第58話
そうして、マスダは狩りに出かけたが、門弟達は何も知らなかった。
まだ聞いていない者はいるが、あまりしつこく聞いて回るのも、と諦めた。
そんなに期待はしていなかったので、大人しく待っていれば良いのだが・・・
「んん?」
狩りという事で、連れて来た門弟には、弓を主に習っている者が多い。
その中に1人、魔族がいるではないか。
それも虫人族ではないか・・・
「おい、そこの女」
マスダの低い声に、びく! と金髪の女が身を固めた。
「お前、魔族じゃねえか。トミヤス道場にゃ珍しいな」
「は、はい」
すん、とマスダが鼻を鳴らし、む、と顔をしかめて鼻をこする。鱗粉だ。
「お前、虫人の、羽ある奴だな? くそ、鼻が痒い」
「もも、ももっ、申し訳ありません」
「いいさ。生まれは選べねえ。おい、ちょっとこっち来い。聞きてえ事がある」
「申し訳ございません!」
がば! と女が頭を下げた。
「ビビんじゃねえ。怒ってるわけじゃねえよ。ちょっと魔の国の事を聞きてえだけだ。俺、魔の国離れて、結構長えからな」
「あ、左様で・・・」
マスダは皆に、狩った獲物は臓物を引きずり出して清水に浸けておけ、その後は休憩、と指示し、金髪の女を連れて木の陰に入った。
「名は」
「エミーリャと申します」
「今よう。魔の国でこう、指折りの武術家って誰になってんだ? あーっと・・・と・・・」
マフィアの所で、裏の闘技場にずっと籠もって殺しまくっていたから、とは、流石に言い辛い。
マサヒデを追いかけ、握手をしてもらった後、走りに走って、町は素通りし、飛び込むように密輸船に乗り込んで、隠れていたのだ。途中で海に飛び込み、崖を登り、日輪国に着いた後も、駆けに駆けてトミヤス道場まで来た。
足を止めたのは、寝る時、飯を食べる時、用を足す時くらい。
「米衆の山の中にずっといて、今の武術がどうなってんのかさっぱり知らねえんだ」
実際、世間がどう変わったかもよく知らないのだ。
「ああ、左様でしたか。山籠りを」
「そういうこった。トミヤスの名前だけ聞いて、ここにすっ飛んで来たから、全然聞いてねえし・・・魔の国で武術家とか、なんか有名なの出て来たのか?」
「ああ」
なるほど、やはり気になるのか、とエミーリャが顔を上げ、
「高名な方ですと、やはりクロカワ先生」
クロカワ。聞いたことがない。
「誰だ? 何を使う?」
「合気柔術です。合気柔術は、結構最近出来たものですから、ご存知でしょうか?」
「いや、知らねえ。聞いたこともねえ。柔術に手え加えたみたいな感じか」
エミーリャが首を傾げながら、ええと、ええと、と考える。
「恐らくは・・・出来たのは確か・・・確か、150年程前だったかと思いますが・・・私も、その辺りはあまり詳しくなくて」
「ほう? 結構新しいんだな」
「魔の国に広まって、まだ100年も経ってはいないかと。ですが、広く伝わっておりまして、クロカワ先生の名は世界でも有名です。ひと所に留まらず、世界を回りながら、合気柔術を広める活動をしております。トミヤス道場にも、先日来たとか。私も入門したばかりで、来たのはその前で、お会いする事は叶いませんでしたが」
「しょっちゅう来るのか?」
「はい。日輪国に来る際は、必ず寄ると。マサヒデ様の体術は、多くはクロカワ先生仕込みだと聞きました」
「ほおう・・・マサヒデさんの体術もか。そんな奴もなあ・・・」
名の通り、柔鋼流も柔の術が多くある。
マサヒデの体術も仕込んだ、合気柔術とは?
そのクロカワに俄然興味が湧いてきたが、ひと所に長く留まる事はない。
探しに行くのは骨が折れそうだ。また海外だと面倒。
「じゃ、トミヤス道場にも、その合気柔術を使う奴はいるんだよな? マサヒデさんがそうなんだからよ」
「はい」
「よし、帰ったら見せてもらうか。で、他には誰か居ねえの? 魔族の武術家」
「サカバヤシ先生もそうですし、シズク様も勇者祭のおかげで、かなり名が売れておりますが」
マスダが腕を組み、眉を寄せて、顎を撫でる。
冷たくなった風にさわさわと揺れる葉を見ながら、マサヒデと一緒にホテルで暴れていたシズクを思い出す。
「あのマサヒデさんと一緒にいた鬼族の女だな。見たが、そう大した事ぁねえ。サカバヤシさんやマサヒデさんとは月とすっぽんって所だ」
武術を学んでいる鬼族を、大した事はないと言い切ってしまうとは・・・
と、エミーリャが思った所で、マスダの言葉に引っ掛かった。
マサヒデと一緒に居た?
「マスダ先生は、マサヒデ様とお会いに?」
ぎく! として、マスダが顎を撫でる手を止めた。
「ん!? ん、うん! 山下りた所で・・・ちょっと・・・偶然」
「もしや、立ち会いを?」
「え、ええー!? まさかあ! なんか強そうな奴がいるなあーって・・・」
嘘の下手な人だ。この人はマサヒデと立ち会ったのだ。
「マサヒデ様はどうでしたか?」
「うむ! 元気そうにしてたな!」
そう言って、力強く頷くマスダを、エミーリャの複眼がじっと見つめる。
エミーリャは声を潜め、もう一度尋ねた。
「マサヒデ様の剣術はどうでしたか?」
「んー・・・ん・・・うん・・・」
口を濁しながら、マスダが横を向く。
「バレたか・・・ああ、ご想像どおり。手も足も斬り落とされた。文字通りに、手も足も出ねえ。死にそうになってた所、マサヒデさんについてた治癒師が助けてくれたのさ。誰にも言うなよ」
「はい」
マスダが離れた門弟達を見てから、エミーリャに気まずい顔を向け、声を潜める。
「俺はなあ、実は結構前の勇者祭の参加者だ。100年くらい前だと思うが」
「え」
エミーリャが驚いてマスダを見つめる。
「賭け試合。勇者祭でそういう事しやがるの、知ってるだろ」
「はい」
「で。参加してみたらマフィアの賭け試合だった。お抱えになった。そしたら、まあ、表に出せねえ試合みたいのがあって。それが、勇者祭関係なく、客の前で殺し合いする闘技場で・・・というわけで、そこでマフィアに良い相手用意してもらっちゃあ、殺してたってわけだ」
殺し・・・客の前で、勇者祭関係なしに・・・闘技場?
この男は、100年の間、そこで殺しで客を沸かせていたのか。
相手の頭を引きちぎり、血まみれで客に向けて声を上げるマスダの姿が目に浮かぶ。
ごくん、とエミーリャが唾を飲み込んだ。
「そこに・・・そんな闘技場に、マサヒデ様が? どうして?」
ぺ! とマスダが唾を吐く。
「あのゴミヤクザがよ、マサヒデさんに脅しかけやがったのよ。俺と闘技場で戦わねえと、町の奴ら殺すってな」
「ええ!? そんな酷い事を!」
「だろ? 俺も外道だが、あいつらあ外道も鼻摘まみたくなるクソ以下だぜ。で、むかっと来て、そいつの頭飛ばして頼み込んだら、マサヒデさんが相手してくれたのさ。山籠りなんて嘘。俺は地下に籠もってたのさ。マサヒデさんの事は知ってた」
ち、と小さく舌打ちして、マスダが目を逸らす。
「あのよう・・・ファンだったのさ。恥ずかしいから言うなよ」
この怖ろしいマスダが、マサヒデのファンだったとは。
意外の事を聞き、エミーリャが微笑む。
「言いません」
マスダが迫力満点の笑みを返して頷いた。
「それでいい。虫人族の短い寿命を縮めたかねえだろ」
ぎくりとエミーリャの笑顔が固まる。
「は、はい・・・」
「冗談だ」
ぽん、とマスダは軽くエミーリャの肩に手を置いた。
マスダは軽くのつもりであったが、エミーリャの方は足までずしんときた。
「まだ、カゲミツ先生にも話しちゃいねえんだ。折を見て、と思っちゃいるが」
エミーリャは、うう、と痛みに顔を歪めていたが、何とか真面目な顔を作って、
「カゲミツ様は、気になさらないと思います」
「そうかい?」
「以前、カゲミツ様を暗殺しに来た者がおりましたが、暗殺稼業はやめてトミヤス道場で高弟にならないか、などとスカウトしていたそうで」
「まじかよ。懐広すぎだろ」
ずい、とマスダがエミーリャに顔を近付ける。
「で? で? そいつどうなった?」
迫力に、う、とエミーリャが仰け反る。
「死にました。かまいたちの魔術の籠もった刀を持っていたそうですが、カゲミツ様には掠りもせず、一瞬で胴を真っ二つにされたそうです。道場の掃除の手伝いに呼ばれたのですが、その時、立ち会いの様子を聞きました。天井まで血まみれで」
「へーえ・・・だろうな・・・」
あっとエミーリャが思い出した。
道場破りと言えば、庭を壊したあの男。
「そう言えば、凄い道場破りが来た事がありました」
「ほう?」
「その時も私は弓の稽古場に居たのですが、雷が落ちたかのような大きな音がして、皆で慌てて道場に駆けて行ったのです。庭に長く、溝を掘ったような穴が空いていて、壁も壊れておりまして」
そうそう! とエミーリャが、ぽん! と手を合わせる。
「そう! 確か、その者は凄い体術の使い手で、立ち会いの様子は誰にも見えなかったそうです。私が行った時には、庭の弁償の話をしていて、相打ちだ、金はない、とか、弟子にしてやるとか、馬鹿な事を言って、逃げて行ったのですが」
凄い体術! そいつだ。間違いない。
「何て奴だ」
んん、とエミーリャが腕を組む。
「クー、クー・・・ノ! そう、シュウゾウ=クノという名乗っていたそうですが」
「シュウゾウ=クノねえ・・・ふうん・・・魔族か」
「いえ、覆面をしていたそうで、顔はよく見えなかったと。私はクノという名は聞いた事もないのですが、マスダ先生はご存知ですか」
「いいや、知らねえ。知らねえが、体術、ね・・・」
「確かに、真剣を持ったカゲミツ様と、無手で撃ち合って引き分けるのですから、凄い達者だと思うのですが・・・偽名でしょうか」
ふうむ、とマスダが腕を組む。
「どうかな。表に出てこないだけで、怖ろしく強い奴らは居る。別に珍しかねえよ。俺のオヤジがそうだったからな。素手で虎族の俺を軽く捻る人族は、オヤジとカゲミツ先生しか知らねえ」
「え」
エミーリャが驚いた顔を上げた。
「マスダ先生は、人族に育てられたのですか?」
「そうさ。本当のオヤジもオフクロも居るんだろうが、いや、死んでるかもしれねえがな。顔は知らねえし、名も知らねえ。俺は捨て子だったからな。山でオヤジに拾われるまで、読み書きも、喋るって事も出来ねえ、獣と同じだった」
「それは・・・」
エミーリャが言葉に詰まったが、マスダが怖くない笑みを浮かべた。
「気にすんな。俺はしてねえ。シュウゾウ=クノ、な」
間違いない。カゲミツとジンゴロウが研究しているのは、その体術だ。
カゲミツが稽古をつけている様子を見ると分かる。カゲミツは目が異常に良い。
動体視力とかではなく、筋肉、腱、骨、血の流れから、神経まで、そういうのが視覚とは違う所で見えてしまうタイプだ。
そういう者が極稀にいる、と、オヤジに聞いた事がある。
実際に目に映るわけではないから、勘で感じるようなものだろうか。
獣人族が、他の種族に比べ、変に勘が良いというような感じだろうか。
そこに加えて、鍛えた武術の目と勘もあるから、相手の動きはもう丸見え。
今まで実際に見た事はなかったが、カゲミツは間違いなくそれだ。
そして、カゲミツはその異常の目で、クノなる武術家の体術を見たのだ。
それを研究し、我が物としようとしている・・・
他にも、オヤジの話では、人に限らず、全ての物の弱い所、ツボのような場所が感じられ、自然とそこを触って壊してしまう者もいたという。
その者は触っただけで、しょっちゅう家具や食器を壊していて、生活には困っていたそうだ。恐ろしくて、子の頭が撫でられないと嘆いていたとか。普通の生活でも全く気が抜けず、いつも胃が痛いなどと言っていたとか・・・
これまでオヤジの下らない作り話だと思っていたが、カゲミツを見ているマスダには、それが本当の話だったのだと分かる。
世にはああいった異常の才を持つ者がいるのだ。
そして、そういう者が武術をやっていると、文字通り無双の武術家となる・・・
「なるほどなあ。そういう事だったか。それでサカバヤシ先生もお手伝いに来てるってわけか」
「サカバヤシ先生が何か?」
「いや、気にすんな。エミーリャだったな。お前も向こう行って休憩しろ」
「? はい・・・」
エミーリャは首を傾げながら、皆の所に歩いて行った。
途中で振り返ると、マスダは髭を引っ張りながら、にやにやしていた。
見ただけでなく、既に覚書を渡されているとはよも知らず・・・




