作らぬようにし、最小限の危険で常在戦場を心掛けるのが武術家。命とあらば、自ら危険に飛び込むのが軍人。その上での常在戦場」
「ふむ」
「マサヒデ様達、一般参加者も常在戦場は出来ておりますが、ここが違います。まあ、あくまで大雑把に、ですが」
「なるほど」
「中尉とエイデン大佐が求めている所は、しかと承知しております。私の持つ無距離戦闘術の技術」
「はい」
「無距離戦闘術とは、何を求めて生まれたか。常在戦場を越えた所。腹をぶち抜かれ、もはや足も動かぬ。そんな状態になっても、心臓だけ動いていれば、まだ戦える。そういった兵。いや、戦士。死兵とは少しく違います。昔のサムライのイメージです。そのような存在に生まれ変わるのが、無距離戦闘術」
「ふむ・・・?」
「強さだけを求めるなら、強引に薬物投与などで作る事は出来ますが、金もかかるし、メンタルを保つのも難しい上、短いスパンで投薬と経過観察、メンタルケアが必要。長く戦場には置けない。国際条約にも隠れて作らねばならない。面倒この上ない」
イザベルは知っている。
薬物投与などで肉体改造を行うのは、別に白露帝国に限った事ではないのだ。
規模の大小はあれど、日々、国際条約に引っ掛からない薬物を探し、作り、研究、実験を行うのは、どこでもやっている。
「・・・」
「最悪で最低のバッドコンディションでも、鍛え上げた一流の腕を発揮できる。それを求めて考えに考えた末、何とか、少しは可能に出来たのが、無距離戦闘術。しかも長年の稽古が必要な武術と違い、軍の訓練期間で教えられる技術。実に魅力的です」
「はい」
ばたりと海軍兵が倒れ、酒を吐き出した。
同時に陸軍兵も膝をつき、びしゃびしゃと酒を吐く。
「その技術的な基礎の基礎。どんなバッドコンディションでも、彼らの持つ一流の技術を発揮できる身体を作る。酒はその為に呑ませています。他にも方法はありますが、たった1週間ですので、一番効果的なものを選びました」
「ふむ」
「必要なのは、ただ愛国心のみです。勿論、軍への誇りとか・・・そう、誇りです。彼らにそれがなければ、この最初の1週間で投げ、ただ苦しめられたと愚痴を言いながら、空の手でそちらに戻る事になります」
「愛国心や誇りがあれば?」
にやりとイザベルが笑った。
「やり遂げた者は、置いておくのも恐ろしい程の、殺戮兵器に変わっておりましょう。この10人のうち、何人が殺戮兵器に変わっておりましょうか」
「ふうむ」
「たった1ヶ月で教えられる小手先の技術など、たかが知れております。無距離戦闘術の無の字も分かりませぬ。仮に技術を教えた所で、どういった技術であろうかも分からず、中途半端に終わるのが関の山。今ある軍の格闘術を磨いた方が、早く、確実に強くなります」
クレンナ中尉が酔っ払いの喧嘩から、イザベルに目を向けた。
「ではこの訓練は?」
「ふふ。土台を入れ替えておるのです。突貫の大工事ですが」
「土台?」
「ただ効率的に強くと作られた軍隊格闘技と、死まであと数秒の状態でも戦える事を前提に作られた無距離戦闘術は、作られた土台が違います。さて。無距離戦闘術の土台を持った者が、同じ軍隊格闘技で戦うと、どれほど変わりましょう。大きな建物は、良い土台でなければ建てられませぬ。長持ちも致しませぬ」
「ううむ・・・なるほど」
「勿論、1ヶ月以内に土台が出来、時間の余裕があれば、技術も叩き込みます。何にせよ、良い土台がなければ、技術が全く活かせないのです」
うむ、とクレンナ中尉が頷いた。
「ところで、話は変わるが。ひとつだけ、物凄く気になる事があるのだが」
「何か」
クレンナ中尉が、カオルに目を向けた。
ごくごくとバーボンを空け、ひょいと空き瓶を放り投げて、向かってきた陸軍兵を片手で軽く投げ飛ばし、シャツの袖を引っ張って正している。
「あの方は、何と言うか・・・トミヤス殿の内弟子だな? 何者だ?」
くすっとイザベルが笑った。
マサヒデはとうの昔に酒にやられ、倒れたまま動かない。
「今、一気飲みしたように見えたが、気のせいか? 全く酔っていないように見えるが、中は麦茶にすり替えられていまいな?」
「まさか。昨日からあの調子です。しかも、寝ていません」
「何?」
「カオル殿は幼い頃から放浪の身で、山伏に拾われ、我ら軍人でも慄く程の、想像を絶する苦行を、普段の生活として育った者です。滝に打たれ、1ヶ月もの断食をし、真冬に氷を抱きながら一昼夜を過ごし、焼けた炭の上で禅を組んだりなど」
そういう事にしておくのだ。
実際、忍の養成所で育ったカオルは、似たような事をしているだろうし。
忍であるカオルは、酒などいくら呑んでもどこかに消えてしまう。
腹に入ってはいないのだろうが、どこに消えているのかさっぱり分からない。
仮に呑んだとしても、酒など全く効かぬ、と本人も言っているし・・・
「そのような・・・修行? を?」
「修行ではありません。日常です」
「・・・」
「武術の腕こそ、マサヒデ様に遥かに遅れをとっておりますが、武術家としては当然ながら、軍人としてもの常在戦場の心と身体が、とうの昔に出来ております。この程度の訓練は、軽い復習といった所かと」
「ううむ・・・ヤマブシとは、日輪国の山を放浪する、修道士のような者と聞いていたが、恐ろしいな」
「彼らは独自の武術と宗教観がミックスされた訓練を行います。私も良くは知りませぬが、教会の修道士など尻尾を巻くような苦行を、普段の生活としております」
「そのヤマブシをスカウト出来るかね」
「出来ますまい。例えこの国全土を差し出すと言っても、山を下りて出てくる事はないでしょう。彼らが山を降りるのは、別の山に向かう時と、民が病などに苦しんでいる時だけです。お声がけして来るような者は、イカサマ山伏。そんな者は、世界でも指折りの米衆連合軍が学ぶ程の技術など、持ってはおりませぬ。金の無駄です」
そういう事にしておくのだ。
「日輪国は恐ろしいな・・・武術大国の名は伊達ではないか」
「それでも、この米衆連合には決して勝てないのが、日輪国なのです」
「島国でなければな。もし日輪国がいずれかの大陸にあったのなら、人の国は日輪国に統一されていたな」
「やも、しれませぬ」




