第132話
海軍特殊部隊アザラシ隊の潜入がバレた上、全員無傷で捕らえられていた。
この事実を知らされたベミッツ中将は、重い顔でテーブルに座っていた。
次々と運ばれてくる料理の味も、まともに分からないようだ。
「これは中々」
などと皆が舌鼓を打つ中、ベミッツ中将は気不味い顔で口を動かしていた。
尚、一番憐れなのは給仕役の海軍兵である。
上司の大失態をもろに聞かされた上、フォローも出来ずに淡々と食事を運び、酒を注ぐのだ。がっくりと抜け殻のようになった中将の姿を見ながら、それに対して鼻で笑う者達に、食事と酒を並べていかねばならないのだ・・・
----------
その頃、マサヒデ達は―――
「はい次!」
「宜しくお願い致します!」
ぱつーん!
シズクの張り手。
ぼーん、と兵士が吹っ飛んで、マットに転がる。
マットに転がった兵を、サクマ達が急いでどけ、ラディが治癒魔術。
「はい次!」
「宜しくお願い致します!」
ぱつーん!
また兵士が転がり、ラディが治癒魔術。
軽く手を振っている程度である。
鬼族のシズクが本気で振ったら、首から上が西瓜のように弾け飛んでもおかしくないのだ。
そして、シズクの前には、一列にずらりと並んだ陸海の兵達。
皆、精魂注入の張り手を喰らいにきたのだ。
お陰で、今日はマサヒデも囲まれないで済んでいる。
忙しく次々と治癒を行うラディと、吹っ飛んで転がる兵を運ぶ騎士達は、完全にとばっちりである。
その姿を見ながら、マサヒデとトモヤはテーブルに並べられた料理を皿に盛っては口に運ぶ。
「忙しそうじゃのう」
「うむ。全くだ」
もぐもぐ・・・
「おっ! マサヒデ、この海老は良いぞ!」
「海老か! 流石は港町、海の幸が楽しめるな」
「うむうむ・・・これはなんちゅう魚じゃろうか」
「ううむ、知らぬ。海の魚はあまり好きではないな」
「じゃが美味いぞ。一切れ試してみい」
「どれ・・・む! 中々やるな・・・だが、やはり俺は魚は川魚が良いな」
マサヒデとトモヤはのんびりしたものであった。
ぱつーん! 張り手の音。
「おおう、また飛んだぞ。そのうち死人が出ぬか」
「大丈夫、大丈夫。シズクさんだぞ。そのくらいの手加減は出来る。よし、トモヤ、次は貝に行かぬか」
「おう! 帆立が呼んでおるわ!」
----------
そして、本祭が終わって、客船シルバー・プリンセス号の部屋に・・・
「マサヒデ様!」
幸せそうな顔のクレールと、これまた満腹で幸せそうなマサヒデが、部屋着に着替えてベッドに寝転ぶ。
「なんです」
「んふふーん! 助かりましたよ! あのお間抜け特殊部隊さん!」
「ははは! あの人達の出番があったって事は、何か言われたんですか」
「そうなんですよー。日輪国に、米衆の海軍の基地を作りたいので、ハワード家の領地の一部を貸してくれー、なんて!」
「ほう? 別に貸すくらい良いと思いますけどね。と言っても、アルマダさんにはどうしようもないでしょうけど」
がば! とクレールが飛び起きて、
「駄目ですよ!」
「何故です」
「他国の基地を作るなんて!」
勢い良く起き上がったクレールを見て、マサヒデは首を傾げる。
「・・・んー・・・何故です。日輪国は、米衆連合国と同盟してるんでしょう」
「そうですとも!」
「で、今は白露帝国は虎視眈々と日輪国を狙っている」
「そ、そうですけど」
「アルマダさんから聞きましたよ。白露帝国が本気で海軍を揃えてきたら、数で押されてしまうんでしょう」
「そうですけど・・・」
「いざ開戦となったら、米衆連合国からの援軍なんて、間に合わないんでしょう」
クレールがぶんぶん拳を振り、
「そういう弱味につけこんできてるんです!」
「別に良いんじゃないですか? 基地作るのだって、軍艦とか用意するのだって、日輪国やハワード家がお金を払うわけじゃあるまいし。少しくらい、空き地はあるでしょう。願ったり叶ったりの申し出では? 私は甘えちゃっても問題ないかと思いますけどね」
んん? とクレールが首を傾げる。
「あ・・・あれえ? 良い話だったんでしょうか?」
「私にはそう聞こえますけど・・・まあ、そういう打診があったんなら、そのうち陛下やアルマダさんのお父上にも話は行きますよ。こっちは弱みを握っちゃったんですから、へいこら頭を下げて来るんじゃないですか」
「う、ううん?」
「今回の話、陛下へのお手紙にこっそり書いておきましょう。先に届くか分かりませんけど。で、明日、出る前に手紙を届けてもらいましょう。どっちにしろ、私達の意見なんか、意味ないですよ。話があった時、判断するのは陛下なんですから」
「まあ、確かにそれはそうですけど・・・」
ふふ、とマサヒデが笑って、
「私達にはどうしようもないんです。そんなに鼻息を荒くする事はありませんよ」
かあ! とクレールが顔を赤くした。
「鼻息を荒くなんてしてませーん!」
「ははは! さ、風呂に入って寝ましょうよ。明日、ここのギルドに手紙を預けたら出立です。クレールさん、先どうぞ。私、今の話、書いておきますから」
「はあい・・・」
クレールが首を傾げながら、着替えを引っ張り出してシャワールームに歩いて行く。
(あれえ? 良い話だったのかなあ?)
----------
そして翌朝。
マサヒデはここまでの出来事を書いた手紙の束を忍に渡して、冒険者ギルドに配達を頼んだ。勿論、中には今回の顛末をこっそり忍ばせてある。
忍が戻って来るのはすぐだろうから、昼には出港だ。
「クレールさん、あれ」
「はい?」
マサヒデが窓の外を指差すと、ベミッツ中将が乗ってきた戦艦インドナが出港して行く。
「あらら・・・何の挨拶もなくですか・・・余程に堪えたんですね」
クレールが小さく舌打ち。
「ちっ。無礼なハゲジジイ」
「クレールさん。聞こえてますよ」
ぎくりとクレールが肩を竦め、マサヒデに固い笑顔を向ける。
「は!? なん、ななん、何がですか!?」
「ははは! クレールさん、たまにそういう怖い所を見せますよね。中将をそうやって脅したんですか」
付き従って、小さな軍艦も一緒に出て行く。
「そんな事は致しません!」
「ううむ、後でアルマダさんに確かめてみましょう」
言いながら、窓に額をくっつけて、左右を見る。
港には、まだ小さい軍艦が何隻か残っている。あれが護衛艦だろうか。
「何か気になるんですか?」
「あれあれ。護衛の船を見てただけです」
「あー」
「いや、あの戦艦、インドナがすごく大きかったから、小さく思えましたけど、十分でかいですよね」
「それはそうでしょうとも。うふふ」
「外から見てみましょうか」
----------
港は祭の後。
タラップを下りて、マサヒデは呆然としてしまった。
流石に軍主催の祭とあって、撤収作業も既に済ませており、昨晩までの人混みが嘘のようで、広い港はがらんとしている。荷を運んでいる馬車、作業員、警備の兵だけだ。
「はあ・・・」
「マサヒデ様?」
「あ、いや。昨夜はあんなに人が居たのに、全然居なくなって、普通の港ですね」
くす、とクレールが小さく笑った。
「もうお祭りは終わりましたから!」
「まあ、そうなんですが・・・」
停泊中の軍艦の方を見る。5隻もある。
あれが全部という事はないだろうが、軍艦の護衛は頼もしい。
「クレールさん、出発前に挨拶してきましょう。これから護衛してくれるんです」
「そうですね! 行きましょう!」
2人ですたすたと歩いて行き、忙しく荷を積んでいる軍艦の所まで歩いて行く。
軍艦の前には兵が2人立っていて、マサヒデ達を見て笑顔で敬礼をした。
「おはようございます。ちょっとお尋ねしても」
「はい」
「こちらが、私達の船の護衛の船でしょうか?」
「はい。お供させて頂きます」
「船長さんに、ご挨拶したいのですが・・・」
はは、とマサヒデが笑って、恥ずかしそうに顎を撫でる。
「いや、まあ、入れませんよね。すみません」
「や、申し訳ありません。許可がございませんと、流石に立ち入りは。しかし、トミヤス様、レイシクラン様、御自ら、わざわざご挨拶に参られましたので」
「当然です。私達の為に、船を動かしてくれるのですから。まあ、出港前でお忙しいでしょうし、トミヤスとレイシクランも、勿論、他の者も全員、心から感謝をしております、と、適当な所で、船長さんと船の皆さんに宜しくお伝え下さい」
「は!」
「それでは、失礼致します」
マサヒデとクレールがぺこっと頭を下げると、兵がぴしりと敬礼した。
「お運びありがとうございました!」
「いえ、当然の事です。さ、クレールさん。戻りましょう」
「はい!」
マサヒデとクレールは船に戻って行った。
----------
そして昼を過ぎ、出港直前。
マサヒデ達全員が米衆連合国を最後にと甲板に出て来た時、港にはまた人が集まっていた。昨夜の人混みという程ではないが、町人や軍人が集まって、顔を出したマサヒデ達に手を振り、声を上げた。
「勇者ー!」
「トミヤスー!」
「ハワードー!」
「闘将ー!」
色々な呼び声が混じり、手を振っている。
ぼー、ぼー、と汽笛の音。もう出港だ。
もっと早く出ておけば、と思ったが、文字通りの後の祭り。
「頑張ってきまーす!」
マサヒデが声を上げて、両手を振ると、おおー! と声が上がった。
同時に、ゆっくりと船が動き出した。
「あ、あ! ちょっとお!」
シズクも慌てて腕を上げ、
「伝説、作ってくるぞおー!」
「「「うおおー!」」」
マサヒデの時よりも凄い声が返ってくる。
「ふふふ」
アルマダが面白そうに笑って、他の皆もくすくす笑う。
ゆっくりと港が遠ざかって行く・・・
「ああー・・・」
「ね、マサヒデ様」
「んん?」
マサヒデが港の方を見ながら、クレールに返事をする。
「何だかんだ言って、楽しかったですよね!」
「いいえ! 辛かったですよ。主に訓練とか」
「ははは!」
アルマダが声を上げて笑い、ばん! とマサヒデの背を叩いた。
「魔の国はもっと辛くなりますよ!」
「魔の国! 魔の国かあ! そうだ、次は魔の国か! 楽しみですね!」
港から、水平線の向こうに目を向ける。
この広い海を渡った向こうが、魔の国なのだ。
魔王の収める、世界一の大国、魔の国! 強豪揃いの国!
魔王様の所まで、生きて辿り着く事が出来るのだろうか・・・
などと、普通は不安に思う所なのだろうが、それが楽しみで仕方ない。
「楽しみですよ。何だろう、全然、不安な気がしないですね」
「おかしいですよね。私もなんですよ」
アルマダが笑いながら、マサヒデの肩に手を置く。
トモヤが呆れ顔で、
「マサヒデもアルマダ殿も、ちとおかしいぞ。ワシは不安で一杯じゃ。魔の国の出の方々ならまだしものう。カオル殿、どうじゃ」
「私? は・・・どうでしょう? 別に不安は」
「ラディ殿もか!?」
「不安で一杯ですが、魔の国と言えば有名な鍛冶族が」
「駄目じゃこいつら! サクマ殿!」
騎士達4人は、肩を抱いて涙を流している。
「・・・どうなされた?」
くくっ! とサクマが感涙の涙を流しながら顔を上げ、
「トモヤ殿! 私共の長年の夢が! 勇者祭を諦めずに良かった! ついに、ついに魔の国へ参れるのです! しかしまだ道半ばも良い所! これからが本番でございますぞ!」
「ああもう! 駄目じゃ駄目じゃ! まともなのはワシだけか!?」
ははは! とマサヒデ達の笑い声が上がった。
これから危険一杯の国に向かうというのに、皆が胸を踊らせているのだ。
=================
勇者祭4 米衆連合国編・完
=================




