第68話
そして、夜。
昼寝をし、夕方には羊に舌鼓を打ち、出発の準備を終えた頃には、既に日は沈んでいた。
「ご主人様、これを」
「はい」
マサヒデが頷いて、カオルが差し出したオオツノヒツジの毛皮を受け取る。
ただ洗って乾かしただけで、ちゃんと革にしたわけではないが、寒さよけには十分。
ローブの上に、マントのように羽織って、足の所の皮を使い、くっと前で縛る。
これでも寒ければ、蓑を被せるのだ。
「じゃ、消すよー」
シズクが焚火に砂を蹴って被せ、まだ燃えかけの薪を抜いて、ぶんぶん振って砂を払う。この先は、薪が手に入らなくなるから、一切無駄には出来ない。
「ふう! 火が消えると、急に寒くなった気がしますね」
「明日から、夜はもっと冷え込みます。松明を使う事もお考え下さい」
そう言って歩いて来たイザベルは、相変わらずつなぎ一丁。
ローブもコートも着ていない。
「明かりと言うよりも、暖を取る為の松明ですか」
「そうです。しばらく進めば、本当に何もなくなりましょう。明かりなど必要もございません」
「雪がない分、ゾエよりはましですか」
「は」
「では、行きますかね」
マサヒデ達が馬に乗り、シズク達は馬車に乗り込む。
「マサヒデ! 暗いぞや! 迷い子にならぬか!」
御者台に乗ったトモヤが声を上げる。
「大丈夫だ! 星が見えれば方角は分かる! 行くぞ!」
マサヒデ達が進み出し、馬車も動き出す。
ひゅいっ、とイザベルが口笛を吹くと、白百合が飼葉満載の馬車を引き、歩き出す。
これから、砂漠だ。
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「俺え~あ~くにじゅ~でえ~いちば~んのお~」
トモヤの歌。
「力士~と呼ばれ~た男~だっぜーい!!」
ぷ! とカオルが吹き出し、イザベルもくすくす笑う。
「凄い声」
「ふふふ」
ははは! とトモヤが笑いながら、イザベルを見る。
「イザベル殿や、魔王軍の軍歌などないか。皆、気合が抜けてきておる」
「あるぞ」
おほーん! とイザベルが咳払いして、すっと息を吸う。
「わーれらはきーへーいたーい! 殺戮司祭の集まりだー! さあ、馬をはーしーらーせーよっ! のーこるは屍ーのーみー!」
「・・・」「・・・」「・・・」
殺戮司祭とは・・・
イザベルが続けて声を上げる。
「わーれらはほーへーいたーい! 世界最強の魔王軍! さあ、剣を抜ーきーさーけーべっ! きょーおふを教えてーやーれー!」
怖ろしい歌詞だ。軍歌とはこういうものか。
イザベルの綺麗な声が、余計に冷たさを引き立たせる。
「は、はは・・・お綺麗な声じゃのう・・・」
ぱちぱちとトモヤが手を叩き、マサヒデに声を掛ける。
「ところでのう、ピーチマンはロストエンジェルの出と聞いたのじゃが」
「まあ、ちと違うが、大体そうだ」
「マサヒデ、もしやして、この辺りにおったりするかのう」
「さあて、どうかな・・・」
マサヒデが夜の空を見上げる。
あのピーチマンは、本名は何と言うのだろう。
「スティアン伯爵の記録を読む限り、一所に留まるお方ではなかろうな。米衆連合には居ないと思うぞ。意外と、中央米衆辺りで海賊でもやっておったりしてな。ひとつ所に留まらぬ海賊などは似合いそうだ」
ん、とマサヒデが後ろのイザベルに振り返る。
「イザベルさん。ひとつ質問」
「は」
ぱすん、ぱすん、と砂を踏み、イザベルの馬が前に出て、マサヒデに並ぶ。
「ピーチマンの植人族って、どういう種族です? 聞いた事ないですけど」
ううむ、とイザベルが困った顔で腕を組む。
「一言では言い表すのは難しい種族です。短命な者もおれば、長命な者もおり、多産の者もおれば、一生に1、2しか産まぬ者もおり、剛力の者もおれば、赤子のようにひ弱な者もおり。その姿も様々」
「虫人族みたいに、色々ごっちゃで、まとめて植人族と」
イザベルが頷く。
「そうです。共通して、性格は基本的におっとりしておりまして、争い事はまず聞きません。臆病というわけではないのですが。生まれた所から離れる者は滅多におらず、定住を好みます。先祖代々、何千年もどこどこに住んでいる、という者も少なくありません」
「へーえ」
「一番の特徴は、大半の者が飯を食わずに済む事。そういう者らは、水があれば生きてはいけるのです。それゆえ、ほとんど仕事もせずに、寝てばかりの者もおります。河原で裸で寝ている者を見たら、多くはこれらです」
「わははは! 裸のおなごも河原で寝ておるか!」
「うるさい。で、勇者祭には居ないですかね」
「まずおりますまい。魔の国に入れば、道中、出会う事はございます。魔の国から出ることがまずないので、人の国では非常に珍しいですが、魔の国では普通に、どこにでもおります」
「ふうん・・・」
ふふ、とイザベルが笑う。
「頭に花が咲く者などもおります」
ふはっ! とトモヤが笑う。
「なんじゃそれは! わははは! 頭がお花畑か!」
「トモヤさん」
アルマダが嗜めるようにトモヤを睨んだが、イザベルは軽く頷く。
「全くその通りだ。ただし。良い香りのお花畑とは限らぬぞ」
「なんじゃ。臭いのもおるのか」
イザベルが首を振り、にやっと笑って、
「いいや。毒の香を出す者がいる。あれよ美しき花、と近寄ると、ばたりだ」
「物騒じゃのう!?」
「花が咲いておる者は、所謂、発情期の娘で・・・基本的に同じ植人族同士でしか交わらぬが、時には他の種族にもすり寄ってくる。毒を撒き散らしながらだぞ」
「真か!?」
「本当ですか、それ」
イザベルが真面目な顔で頷く。
「マサヒデ様、これは本当です。昔はたびたび事故があったそうで、そういった年頃になりますと、そういう毒を撒く種の娘どもは、自ら家に籠もるのです。うっかり外に出て風でも吹いたら、周りの住人が大量に死にますので。現在は、この種の者らには、国から頑丈な地下室付きの家が無料で与えられております」
「・・・」
想像して黙り込んでしまった。
歩いているだけで、周りの者がばたばた死んでいく。
なんと怖ろしい種族なのだ。
イザベルが真面目な顔のまま、トモヤに目を向ける。
「トモヤ殿。本当に気を付けよ。花を着けた娘は、毒を撒き散らしておるかもしれぬ。厄介なのは、魔族には良い香り、という程度でも、人族には何らかの影響が出るかもしれぬ、という所だ。人族がおると知らず、普通に歩いておったら・・・な。どうなるか分からん。重ねるが、これは冗談ではない。人族の多い大都市などは触れが出ておろうで良いが、田舎町は危険だぞ」
「む・・・」
言葉を失ったトモヤに、マサヒデが心配そうな顔で振り向く。
「お前、大丈夫か。やれおなごじゃ、なんて鼻の下を延ばしておったら、朝には冷たくなっておった、などは御免だぞ。御母上に何と伝えたら良いのだ。花の如く美しき乙女に心奪われ、そのあまりの美しき香りに死んでしまった、か?」
「冗談でもやめい!」
「ははは! マサヒデさん、花の如く美しき乙女とは!」
およそマサヒデの口から出そうもない言葉に、アルマダが笑う。
マサヒデは恥ずかしくなって、ちょっと笠を上げて夜空を見上げた。
風はないが、気温はぐっと下がってきた。
だが、寒くなるにつれ、夜空も綺麗になってきた。
「冷えてきましたね。寒いのに、えらく口も乾きます」
「口、鼻に覆面はしておいた方が良いかもしれませぬ。空気が乾ききっております」
「そうですね」
水筒を取って、口に水を入れ、手拭いを出して鼻から下を包んで巻く。
「これで行きましょうか」
「それが良うございましょう。風が吹くと、砂も舞います」
イザベルもつなぎのポケットから手拭いを出し、ぱん! と開いて、くるくると顔に巻く。
「トモヤ殿。口、鼻を隠すように覆面をせよ。あまり乾いて鼻の中が割れると、鼻血が止まらぬぞ。風が舞って砂を吸うと、人族でも、鼻がえらい痛みでのたうつ事となる」
「やいやい、それはえらいことじゃ! 早う言うて下され!」
トモヤも急いで手拭いで覆面を作り、顔に巻く。
慌てるトモヤの声を聞きながら、マサヒデが周りを見渡す。
暗くて遠くまで見えないが、枯木や枯草が少なくなってきた。
馬が地を踏む音も、固い音はしなくなってきた。
(砂漠か)
日が登ったら、周りはどうなっているか・・・
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日の出が近付いてきた。
向かう東の空が、はっきりと日の光に染まって、橙色になって、夜空との間が美しい紫色になっている。
(そろそろか)
馬達もそろそろ休憩を入れる時間だ。
「アルマダさん。今夜はここまでにしましょうか」
「そうですね」
そう言って、2人が手を挙げると、ゆっくりと馬車が止まった。
アルマダも馬を止め、覆面を取り、目を細めて地平線を見つめる。
さらっと前髪を上げると、薄明かりでも輝いた。
「マサヒデさん。綺麗な日の出ですよ」
は、とマサヒデが溜め息を付いて、覆面を取った。
「これからしばらく、うんざりするほど見ることになりますよ」
「・・・それを言わないで下さい」
笑顔だったアルマダの顔が、一気に沈む。
マサヒデがにっこり笑って、周囲を指差してぐるーっと回す。
「見て下さい! 凄いですねえ! 周り、何も見えませんよ! 地平線まで砂です!」
「空々しい・・・」
「ええ。分かってますとも。すみませんでしたね」
うんざり! と2人が馬を下り、馬車に歩いて来る。
ぼす! とクレールが馬車から砂に飛び降りて、おおっ! と驚きの声を上げた。
「マサヒデ様! 凄いですよ! 周り、何も無いです! 地平線まで真っ平ら!」
「・・・」「・・・」
マサヒデとアルマダは、まるで無感動の目で、声を上げるクレールを見ている。
「うわあ・・・マサヒデ様! 日の出です!」
「ええ」
「凄い! 綺麗です!」
「これから、毎日見れますよ」
「わあ!」
「嬉しいですか?」
「勿論!」
ふ! とマサヒデとアルマダが鼻で笑う。
「すぐ飽きますよ・・・何も無いんです。昼はあの暑さの中で寝るだけ。夜はただ歩くだけ」
「苦行ですね。マサヒデさん、これ、禅と思いましょうよ。そうです。我々はこれから10日以上、心法を磨くんですよ」
「辛いですね・・・」
「辛いですとも・・・」
もうこの2人は駄目だ。
よもや1日目でこんなに落ち込んでしまうとは。
クレールはとても心配になってきてしまった。




