3.まずは、はじめましてのご挨拶。
「うー……ん……?」
意識を取り戻し、目を開く。
ここ、どこだろう?なんか落ち着くいい香りがする。
ていうかこれ、憧れのベッドじゃない?せんべい布団とこんなに違うの!?
わぁい、ふっかふかだぁ!!
「姉さん、起きたの!?」
「うわびっくりした!」
ベッドを堪能していて全然気付かなかったけど、斗真が傍に居てくれたようだ。
ということは、無事に二人で逃げおおせたのだろう。
よかったよかった。
「斗真くん、お姉さん目が覚めた?」
「竜胆さん!はい。何から何まで、本当にありがとうございます。このお礼は……」
「いいよそんなの。倫世がムリヤリ連れてきたようなものだし、気にしないでくれ。それより、君もずっと付き添っていたんだから、早く休んだ方がいい。朝食は遅めに用意させるから、ゆっくり眠っておいで」
む?誰だこの人?
というかそもそも、ここはどこだろう?
疑問ばかりだけど、斗真がずっと私に付き添っていたと聞いて、まずは休んで欲しい気持ちが勝った。
「斗真、いてくれてありがとね。起きたらまた話そう」
「……うん、わかった。すみません、竜胆さん。姉のことをよろしくお願いします」
そして、室内には私と謎の男性の2人が残された。
気を遣った斗真がドアを開けたまま出て行ったので、何かあればそこから逃げよう。寝起きすぐだけど走れるかな?何階かわからない以上、窓からの脱出は危険が伴うので出来れば避けたい。
「さっきから窓を凝視してるけど、脱走しなくても大丈夫だよ?我が家は君たち姉弟が望まないことをするつもりはないし、そもそもここ、三階だからね?」
なるほど三階か。ギリギリの高さだけど、ナシではない。
「おっと、めちゃくちゃ警戒してるね!飛び降りないでね!?」
「私、そんなに顔に出てます?」
「うん、かなり。わかりやすくて凄く助かるよ」
後妻には『無表情で気味が悪い』だの『神力が無いと感情もないのかしら?』だの散々言われてたけど、あの人にはちゃんと隠せてたということだろう。
今は寝起きで気が緩んでるせいか、感情がダダ漏れになっているのかもしれない。それとも、ふかふかのベッド効果かな?
目の前の男性は我々の事を善意で保護してくれたようだけど、何者かわからない以上は警戒が必要だ。
「まずは、自己紹介からはじめよう。俺は花菱竜胆。四家の一つ、花菱家の次期当主だ。妹の倫世が斗真くんと同級生なんだよ。たまたま君が倒れている場面に居合わせて、どうしても見過ごせなかった妹が、無理を言って君たちを我が家に連れてきたんだ」
なんと、花菱家とは。
外界とロクに接触させてもらえない私でも知っている、四家の一つでその実力はトップクラスだと聞いたことがある。
「初めまして。一応戸籍上の苗字は七篠になっているはずの者で、名前は柊といいます」
「柊さんか、よろしくね。ちなみに、俺たち四家の人間が知らされている限りでは、今あの家には斗真くんしか子供はいないハズなんだけど……」
「あー、世間的にはそういうことになってるんですね。混乱させてしまってすみません」
四家やその分家、傍系の家に子供が生まれた場合、神力の計測が済むまでは親族間でもお披露目されない。大体3~5歳くらいかな?そこから更に10歳や15歳という節目の年に、次期当主等の重要な地位に就く子供が他家にお披露目されるのが既定路線だ。
そこを突破出来なかった私は、世間に存在が公表されなかった……ということだろう。
「どの家も、少なからず事情を抱えてるものだ。当主からの謝罪ならともかく、柊さんが謝らなきゃいけないことは一つもないよ。今まで大変だったんだろう?」
うーん、なんだろうこの人。
言動は親切なんだけど、底知れない感じがする。
なんというか、発言をそのまま受け取ったらえらい目に遭いそうというか、本音が心の奥底に隠れていそう?
「ご親切にありがとうございます。えーっと、まぁ色々ありましたが生きてますし、大丈夫です!お世話になりました!では!!」
「え、なに、警戒度MAX過ぎない?俺何かした!?いや確かに意識が無いときに勝手に抱き上げて車に運んだりはしたけど!」
「それはご面倒をおかけしました。でもそれは関係なくて、母から『心を許していない相手、特に異性とは適切な距離を取るよう心掛けなさい』と教育されているので、私のことはお気になさらず!ではさようなら!!」
「いや本気で出ていく気!?斗真くんはどうするの!」
あ、そうだった。
ずっと一人で行動していたので、うっかりしていた。
あの子の姉としてちゃんとすると決めたばかりなのに、危なかった。
「すみません、うっかりしていました。あの子とマトモに会話したのは今日が初めてなので、まだ馴染みが無くて……」
「七篠家はあまり社交的じゃないし、一族の結束が強いから、内情がほとんど外に伝わってこないんだけど……そんな家で育った割には、君たち姉弟は随分真っ当な目つきだね。彼は随分、君のことを心配していたよ」
さっき目が覚めたとき、斗真が傍に居てくれて、実はかなり嬉しかった。
起きたときに家族が傍にいるなんて、母と引き離されて以来なかったから。
まだほんの少ししか話したこともないのに、どうやら私の中で斗真の存在が急激に大きくなっている。こうやって他人に姉弟扱いしてもらえるのも、嬉しくてむずがゆい。
だからこそ、あの子は私が守るんだ。
「あの、ズバリ聞くんですが、私たち姉弟をどうするつもりですか?もし七篠家に連絡して引き取りを要請をするなら、私は斗真を連れて逃げようと思うのですが……」
「めちゃくちゃ堂々とした逃亡宣言だけど、その心配はいらないよ。斗真くんから軽く話を聞いただけでも、七篠家はあまり良くない環境だってわかる。血の繋がった娘を隔離して育てているなんて……いや、隔離した時点で、それは育てているとは言えない。どう考えてもヤバいって俺でもわかる。君たちが望まないなら、無理に引き渡したりしないからそこは安心して」
これなら斗真は大丈夫だろう、よかった。
そうなってくると、問題は私だ。
無能力者であること、フリー術師の母と引き離されたこと、神力とは違う不思議な力を使えること。
どこまでなら話してもいいのだろう?
目の前のこの人に、私を警戒する様子はない。
四家トップの花菱家は、旧来の四家としての在り方に固執せず、様々な改革をしていると聞いたことがある。保守的な七篠家とはあまり接点がなかったはず。そんな家の次期当主に、私のことが知られると…………
逆にアリな気がしてきた。
父と後妻さんをぎゃふんと言わせて、ついでに母と落ち合う手助けをしてもらえたりするかもしれない。
「柊さん?大丈夫?」
「あ、はい。あの家になにをしてやろうかと、色々企んでいました」
「あまりにも正直だね、君。とりあえず、もう少し休むといい。まだ深夜だから、続きは明日斗真くんとうちの妹も交えて話そう。眠れそうかな?」
時計を見ると、時刻は午前2時。草木も眠る丑三つ時だ。
「こんな時間まで付き合わせてしまって、すみません。私はまだ眠くないので、この素敵なベッドを堪能するべくゴロゴロさせていただこうと思います。花菱さんはどうぞお部屋に戻られてください」
「色々ツッコミどころはあるけど、少しでも眠った方がいいよ。寝付けないようであれば、少し手助けをしようか」
そう言うと花菱さんは、そっと私の肩に触れた。もしや肩こり解消のマッサージでもしてくれるのだろうか。
「…………やっぱりな。柊さん、君、神力が効かないね?」
「あ」
そうか、今この人は神力を使って何かしていたのか。
そしてそれを無効化してしまったんだな、私。
「すみません、もしかして癒しの術でも掛けてくださったんでしょうか。お気持ちだけいただきますね。それでは二度寝しますので、おやすみなさい」
「いやいやいや待って待って待って!サラっと流そうとしてるけど、それがとんでもないことだって、わかってるのかな……!?」
勿論わかっている。
だからこそ、この力が七篠家にバレる前に、母は必死で私を取り戻そうとしているのだ。
それがこんなところで、よりにもよって四家トップの花菱家次期当主にバレてしまうとは。
逃げることも叶わないので、こういうときは寝てやり過ごすに限る。
あとのことは、起きたときの私が頑張って考えるだろう。
「…………ぐー」
「………嘘だろ、マジで寝ちゃった…………」