第86話
こちら、カオルの部屋。
レイシクランの忍の1人と、カザマ流の忍術資料を見ながらお勉強中である。
「カオル殿、この図は一体?」
「これは・・・はて? 忍・・・術? いや、無駄な資料を残すわけもなし・・・」
「カオル殿にも分かりませぬか」
「さて。今のところは。これは保留ですね」
「次へ参りましょう。これがいまいち分からないのです」
図に載せられているのは大小の様々な手裏剣の図。
「手裏剣ですか? これが何か」
「このような大きな手裏剣を何に使うのでしょう? 確かに威力はありましょうが」
「ああ、なるほど。魔術の少なかった時代の、戦乱期の資料では、よく見る物です」
「よく見る? このような物を?」
「はい。現在は魔術が広まったので、ほぼ用無しのものですが。棒手裏剣でないものはお持ちでしょうか。十字、八方などの、平たい」
「はい」
差し出された十字手裏剣。
真ん中に小さな穴。
まったくもって、普通の十字手裏剣。
「十字手裏剣は、そちらではどう使いますか?」
はて? これは人の国と使い方は変わらないのでは?
「当然、投げる。接近戦の際に、握りこんで、斬る、刺す。威嚇目的もあります」
棒手裏剣と違い、形がいかにも『危険』を思わせる。威嚇には良い。
実際、これを投げて殺すなどは難しい。そこまでの威力はない。
毒が塗ってあれば別だが。
「そうです。棒手裏剣より大きく、刺さりやすいとはいえ、投げても威力は少しマシな程度です」
レイシクランの忍が少し考える。
カオルの言い方、つまり武器ではないのか。
「武器ではない、他の用途でしょうか?」
カオルが小さく頷く。
「この大きな手裏剣。1尺(約30cm)もあります。流石にこんな物は上手く携帯出来ませんが、これは忍働きというか、主に焼き討ちなどに使います。まあ、堂々と・・・と言ってはおかしいですが、破壊工作に」
「破壊工作?」
とんとん、とカオルが十字手裏剣の中央を指で叩く。
「ここに火縄などを通し、ぐるぐると巻き付けて、適当に城や砦、密集した城下の建物などに向けてぶん投げます」
「なるほど! 重いので、適当に投げれば良いと」
「はい。何処かには刺さります。そして火が点く。時には毒。毒と言っても、我々が使う物とは少々違います。よく使うのは死体です」
「死体?」
「感染力の高い病気にかかった死体の一部を切り取り、縛り付けます。籠城中の、狭い空間に兵が籠もっておりますれば・・・というわけです」
病の遺体の一部を放り投げるとは・・・これはえぐい。
流石にレイシクランの忍も眉をひそめてしまった。
「む、ううむ・・・それはちと・・・」
ふふ、とカオルが小さく笑う。
ここが戦に出る忍と、出ない忍の差であろう。
「レイシクランの皆様は昔から護衛、諜報が主で、戦働きは少ないでしょう。レイシクラン家に仕える、謂わば個人的な忍なのですから。魔の国と人の国の戦の際も、出番はほとんどなかったのでは?」
「はい」
「人の国のように、忍もしょっちゅう戦に駆り出されておりますと、このような物も生まれてくるわけで・・・」
「ううむ・・・」
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所変わって、陸軍基地内の資料室。
ここにもレイシクランの忍がいる。
元々、レイシクランという種族特有の能力で、消えてしまう能力があるので、巡回の兵をやり過ごすなど楽なもの。
マサヒデ、アルマダ、カオル、シズクのレベルだとバレるが、一般兵などものの数ではない。
しかし、簡単な仕事でも彼は大興奮していた。
レイシクランの忍というのは、護衛や、領内の内偵などが主。
『いかにも忍』という働きは、他貴族の諜報が良い所。
稀に暗殺があるくらいだ。
マサヒデ達についてきて、荒事が増え、腕を振るう機会も増え、動くたびに偵察を行いと、日々充足感を感じていたのだが・・・
(まさか他国の軍の基地への潜入とは!)
長く鍛えた忍達に、これ程に興奮する役目はない。
腕があっても、腐らせて終わる者も多いのだ。
実地訓練にも良いとの事で、しばらく単独任務と決められた。この役は毎日変わる。
彼らにとっては、毎日が興奮の日。
クレールに命じられた時は、涼しい顔で「ははっ!」などと答えていたが、皆、心中では両手を上げて飛び上がっていたろう。彼もその1人。
(まだ初日だ・・・)
大量の資料が、広い部屋の、高い本棚にずらりと並んでいる。
一晩で読める量ではない。
軍の情報など、下らない情報でも、漏れたとなれば大失態。
ここに並ぶ本の、適当な1冊を持ち出すだけで良い。それで交渉材料に使える。
軍の基地から情報を盗まれたなどという失態を、黙っていてほしければ・・・だ。
(それで済ませるものか)
折角なら、それなりに重要な情報が欲しい。
まずはどの棚にどんな資料があるか。大雑把に把握しておかねば。
今夜の目標はここまで。
というか、それをしておかないと、どこにどんな情報があるのか分からない。
今後の働きが進まない。折角盗むなら、ある程度は重要な物が欲しい。
時間が余ったら、適当な資料を写せるだけ写せば良いのだ。
入口側、右端の棚から。
(い、ろ、は・・・)
綺麗に整頓されている。
名簿。教本。地図。ぱっと見、価値としては低い物ばかり。
流石に軍は馬鹿ではない。本当に大事な物は、別に保管されているだろう。
だが、ここは欲張るまい。そこそこの価値があれば、で良い。
(おやおや)
馬鹿ではないと思ったが、雑ではあった。
そこそこ価値のあるであろう物が、一目で分かった。
確かに他と分けて保管はされていたが、まさか同じ部屋とは。
そこには、鍵付きの、一回り小さな本棚があった。
一回り小さな、と言っても、大きな事には変わりなく、背は高い。
(ううむ)
本棚は壁と床に、金具でしっかりネジ止めされているが、ネジなど外してしまえる。
人数がいれば、強引だが、本棚ごと運び出してしまう手も考えられる。
だが、今は単独。
1人では持ち上げられないから、動かせば床に傷が付く。
レイシクランは消えるだけでなく、ほんの短時間、剛力を出す事も出来る。
だが、のんびり持ち上げて、戻して、などとやっている暇はない。
いつ巡回の者がここを覗くか分からない。
動かされた本棚を見られたら終わり。
元より、人を集めて運び出すのは以ての外。
運び出しが見られなくとも、この本棚がなければ、盗まれたと即バレる。
正面から鍵をこじ開けたりするのは危険だ。警報が作動するに決まっている。
(さあて。どうするか)
こういう場合、鍵を開けず、本棚に穴を開けてしまうのが一番。
だが、それでは盗まれたと一目瞭然。
警戒を上げてしまうばかりで、明日からの仕事が難しいどころか、マサヒデ達が疑われる。決して証拠は残せない。
まして忍ではと疑われたら、カオルの身が危険だ。
カオルの事は、軍は知らずとも、灰蘭(米衆対外諜報部)の一部は知っている。
ここで何かあったと知れれば、カオルの事も灰蘭から軍にすぐ報告が届く。
(さあて)
入口の方を見る。廊下は巡回の兵が回っている。見張りもいる。
どうする。
目の前に、重要そうな情報が並んでいる。
こうもあからさまに置いてあるとなると、この本棚は罠かもしれない。
開いてみたら中は偽情報で、侵入者に対する置物という危険は十分考えられる。
盗んだ所で「阿呆が」と、あの大佐がへらへら笑うだけだ。
逆に、軍に大きな貸しを作る事になる。
さて、どうする・・・
(鍵を盗むか?)
事務官の誰かが持っているだろうが、こういった書類を閲覧する際は、申請がいるものだ。覚えのない申請があれば、さてこれは? となる。
申請なしで開けたりしたら、警報も作動するだろう。
どうする・・・
誰かが開けるまで見張るか?
開けて・・・その者を気絶させて、資料を盗む?
ばっちり証拠が残るではないか。
(どうする!)
そこそこ重要そうな書類がある位置は分かった。
これで今夜の働きは十分だが、あっさり見つかり過ぎて、時間は余っている。
大人しく引いて、対策を皆と練るのが賢いが、それではあまりにもつまらない。
明日は別の者が担当なのだ・・・
折角、見つけたのに!
「く」
悔しげな声を小さく出し、忍は資料室を出て行った。
まだ時間はあるのだ。
この資料室はここまでで良い。
間違いなく重要書類がありそうな場所の偵察に行こう。
(いきなり発見で浮かれたな)
本棚から目を離してすぐ、忍は落ち着いた。
(偵察まで。場所が分かれば、働きは十分だ)
そう。時間は1ヶ月もあるのだ。
功を焦ると失敗する。
建物を出て、忍は基地の奥に目を向けた。
立入禁止区画。基地の中枢部だ。
司令官室や、上級将校の仕事部屋。
今日は大体の建物の位置を確認するだけで十分だ。
少なくとも、立入禁止区画の何処かに、重要な情報がひとつふたつはある。
(偵察だけ。手は出さない。偵察だけ)
自分に言い聞かせながら、忍は闇に消えて行った。




