第28話
「おうい、皆の衆! どうやらワシは無事なようじゃ!」
トモヤが手を上げて声を上げると、カオルがさーっと駆けて来た。
「まこと、ご無事で」
「ううむ、自分ではそう思うがの。カオル殿、これを見て下されや」
トモヤが手の丸い金属を差し出すと、カオルが目を近付け、そっと触る。しばらく撫でた後、ぐっと爪を立てる。
「何やら彫りがありますね・・・彫が随分と深いです。この感じ、かなり古い金属ですね。柔らかい」
「ふむ? 何でござろうな?」
「焚火へ戻りましょう。明かりのある所で見れば分かります」
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焚火の周りの壁を取り払い、水で消してしまった焚火を作り直して、トモヤが持って来た丸い金属を皆で覗き込む。
「なんじゃと思う?」
マサヒデが顎に手を当て、
「古い貨幣ではないか? この辺りは、大昔は大都市であったと、カオルさんが話してくれたろう」
クレールが顔を離して身を起こし、腕を組んで、難しい顔で首をひねる。
「・・・に、しては・・・大きいですよ。随分と古い物ですね。ですけど、彫は丁寧です。おそらく、当時の貴族の装飾品の類ではないかと」
「失礼」
カオルが取り上げて、裏を返してみる。
「何か彫ってありますね。恐らく文字ですが、私達の使う文字とは違います。珍しいですね・・・」
クレールが難しい顔のまま、頬に手を当てる。
「ううん・・・言葉と文字は、神様達が取り決めで同じにしたはずですけど」
「・・・と、いう事は・・・」
クレールが頷く。
カオルも頷いて、
「暗号。もしくは・・・」
「はい。悪魔と呼ばれていた者達が使っていた文字・・・です。文字ならば、ですけど・・・」
「ふうむ・・・悪魔の文字、のう。これは右から読むのかの。左からかの。それとも上から? 下から?」
クレールが首を振る。
「分かりませんね・・・魔王様なら分かるかも」
「フォンが読めるかな? あやつは勉強嫌いであったが」
は! として皆が声の方を向くと、10尺(3m)も超えようかという大きな獣人が椅子に座って、肘掛けに立てた手に顎を乗せ、にやにや笑っている。慌ててマサヒデ達が立ち上がり、刀、剣を抜く。
「ふっふっふ・・・」
大きな獣人がにやにや笑う。
外で焚火を囲んでいたはずだが、いつの間にか焚火ごと石造りの部屋の中。
立ち上がった瞬間に分かったが、地面も土ではない。
冷や汗を垂らしながら、男を目に捉えておきつつ、部屋を見渡す。
広い。
後ろにも横にも、壁の感じがしない。
近くにあれば、何となく空気の流れで壁の位置は大まかに感じるものだが、それが全く無い。魔術で光が見えないのではない。ここはとてつもなく広いのだ。火の届く限り見えるのは、男の後ろの派手な壁とレリーフだけ。
マサヒデの隣で、カオルがごくりと喉を鳴らし、
「もしや・・・テヅカ様? では・・・」
にやにや笑っていた獣人が驚き、もたれていた顔を上げ、
「ここは人の国であろうに、まだ我の名を覚えておる者がおるのか? 万年は軽く超えていると思うが・・・」
「えーっ!?」
クレールが驚いて声を上げる。
マサヒデ達も驚き、目を文字通りまんまるにして、驚いて獣人を見つめる。
カオルは刀を納め、頭を下げて、
「彫カトウ=テヅカの名は、この地に古より住む者達に、長く残っております」
「ほりかとう? なんだ、それは? 変なあだ名を付けられたものだな・・・」
「お許しを下さいますれば、テヅカ様とお呼び致したく」
「まあ・・・まあ、ほりかとう、よりは良かろう・・・久方ぶりの客だ」
ふん、とテヅカが鼻を鳴らし、苦笑いしながら、また顔をもたれかかせる。
「トモヤ。お前の名はトモヤであるな。間違いないか?」
ぎく! とトモヤが身を固まらせる。今まで聞いていたのは、神の声であったのだ。
目に見えて、トモヤの顔が青くなっていく。
「へいっ!」
がば! とトモヤが90度に頭を下げると、テヅカがげらげら笑い出す。
「はーっはっは! 先程の勢いは何処へ行った! 面を上げよ!」
「へいっ!」
「ふっふっふ・・・人の国はどれだけ進歩したか、聞いてみたいな。ところで、そこのお前」
テヅカが大きな指をマサヒデに向ける。
「我をテヅカと知って、まだ刃を握るのか」
瞬間、重く冷たい空気が広がった。
風のようなものが吹いたわけではないが、恐怖と威圧感がテヅカから吹き出てきた。
ぎくりとしてマサヒデ達が固まってしまうと、テヅカはふわりと、柔らかく笑う。
「ふふ。腕比べは嫌いではない。望むのであれば立ち会っても良いぞ」
テヅカの優しい笑みに反して、まるで氷に包まれたような感じ。
ぷ、ぷ、ぷ、とマサヒデの額から汗が出てくる。
「いえっ・・・驚きの、あまり・・・」
震える手で何とか刀を納める。鯉口で、かちっと切先が当たった。普段ならありえない事だ。何とか鞘に雲切丸を納め、震える手で懐紙を出して、ごしごしと額を擦って懐にねじ込み、頭を下げる。
「失礼を、お許し下さい」
この一言を口にしただけで、体力を使い果たしてしまいそうだ。
かちかちと歯が鳴っているが、止められない。
「つまらん・・・まあ良い」
空気は軽くなったが、マサヒデはがちがちに固まったままで、皆も顔を青くしてマサヒデを見つめている。
「レイシクランの女」
「ははーっ!」
がば! とクレールが頭を下げる。
「名乗りを許す」
「クレールと申します!」
「ふうむ・・・見た目は確かにレイシクランだが・・・」
「・・・」
「レイシクランも、随分と弱くなったな。平和な代を重ねれば、こうも脆弱になるものか」
クレールの鼻の先から、ぽたり、ぽたり、と汗が落ち、つるりと磨かれている床に水滴が出来る。
「我の知っているレイシクランは、フォンも及ばぬ程の魔力を持っておったが」
フォンとは、魔王の昔の名である。
魔王は名が無かったため、神によって『フォン』と名付けられたのだ。
その『フォン』は、魔の国の建国時代から続く古い家の姓に継がれている。
クレール=フォン=レイシクラン。
レイシクラン本家の『フォン』も、そのフォンである。
初代レイシクランは、魔王が無頼の輩であった頃からの仲間だったのだ。
「しかし、先程の変わった戦士達は面白い。レイシクランはいつも面白い事を考え付く。我は力や魔力よりも、レイシクランのそういう所を買っている」
「お褒めのお言葉! ありがとうございますーっ!」
「ふふふ。そこの女」
テヅカの目がカオルに移る。
「はーっ!」
「お前は人族だな。レイシクランの元で修行したか」
「いえ!」
テヅカの目に少し訝しげな色が宿った。
左右にゆっくりと首を傾けながら、じろじろとカオルを見る。
「・・・そうか? 良く似た動きをしていたが、偶然か?」
「わ、私の技術は、何百年も前、日輪国なる国にて、作られたもので、私の知る限り、500年程前かと」
「フーン。500年。それにしては練られておるな。人族は恐ろしく伸びが早い」
「恐れ入ります!」
「面白い。そっくり似たような技術が、別の国で生まれているとはな・・・ところで、お前はあの男と同じ国の出か」
テヅカがマサヒデを指差す。
「は!」
「やはりそうか。似た剣を持っておるな。見た事のない剣だ。見たい。見せてもらえるか」
「は!」
カオルが腰から刀を鞘ごと抜き、テヅカに差し出す。
差し出している両手が震えている。
「はっはっは! 武器を取られるからと、そう恐れる事はなかろうに! 見せてもらうだけだ」
は! とカオルが気付くと、いつの間にか手から重さが消えている。ぎりぎり見える所まで顔を上に傾けると、テヅカが鞘からカオルの刀を抜いている。
(いつの間に!?)
身体が大きいので、2尺2寸あるモトカネが、まるで脇差のように見える。
テヅカは興味深そうにカオルのモトカネを眺め、すー! と刃の上で指を滑らせる。
「ほおう! これは鋭く出来ているな!」
「・・・」
刃の上で指を押し付けている。
刀に押され、指が凹んでいるのが見える。
だが、テヅカの指からは、血は流れていない。
それどころか、皮一枚斬れた様子もなく、そのまま滑らせている。
「なるほど。片刃であるのは、この反りを作る為か・・・絶妙であるな・・・しかし、この紋様は何だ・・・? まじないか? 女。これは誰が作った」
「モトカネなる、鍛冶師でございます」
「ほう。モトカネ・・・な。変わった名だ。あの男の物もか」
テヅカがマサヒデの腰の刀を指差す。
「あれは別の者で・・・コウアンなる鍛冶師です」
「コウアン・・・やはり変わった名だ」
カオルが声を上げそうになった。頭を下げて床を見ていたのだが、足元にモトカネが置いてある! 全く動いた気配は無かったのに、いつの間に!? 抑えが効かず、わなわなとカオルが震えだす。
「女。名乗りを許す」
「げ、げげ、現在は、カオル、サダマキ、です」
「現在は?」
「元々、名は、名が、ございませんので」
「そうか。そこの男。お前の名は」
「マサヒデ=トミヤス、と、申します」
「マサヒデ。お前の剣も見たい」
「は、は・・・」
マサヒデが雲切丸を差し出すと、やはりふっと消えてしまった。
ぎくりとマサヒデの手の震えが止まり、心の臓が止まりそうになる。
「ほおう・・・こちらは良く反っておるな・・・」
同じように、テヅカが指を滑らせる。
「面白い」
やはり、血も出ていないし、皮一枚斬れた様子もないが、テヅカがにやりと笑った。
笑顔で頬杖をついたテヅカの手には、もう雲切丸はなく、マサヒデの足元に置いてあった。




