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第22話 王が迎えにくる

「ここは茶芸館で、いってみれば薬房のような場所よ。いろいろな症状を抱えたひとが、それに応 じた効能の茶を求めて買いにくる。それに、いろいろと複雑な悩みを抱えたひともいてね・・・趣味 程度の占いだけど、役に立つこともあるのよ。・・・あなたも悩みが?」

 酒が、回る。

  「離婚したいんだ」

「・・・まあ?」

  「わたしは、<形だけの妻>で、夫には、本命の女がいるって構図だな。・・・叶わなかったはじめて の恋って、引きずるよな」

  「初恋なんて、だいたいは叶わないものよ」

  「……」

「でも」

 一拍。

  「叶わなかった恋ほど、人を縛るわね・・・清らかで、純粋で、一途な初恋だったなら、なおさら」

 ラゴウは杯を傾ける。

  「……そうだよな」

 口の端がわずかに歪む。

  どこか、面白くない。

 どうせ俺は、あの男とは違う。

 清らかでも純粋でも一途でもなく、めいいっぱい世間の塵芥にまみれて生きてきた。

 静蘭が、ふとこちらを見る。

  「ご夫君は、あなたとは、どうなの?」

  ラゴウは鼻で笑う。

  「……清らかさのかけらもないな。政略のための、からだだけの関係だ」

 酒を一口飲む。

  指で杯を回す。

  「政治は絡むわ」

  「気を遣って触らなきゃならないわ」

  「身投げはするわ」

 ――目が覚めたと思ったら、中身は俺で。

 少し笑う。

  ・・・近衛隊に入るなんて爆弾発言までしてる。

  肩をすくめる。

  「きっと手に負えない変わった女だって思われてる」

 静蘭はしばらく黙っていた。

  それから、くすっと笑う。

  「ねえ、あなたのご夫君て」

「長身で、銀髪で、魅力的な青灰色の目をしたひと?」

 ラゴウが目を見張る。

「当たった?」

  「どうして・・・」

  「ここにはいろいろな情報が集まるの」

  「王妃の噂は耳に入ってる。最近、あの、自制心の強い王を、さんざん振り回しているらしいって いう――草原の王女」


  ◇ ◇ ◇


 茶芸館の奥。

  灯籠の光が、低く揺れている。

  外の祭りの音は、もう遠い。

  静蘭は湯を注ぎながら、ちらりと入口を見た。

 廊下。

 誰かが歩いてくる。

 足音は静かだ。

 だが、迷いがない。

 まっすぐ。 奥の私室へ。

  静蘭の口元がわずかに上がる。

  「……あら」

 ラゴウは気づかない。

 杯を持ち上げる。

 琥珀色の酒。

  四つ目。

  喉が少し熱い。

 それでも、もう一口。

 その瞬間。

 扉が開いた。

 音は小さい。

 だが。 空気が変わる。

  ラゴウの手が止まる。

 振り向く。

 王だった。

  アレクシスは何も言わない。

 ただ、部屋に入ってくる。

 この店を初めて訪れた人間とは思えない歩き方。

 迷わない。

 真っすぐ。

 ラゴウの前まで来る。

  ラゴウが言う。

  「……なんでここが分かった」

 王は少しだけ間を置いた。

 それから言う。

  「探しました」

 ラゴウが眉をひそめる。

 王はそれ以上説明しない。

 ただ、部屋を見渡した。

 低い灯籠。 茶器。 炭火の香り。 懐かしい場所を見るような目。

  静蘭がくすりと笑う。

「お久しぶりですね、陛下」

 王はわずかに顎を引く。

  「静蘭」 名前を呼ぶだけ。

 それ以上の挨拶はない。

  だが、その短いやり取りは、初対面のものではない。

「知り合いかよ」

 静蘭が湯を注ぐ。 手慣れた動きだ。

「・・・お迎えに?」

  王は答えない。

 代わりに、ラゴウの手元を見る。

  杯。 琥珀色の酒。

 王の手が伸びる。

 自然に。 ラゴウの指に触れる。

  そして。 そのまま。

  杯を取った。

 あまりにも当たり前の動作。

 まるで最初から自分のものだったように。

  ラゴウが言う。

  「おい」

  王は杯を軽く揺らす。

  酒の香りを確かめる。

  「・・・こんなに強い酒を?」

 静蘭を見て、短く言う。

  「わたしを責めるのはお門違いですよ」

 女主人は王を揶揄するような目つきで、肩をすくめた。

「どこかの誰かさんがひどく傷つけるから、こんなに飲んでいるのでしょ」

 アレクシスは言葉に詰まる。

「王妃は酒豪ね。このお酒を、立て続けに4杯も飲めるひとはなかなかいない」

 ラゴウが手を伸ばす。

  「返せ」

 ラゴウの指をかわすようにあしらって、王は杯を渡さない。

  静蘭が茶を置きながら言った。

  「その酒、陛下もお好きでしたよ」

 ラゴウがちらりと王を見る。

  「……常連か」

 王は否定しない。

  ただ、静かに言う。

  「・・・昔から、ここにはよく来ています」

  一拍。

「静かな店なので」

 静蘭が笑う。

  「そうですね」

 茶を差し出す。

  「お忍びの王様には、ちょうどいい」

 ラゴウはしばらく二人を見ていた。

  「……なるほどな」

 腕を組む。

  「最初から、あんたの店だったってわけか」

  続けて言う。

  「で、この奥部屋は、あんた専用の隠れ部屋なんだろ」

 王は答えない。

 ラゴウが杯に指を伸ばす。

 今度は、その手首を軽くつかまれた。

「だめです」

 短く言って、王はラゴウの前から杯を遠ざけた。

  「水を」

 静蘭が笑う。

「はいはい」

 意味深な微笑みを浮かべつつ、女は部屋を出て行った。

 ラゴウが憮然として言う。

  「勝手に決めるな」

 王は平然としている。

  「飲みすぎです」

 ラゴウが睨む。

「どうして口を出す」

  王は一瞬だけ考えるように間を置いた。

 それから。

 静かに言う。

「あなたが、私の王妃だからです」

 ラゴウが黙る。

 おもわず、アレクシスの顔を凝視する。

 王は視線を落とす。

 酒で濡れた、ラゴウの唇が、赤い。

  灯籠の光を受けて、わずかに艶めいている。

  頬が上気して、普段より、息が近い。

 酒の匂いがする。

 甘く、強い香り。

 王はわずかに視線を逸らした。

  にっとラゴウが笑う。

 どこか挑むような笑みだ。

「なら一緒に飲め」

「飲みません」

 即答だった。

 ラゴウは肘をつき、顔を寄せる。

  距離が近い。

「わたしとは飲めないと?」

  王は短く言う。

  「あなたを連れて帰ります」

  「おもしろくない」

 ラゴウは不満そうに唇を尖らせた。

  それから、ふと思いついたように言った。

  「なら、シキでも呼ぼう」

 王の眉がわずかに動く。

「あいつは酒くらいならつきあってくれそうだ」

  その瞬間。 王の手が伸びた。

 ラゴウの顎をつかむ。

 ぐい、と顔を上げさせる。

  距離が一気に縮まる。

 灯籠の光の中で。 金の瞳が、真正面から王を見た。

  酒の匂いがする。

 息が触れる距離。

 甘い酒の香り。 熱い。

「・・・だめです」

 低い声。

 ラゴウが眉をひそめる。

  「なんで」

 王は少しだけ間を置く。

 ――他の男の前で、そんな顔をされるのは。

 言葉には、ならなかった。

  ただ、視線が落ちる。

  濡れた唇。

 そして、また目を合わせる。

「……気に入らないから」

  ラゴウが、くっと笑う。

  「……へえ?」

 酒の熱のせいか。

 いつもより、声が少し低い。

  王は答えない。

 ただ、ラゴウの顔を見ている。

「・・・普通は、この距離で見つめ合ったら、キスするんじゃないか?」

  アレクシスの喉が、わずかに動いた。

  「しません」

  ふうん、と笑って、ラゴウが言う。

  「じゃあ、試してみるか?」

  わずかに首を傾ける。

 挑発するように。

「どこまで我慢できるか」

 王の瞳が細くなる。

  一瞬。 空気が止まる。



第22話、読んでいただきありがとうございます。

酔ったラゴウと、迎えにくる王。

この二人の距離感、楽しんでいただけたでしょうか。

静蘭との会話で見えるラゴウの本音と、

それを静かに回収しに来るアレク。

少しずつ、関係が動き始めています。

そして最後の一言。

「どこまで我慢できるか」

――さて、どうなるのか。

次回もお楽しみください。

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