第4話
ここはマサヒデの尋問室―――
「で、あのシズクという女を連れて来たのは」
「先程も言いましたけど」
かつかつかつ。
がしゃがしゃがしゃ。
「ん?」
大勢の足音が聞こえ、はて? とマサヒデが顔を上げる。
尋問官も何だと顔を上げた時、ばかん! と凄い音を立ててドアが開かれた。
「マサヒデ=トミヤス!」
「・・・」「・・・」
マサヒデも尋問官も、目を丸くして、ひしゃげたドアノブを握る女を見つめる。
「マサヒデ=トミヤスはどっち!」
おずおずとマサヒデが手を挙げると、女が頷き、
「釈放! 出なさい!」
「ま、待て! お前は一体」
尋問官が腰を上げかけたが、ぎらりと女が睨むと、ぴたりと固まった。
「シバン=スティアン! この地を治める伯爵よ! この角と羽が見えないの!? その目はちゃんと働いてるの!? 明日までに反省文を原稿用紙100枚以上でまとめて提出なさい! 提出を認められなかったらクビよ! さあ書きなさい! 0時まで時間がないわ!」
何!? とマサヒデがまた驚く。
この勢いの良い女が、あのシバン=スティアン!?
数少ない龍人族で、冒険者ギルドの創設者!
「ははーっ!」
「マサヒデ=トミヤス!」
「はいっ!」
「出るのよ! 私について来なさい!」
「はいっ!」
がばっと立ち上がり、尋問官に頭を下げ、
「それでは失礼致します!」
ふん! とスティアンが廊下を歩いて行く。マサヒデが慌てて追い掛けようと部屋を出ようとして、ぎょっとした。
ドアノブは握り潰され、指くらいの細さになって、ぶら下がっていた。根本は千切れそうだ。開けられた時の衝撃か、ドアノブ周りは伸びて曲がってしまっている。
(これが龍人族!)
力は鬼族なみか、それ以上ではないのか。加えて、魔術も怖ろしい程の達者で、恐ろしく賢いという・・・
ピーチマンの物語(※勇者祭外典ピーチマン参照)を読んでいたので知ってはいたが、目の当たりにすると恐怖しか感じない。
「・・・」
小走りで駆け寄り、無言でスティアンの後ろを歩く騎士に付いて行く。
口を開く心の余裕はない。
大きな羽はついているが、背はマサヒデよりも低く、体格も細い。
(あの体格で、あの力を)
シズクはがっつりとごついが、スティアンは腕も細く、普通の女と変わらない。
握り潰されたドアノブが、しっかりと目の裏に焼き付いている。
ごくりとマサヒデの喉が鳴った。
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かちゃりとスティアンがドアを開ける。
部屋の中にはテーブルが置かれていて、マサヒデの得物が並べられていたが、マサヒデの目は思わずドアノブの方に行ってしまった。
今度は潰れてはいない・・・
ほっとして、スティアンと部屋に入る。
「トミヤス。荷物をしっかりと確認なさい。自分の領地の恥を晒す事になるけど、入国審査の際に、不当な理由で荷物を没収したり、すり替えたりする者がいるの。見つけ次第、牢にぶち込んでゴキブリと添い寝してもらってるから、大丈夫だと思うけど、念の為にね」
「はい。それでは、失礼致します」
机の前に立ち、まず雲切丸を取り、抜かずに柄を持って軽く振る。
(よし)
拵えをじっくりと眺める。瑕はない。乱暴な扱いはされていないようだ。目釘もいじられてはいない。
刃を上に、ゆっくりと抜く。懐紙を丸め、すー、と引いていく。引っ掛かりはない。丸めた懐紙もすっぱりと斬れている。異常は見当たらないが、興味本位で抜いた者がいるかもしれない。後で手入れはせねば・・・
同じように、無銘、ホルニの脇差、ヒロスケの脇差と、順に見ていく。
どれにも異常は見当たらないが、やはり手入れはしておくべきだ。
棒手裏剣を1本ずつ手に取る。これも特に異常なし。
四分型拳銃。軽く振り、悪い物とすり替えられていないか音を確認。
スライドを引いて動きを確認。
これも良し。
顔を上げ、スティアンの方を向き、
「何も異常はありません」
「カタナを見るのに、えらく時間をかけるのね」
「命を預ける物ですから」
スティアンが拳銃を顎でしゃくって、
「その銃はさっと見ただけじゃない」
「実は使ってません。懐には入れてはいますが」
「ふうん。なんで使わないの?」
「使う機会がなかっただけです。必要な時は使います。別に、刀に執着している訳ではありません」
「そう」
スティアンが軽く頷く。不機嫌な顔はしていない。
「あの、他の皆はどうなっているでしょうか」
「別の部屋で、同じように荷物を見てるわ」
「ありがとうございます」
スティアンは呆れ顔で手を振り、
「あの鬼の子はともかく、トミヤス、レイシクラン、ファッテンベルクを、何もしてないのに拘束なんて出来るわけないじゃない。理由もなく連座で拘束なんて、下手したら国際問題なの。領事館を抑えるのに大変だったんだから」
「いえ。理由とか、どうでも良いんです。助けてくれた事には変わりないですから。ありがとうございました」
マサヒデが深々と頭を下げると、スティアンは皮肉っぽく笑い、
「これを機にあなた達とお近付き、恩を押し付けてやろう、なんて考えてるかもしれないわよ」
「構いません。恩は出来ましたし、私、スティアン伯爵の事は知っていました。一度お会いしたいと」
さらっとスティアンが綺麗な髪を払い、鼻を高くして、
「ああら! んふーん! 私ったら有名だものねー!」
「はい。私は、ピーチマンの初版本を、偶然見つけまして」
ぴく、と伯爵が固まった。
「・・・読んだの?」
「はい。楽しくて、一気に読んでしまいました」
「そ、そう・・・そうなの・・・」
す、す、とスティアンの目が泳ぐ。
「他に、誰か、読んだの?」
「私の組の者は全員読んでます」
「・・・レイシクランの子も? ファッテンベルクの子も?」
「はい。皆、驚いていました。マツさんも読んで仰天してましたよ」
「え・・・ま、マツ? あなたの奥さんの?」
「はい」
「魔王様の王女の? 娘さんの? マツ様?」
「はい」
「そ、そう・・・驚いたのね・・・」
様子がおかしい。先程までの勢いは何処へ行ったのか?
「あの、スティアン伯爵? 何か?」
「べ、別にー! ん、んん! おほーん! で、ではー、レイシクランの子、見てくるからー! 外に出なさい! あなた達の馬車が待ってるわ! ホテルは手配しておいたわ! 今回の失礼の詫びとして、一番高い所にねじ込んだから!」
「ええ!? 一番高い所!? 今夜の宿なら、乗ってきた船でも良かったんですが」
「い、いーいのよー! おほほほ! それじゃー!」
固い笑みを残し、スティアンは早足で部屋を出て行ってしまった。
(まずい事を言ってしまったのか? 怒っている風でもなかったが)
首を傾げながら、雲切丸とホルニの脇差を差し、棒手裏剣を手裏剣入れに入れて、手首に巻く。拳銃を懐に入れ、無銘とヒロスケの脇差を持って、マサヒデも部屋を出ると、港の職員であろう者が頭を下げていた。
「トミヤス様、今回は大変失礼を致しました。出口までご案内を致します」
「いや、これはご丁寧に。ではお願いします」
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港を出る頃には夜も更けており、陽も沈んでいたが、この都、ロストエンジェルは明るかった。
(これは常夜燈?)
明るく光る、背の高い柱が、道に沿ってずらりと並んでいる。見回せばすぐに馬車が見つかり、皆がマサヒデに手を振っている。
「お待たせしました」
幼馴染のトモヤは御者台の上から呆れ顔で、
「おうおう、お主が一番最初に出されたそうではないか。一番遅いとはのう」
「いや、済まん。刀をしっかり見ておったからな。何をされたか分からんし、しっかり手入れせねば。皆さんも、お待たせして申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げると、かつかつとブーツを鳴らしてクレールが寄って来て、目を輝かせてマサヒデを見上げ、
「スティアン伯爵にはお会いに?」
「ええ。勢いのある方でしたね」
「わあ! 私もさっき! つい先程まで、ここにおられたんですよ!」
マサヒデがにっこり笑い、クレールに顔を近付ける。顔を引き締め、
「クレールさん」
「え? あの、何か・・・」
「あなたが持ってる魔剣は」
「あ、大丈夫です! うちの者(忍)にちゃんと預けておきました! にひひ。こっそりと」
ほ、とマサヒデが息をつく。
今まで世に出ていなかった、非常に危険な魔剣なのだ。
幸い、これまで人前で使う機会はなかったが・・・
「ほら、この通り」
くるりとクレールが背中を向け、腰の裏の魔剣の柄に手を乗せると、もやもやと黒い霧が鞘から滲み出てくる。一見安いナイフだが、この拵えも見せかけだけで、恐ろしく高い材を使って出来ている。
「良かった。では、もう夜も遅い。スティアン伯爵が用意してくれた宿に行きましょうか。今日はもう寝ましょう」
「あの、ご飯だけは」
「好きにして下さい」
マサヒデは苦笑して、愛馬の黒嵐に歩いて行った。




