第21話
カジノでは、クレールとディーラーが良い勝負をしていた。
どちらも勝ったり、負けたりだが、微妙なラインでディーラーが勝ちを拾う。
クレールの勝ち分が、少しづつ、少しづつ減り、もうすぐ勝ち分が無くなる。
「レイシクラン様は・・・」
2枚のカードを覗き込みながら、ディーラーがぽつりと呟き、皆がディーラーの方を向いた。
「豪運を持っていらっしゃる」
「そうかしらー!」
ぎ! とクレールがディーラーを睨む。
「だが」
ぱたんとディーラーがカードを伏せ、腕を組む。
「どんな豪運も、浮き沈みがある。レイシクラン様はそれを感じられない」
すっとディーラーが手を払うように振ると、コミュニティカードが3枚開く。
4、Q、J。
「フォールド」
ぴーん、とディーラーがコインを指で弾き、クレールの前に滑らせる。
ディーラーがぱらりと手札をめくると、Aのペアが出来ている。
「カードを開かなくても宜しいのかしら」
「結構です。負けそうな感じがする」
クレールが残りのコミュニティカードをめくると、2、Q。
クレールの手札には2のペア。スリーカード・・・
「危ない危ない・・・Aのペアに思わず釣られそうになった。ここで勝負に行っていたら負けていた」
「・・・」
「私自身は大してツキがない。むしろ、世の皆様より低い。だが、運の浮き沈みを感じる事がある。だから、賭け事の世界で食ってこられた」
後ろでカオルがにやにや笑っている。
運ではない。この男は力で勝ってきたのだ。
「・・・」
「稼げもしないが、負けもない。この勝ち分もホテルの物となり、私には正規の給金がもらえるだけ。仮にここでレイシクラン様の持ち金の全てを奪っても、ボーナスは出ません。やれやれ、と言った所です。さて、次の親番は私ですか・・・」
ぴぴぴぴ! とカードが配られる。
8。9。共にダイヤ。
「ううん・・・」
クレールは無言でコミュニティカードを3枚めくる。7、10、J。
ストレート・・・
「顔には出ないが、その瞳の輝きは嘘をつけない。とても感情豊かなお方。豪運が強すぎ、自分の運の輝きの強弱が分からない。どうやら良いカードが来られたかな?」
「・・・」
ディーラーがクレールの顔をじっと覗き、薄く笑う。
「フォールド」
「きいーっ!」
ばん! とクレールが手札を叩きつけると、おお! と客達が2人に声を上げた。
「ふふ」
ディーラーが立ち上がり、勝った分を全てクレールに差し戻し、引き出しから『閉』と書かれた札を出して置く。
「レイシクラン様。今宵はここまでになされては? そろそろ運が沈みそうな気配を感じます」
そう言って、ディーラーがカードを5枚クレールの方に並べ、自分の前にも5枚並べ、ぱらら、ぱらら、と開く。
「うっ」
クレールはハイカード(役なし)。ディーラーはフラッシュ。
おお! とまた声が上がる。
「やはり、今宵はもう危ない。お部屋に戻られた方が宜しい」
クレールがぴくぴくとこめかみに青筋を浮かせ、
「う、ううーっ、う・・・占いも! なさるのですね!」
ふ、とディーラーが鼻で笑い、肩をすくめ、
「私もこのカードで今日の運を使い切ってしまいました。もう勝負は致しません。カード配りに徹するとしましょうか」
「勝ち逃げは許しません!」
ディーラーがクレールに差し出した金貨を指差し、
「ふっふっふ。この勝負、レイシクラン様の勝ち。いやはや豪運。参りました。私の負けでございます」
にやりとディーラーが笑い、テーブルを去っていく。
カオルが苦笑いして、震えるクレールの肩に手を置く。
「クレール様。ここまでに致しましょう。勝負の内容はどうあれ、金が増えた事には変わりありません。引き時を見極めるのも、重要ではございませんか」
「く・・・く・・・く・・・」
ばあん! とテーブルを叩き付け、クレールが立ち上がり、
「負けに等しい勝ちではありませんか!」
シズクが空になった酒瓶を使用人に押し付けて、大きな口を開けながら欠伸をし、ぐっと伸びをして、
「ふわ~あ。勝った事にゃ変わりないじゃーん。旅費も増えたしー。もうレストラン行こうよー。内容より結果だよ、結果。なー、カオル」
「その通りです。参りましょう」
「むににに・・・戻りますっ!」
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レストランでは・・・
がちゃん、とフォークが投げ出された。
イザベルが怒りに顔を歪め、皿を指差し、
「マサヒデ様! これは食えた物ではありませぬ!」
「ええ?」
イザベルが注文したのは、スパゲティ。
麺に赤いタレのような物が絡めてある。辛いのだろうか? イザベルは鼻が敏感だ。
大食漢のイザベルがフォークを投げ出すなど、見た事もない。
「辛いんですか?」
「辛くはございませんが、酷い味です。まだ豚の餌の方がましです」
「そんなに?」
「米衆の者が、このような物を食べておるとは知りませんでした。粗食には慣れておりますが、これは酷いです。パスタへの冒涜に等しい」
「ちょっと、良いですかね」
アルマダがフォークを取り、くるくると丸めて・・・
「む・・・これは茹ですぎでは・・・」
フォークに絡めた時点で分かる。これはパスタではない。
眉をひそめながら口に運ぶと、めちゃめちゃして腰のない麺。
一瞬うどんのような、と思ったが、全く腰がなく、何とも言えない未知の麺。
ソースも酷い。ケチャップに適当に胡椒を混ぜた程度の味。
上に掛けてある粉チーズが、その味を悪い方に、悪い方にと引き立てる。
このソースも絶妙な加減で、麺と共にめちゃりと口の中に絡みつき、飲み込めない。
「んん」
水を取って口に流し込むが、それでも口に張り付き、中々入っていかない。
うむうむと口を動かし、何とか飲み込む。胸をどんどん叩き、けほ、とひとつ咳をして、はあ、と息をつき、
「ああっ・・・これは駄目です。飲み込もうとしても飲み込めない。魔術でも掛けてあるのか?」
アルマダも皿にフォークを投げ出し、スパゲティを指差して、
「マサヒデさんも食べてご覧なさい。これは野の獣も食わないと思います。魔獣だって食べませんよ」
「そんなに酷いんですか?」
「酷いですよ。ねえ、イザベル様」
イザベルが不機嫌な顔で頷く。
「あまり酷いって言われると、逆に興味が湧きますよ。ちょっとだけ」
指で麺を1本摘んで、口の中に入れてみる。
もちゃもちゃ・・・
「ん、ん・・・はいごろ・・・」
何とか飲み込む。喉の奥を張り付きながら、ねとりねとりと喉を下っていく感じがする・・・
「うぬ、最後の一口というか、飲み込むのがつらいですね・・・麺1本でこれか」
「でしょう!? 食べられた物じゃありませんよ!」
ぱん! ぱん! とアルマダが手を叩くと、給仕が歩いて来る。アルマダははっきりと不機嫌を顔に表して、スパゲティを指差し、
「この皿は下げて下さい。私達には食べられません」
「何かございましたか」
む、とアルマダが横を向き、不機嫌な顔を直して、
「・・・いや、日輪国の出の私達には、ちょっと慣れない味というか、食感が、どうしても。不味いというわけではないのですが、どうにも上手く飲み込めないのです」
「はあ・・・左様で?」
「味はおかしくないのですが、申し訳ありません。どうにも喉がおかしくなりますので、水を頂けますか」
「承知致しました」
給仕が首を傾げながら下がって行く。やはり彼らには普通なのか・・・
トモヤが頬杖をつき、下がって行く給仕を見送りながら、
「あんな食い物が広まっておるのか」
アルマダが苦い顔で首を振り、
「外で食べる時は、ハンバーガーかホットドッグにしましょう。もう何も信じられない」
渋い顔のイザベルとアルマダを見て、ふ、とマサヒデが笑い、
「たった一品、口に合わなかっただけではありませんか。他にも試してみましょうよ。美味しい物はありますって」
そうは言ったが、自分も苦い顔をしているだろう、と感じた。
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それからすぐ、クレール達3人がレストランに入って来た。
後ろにはカオルとシズク。
袋を3つ台車に乗せた使用人。袋が増えている。
「あ。クレールさん、勝ったみたいですね」
「ほう?」
「やるの」
アルマダとトモヤが入口の方に顔を上げ、こちらに歩いて来るクレール達を見る。
「やけに不機嫌な顔ですね」
「勝てんでイカサマでもしたのかの?」
マサヒデの隣のアルマダが席を立ち、隣のテーブルに移ると、騎士達も合わせて席を立って、椅子を空けると、ふんふんと鼻を鳴らしながら、クレールがマサヒデの隣に座り、むっ! とマサヒデを見る。
「勝ちましたよ!」
「の、割には、やけに不機嫌ですね」
「ふふ」
くすくす笑いながら、カオルとシズクも席につく。
ぱあん! ぱあん! とクレールが手を叩くと、給仕が歩いて来る。
「一番高いワインを!」
「レイシクラン93年になりますが」
ぶん! とクレールが給仕に顔を向け、
「私を見て分かりませんの!? フォン=レイシクラン家の者です!」
う!? と給仕が固まる。
「お持ちなさい! それと、一番高い肉をミディアムで!」
「ははっ!」
慌てて給仕が下がって行く。
(やれやれ)
良い勝ち方は出来なかったようだ。
今夜のクレールは、馬鹿みたいに食べるはず。
なくなる金貨は、100枚か200枚か・・・




