第67話
「きっと、物凄く暑くなりますからね」
そう言って、マサヒデがクレールに自分のローブを被せた。
「やっぱりクレールさんには長いですねえ」
マサヒデが言いながら、ローブを整えるふりをして、クレールの腰の魔剣を、ぐ、ぐ、と押す。
(うふふ)
このナイフの形の魔剣は、軽く握っただけで、一瞬で魔力が補充される。
集中力さえ切れなければ、これがあればいくらでも魔術は使える。
まず負けはない。
ただ、握った瞬間に、黒い霧が垂れるから、それが分からないように、クレールには長い、マサヒデのローブを被せたのだ。これなら足元まで隠れる。
きゅ、と顎下で縛り、フードを作って頭に被せる。
にやっとマサヒデが笑った。
こく、とクレールが頷く。
「もう良いかな」
曹長が声を掛ける。
「ええ」
マサヒデが離れると、クレールが前に出て行く。
曹長が時計を出して、きり、と少しネジを巻き、猫族の女と、クレールを見る。
「単純な勝負だ」
そう言って、空を指差す。
「上に、大きな火球を作り、どれだけ長く作ったままで居られるか」
「はい」
「は!」
クレールの横で、びし! と猫族の女が敬礼を取る。
「あの」
クレールが小さくローブの隙間から手を挙げた。
「なんでしょう」
「どのくらいの大きさですか? それは決めておきませんと」
「む、それは確かに。では軽く・・・そうですな。3間(5.4m)くらい」
全然、軽いものではない。
一般の魔術師では、2尺(60cm)くらいの大きさを保つのが精一杯。その大きさでも、数分も持たない。火の魔術はそれ程に魔力を使う。
燃える物のない所に火を作るのだから、当然、放っておいたら一瞬で消えて無くなってしまう。ずっと魔力を送り続け、ずっと燃やしていないといけない。
それを、火付けに使う一寸もない小さな火程度ならまだしも、3間とは。
「はい。高さはどのくらいにしましょう。あまり遠くでは小さく見えますし」
「10間くらいにしますか」
「それでは、かなり暑いと思いますが」
ふ、と猫族の女が鼻で笑った。
「3間の大きさなら、すぐ終わるでしょう」
「火の魔術はあまり得意ではないですけど、まあ単純な火球、私も頑張ります」
言いながら、クレールもフードの下で、にやりと笑う。
こんなイカサマ勝負はない。こちらは無尽蔵に魔力がある。
魔剣の存在は固く秘していたから、知っているのはほんの一握りだけ。
白露帝国の軍は知らないはず。
日輪国の忍の一部だけは知ってはいるが、報告はしていないだろう。
報告されていたら、奪いにくるはずの代物だ。
「10数えます。0で開始。では、10、9・・・」
クレールと猫族の女が空に手を向ける。
「0」
ぼおん! と音が響き、空に大きな火球がふたつ。
「うおっ!」
マサヒデが声を上げた。
そして、そのすぐ後、顔を焦がすような熱が当たる。
「下がりましょう!」
アルマダが言って、顔の前に手を出しながら、ぱ、と後ろに下がる。
ひん! と馬達が声を上げ「どうどう!」とイザベルが声を上げている。
ごう、ごう、と低い音が聞こえる。
落ち着いて、目を細めて両者の炎を見ると、クレールの方が明るい黄色。
同じ大きさの火球でも、温度が全然違うのだ。
「く」
猫族の女が小さく声を上げる。
「まだですかあ? 早くギブアップしましょう。魔力切れになると、疲れちゃいますよお」
クレールは余裕の声。
まだ魔剣を握るまでもない。
マツ程ではないにしろ、クレールも大魔術師以上。
マツの見立てでは、大魔術師の称号など、簡単に貰える腕はある。
「くっ! く・・・」
「魔力で負けたって大丈夫。魔術師は魔力の量じゃありません。自分の手をどこまで賢く使えるかですから」
実はクレールが作った火球は、表面だけで、中を空にしているのだ。
見た目は全く分からない。熱も凄いから、区別はつかない。
これが賢い使い方というものだ。
「・・・」
後ろでは曹長が苦い顔をしている。
今回は自信があったようだが、これは差がありすぎる。
「う!?」
30数えた辺りで、少し、隣の火が小さくなった。
と、みるみる小さくなり、消えてしまった。
「もっと! もっと!」
猫族の女が声を上げるが、火球が出来ることはなかった。
そして、がっくりと膝をつく。
ふふん! とクレールが笑って、曹長の方を向いた。
「私の勝ちで良いですか?」
ん、と教官が目を逸らして頷く。
「はい」
返事と同時に、クレールの火球が消えた。
大きな火が燃えていたので、近くの空気が急に薄くなった。息苦しい。
は! とクレールが小さく息を吐く。息切れ、少し目眩もする。酸素不足だ。
「参りました」
膝をついた猫族の女が、か細い声を出した。
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勝負の後、曹長が袋を持って来て、マサヒデ達の前に、どさ、と置いた。
「約束の礼だ。これは軍用食の缶詰」
袋から取り出されたのは、4尺四方程の缶詰。
缶詰など、見るのは初めてだ。
「こうやって開ける。この取手に指を入れて」
曹長が引っ張ると、ぎぎぎ、と小さく音がして、蓋が開いた。
「おおっ!? これは凄いですね!」
「凄かろう? 開けなければ、これで5年はもつ。ただ、錆には気を付けてな」
曹長が中身を指で摘み、口に運び、苦笑して首を振る。
「味は酷い物だが、これ1つで、犬族、猫族なら1日分の栄養がある。人族なら、半分で1日以上は軽くもつのではないかな」
そう言って、マサヒデに開けた缶の口を向ける。
マサヒデも指を突っ込んで、しげしげと濃い茶色の物を見つめ、口に入れてみる。
「ふむ?」
みるみるマサヒデの顔が変わっていく。
驚きから、不快の顔。
「確かに、味は・・・」
塩っぽいような味、味噌っぽいような匂い。全然美味くない。
液体も入って、濡れたパンのような感じなのだが、口に入れるとばさばさする。
口は乾きはしないが、得も言われぬ不快感。
マサヒデの顔を見て、曹長が楽しげに笑う。
「ふふふ。栄養はあるから動けるようになるが、空腹を満たす量ではないから、空腹感は全く満たされない。あくまで非常食。どうしてもという時以外、食う事はなかろう。これを礼としようか」
確かに、これは助かる。
食料問題は、マサヒデ達の課題のひとつだ。
曹長がかがんで、開いた缶詰を置き、袋の口を開けて中を見せる。
「これだけあれば、砂漠で立ち往生はなかろう。救援を求めに走る事も出来る」
「はい」
曹長が身を起こし、まだ膝を付いている猫族の女に目を向ける。
「トミヤス殿。あの者は、あと10年も生きられない」
「え」
まだ全然若く見える。
人族で言えば、20を少し超えたばかりでは?
「先程、シズク殿と戦った者もそうだ。力を得たが、寿命を大きく削った。あれが人族、虫人族であれば、あと2、3年か。もっと短いかも。何かのきっかけで、明日にも死ぬかもしれないな」
「・・・」
「そして、あのような力を持つ者を作るには、10年以上の時間が必要だ。戦場に出てくる事は、まずない。世界の軍事バランスを崩すような事はなかろう。せいぜい陰働きのみだ」
「ちょっと待って下さい。今、作ると言いましたか? 作った?」
「そうだ。物に魔術を籠もらせるように、生きた身体に、魔術と魔力を籠もらせてあるのだ。無理矢理にねじ込むようにだ。大量の魔力に耐えきれずに、身体が壊れる者や、発狂して死ぬ者ばかり。あの2人は、かろうじて生き残った者だ」
「そんな事を」
「非人道的と思うかね」
「当たり前ではありませんか!」
む、と曹長が頷く。
「だから、我々魔族が選ばれるのだ。人族ではやりたくないから。精神面はともかく、身体は人族より頑丈で、きつい実験にも耐えられるから。彼らが実験体として存在している事は、白露の軍内でも一部にしか知られていない」
魔族差別が大きく、魔族がほとんど居ない白露帝国の軍に、魔族が所属している。
こういう理由もあったのか。
「しかし、彼らが望んだ事だ。彼らの申し出のお陰で、医療技術が大きく進歩する。人の身にも、外から意図的に魔術を籠もらせる事が出来る事が、証明された。そして、十分な結果が出た」
「いや、そうでしょうが」
曹長が手を上げ、マサヒデの言葉を止める。
「生まれつき、手足が動かないような者。小さな怪我でもいつまで経っても治らず、常に治癒師に側に居てもらわねばならぬ者。自然の魔力を身体に通す事が出来ず、死んでしまう赤子。それらを、彼らが身を挺して、助けるきっかけを見つけてくれた」
「ですが」
曹長が頷く。
「そうだろう。必要悪という言葉で割り切れるものではない。私もこうして平気な顔をしているが、内心もそうかと言えば否だ。しかし、実際に助かる者がいるだけに、声を上げる事は出来ない。そして、彼らが求めたのは、己の力ではなく、この先。これから助かる命だ。分かるな。彼らは志願したのだ」
マサヒデは唇を噛んで、俯いてしまった。
「我々の存在は、決して表に出ない。そのような実験を行っていたかと、世界中から罵倒されるからだ。この実験結果は、そこそこ有名な医者か治癒師が発見した、という事になり、世に発表されるだろう」
「そうなるんですか」
「そうなる。そして、世に発表されると、あのような者達は消える。何故だか分かるかね」
「いえ」
「軍の実験だと、非人道的だからだ。病人を治す程度に抑え、穏やかに使われると、人道的だからだ。同じ技術なのにだ。この所、分かるかな」
「・・・」
「そして、彼らの名は消える。死んだ時は、自殺か、良くて訓練中の事故死かな。二階級特進もない。私の仕事は、査定だけではない。そういう者達を見送り、せめて私だけはと祈る事だ」
「そう・・・そうでしたか。声を上げて、失礼をしました」
「構わない。私も一つ穴の狢。非人道的な輩なのだ」
曹長がカオルに目を向けた。
「サダマキ殿には分かるかな。まあ、日輪国には、我々の事は漏れていたろう」
「はい」
「ヒラマツ陛下には、黙っていてくれて感謝する。いや、陛下は知らないかな? あの国王が知っていたら、声を大にして我が国をなじるはずだ。情報省と軍で止まっているかな?」
「おそらく」
「トミヤス殿はヒラマツ国王に手紙を送るそうだが、彼らの事は伏せてくれるかね」
「分かりました」
喋っている間に、シズクに腕を飛ばされた者が走って来た。
予想通り、腕はくっついている。
「やっと戻ってきたか。では・・・そろそろお暇しようか」
マサヒデ達と立ち会った4人が、それぞれ立ち会った者と向かい合う。
手を出したので、マサヒデ達も手を出し、ぐっと握った。
「トミヤス殿。ありがとうございました。お教えは忘れず、精進致します」
「サダマキ殿。次回は必ず、日輪国の忍の技術を引き出してみせます」
「俺の力も、鬼族には全く敵わなかったよ。参った」
「身の程を知らされました。流石はレイシクラン様です」
両手でマサヒデ達の手を握り、最後に抱きついて、手を離すと、1歩離れた。
「敬礼!」
曹長の声が掛かると、かかん! と軍靴の踵を鳴らし、5人が敬礼する。
「マサヒデ=トミヤス殿! カオル=サダマキ殿! シズク殿! クレール=フォン=レイシクラン殿! 感謝を申し上げます!」
「「「感謝を申し上げます!」」」
「ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
「気をー付けー! 礼ッ!」
ば! と頭を下げたので、マサヒデ達も頭を下げた。
頭を上げた時、5人も頭を上げ、ぐ! と拳を上げて、振り返って去って行った。
そして、マサヒデが手を開くと、銀貨が乗っていた。
左を向いた犬。
右を向いた猫。
中心に、注射と杖が突き刺さった髑髏。
貴族の紋章とは雰囲気が違い、酷く禍々しい図柄。
「ご主人様。それはチャレンジコインです」
「チャレンジコイン?」
「共に訓練を過ごした者。立ち会いをした者。良い時間を過ごした者達が、仲間として認めあった者同士が、記念に贈り合う物。それは彼らの部隊章。あの者達は決して表に出ることのない部隊。その部隊章を知る者は、多くはおりますまい。彼らとの接触は、良く見られませぬ。他に見せませぬよう」
「はい」
5人の白露の兵達が、ゆっくりと馬に揺られながら、遠ざかって行く。
カオルも、袖にすっとコインを入れる。
「此度の立ち会い、間違いなく、放映はされてはおりませぬ。彼らはまた、闇に戻るのです。次回はと申しておりましたが、もう会う事はありますまい」
「はい」
「悲しむのではなく、感謝を致しましょう。彼らのお陰で助かる命は、多いです」
「はい」
マサヒデは遠ざかって行く5人の背に、もう一度頭を下げた。




