1.無能力者の私と、跡取りの異母弟。
「わたくしがいいと言うまで、ここから出てはいけませんよ」
目の前の迫力ある和装美人は、うちの父親の後妻さん。
私のことが大嫌いらしい。
「今日は斗真さんの誕生日ですから、ご来客が大勢いらっしゃるの。あなたみたいな無能力者がこの家に居ると知られては困るのよ」
(今日って弟の誕生日なんだ、知らなかった。というか、あんま気にしたことなかったな)
これを口に出したら『弟だなんて呼ばないでちょうだい図々しい!あの子が穢れてしまうわ!!』と、よくわからんキレ方の理不尽タイムが始まるので、無言でやり過ごす。
沈黙は金ってこういうことだね。
ほどなくして、土蔵の戸が閉まった。
ご丁寧に、強固な結界まで張られている。
今年にになってここに放り込まれるのは、これで7回目。今は7月なので、月一ペースだ。
スマホも持たせてもらえず(そもそもこの家Wi-Fiあるの?それすら知らない)暇つぶしの道具は何もない。
まぁ、今日みたいな暑い日は、ちょっとひんやりする土蔵で昼寝をするのは案外心地がいいかもしれない。
あー、そろそろこんな生活とおさらばしたい!
◇◇◇
私、七篠柊は、日本にたった四つだけ存在する魔を祓う家に生まれた、忌むべき”無能力者”だ。
四家の血を引くものは、神力を持って生まれる。
神より授かりしその御力で特殊な術を行使し、この国に巣食う“悪しきモノ”を祓うことが、生まれつき定められている。
私の父が七篠家の現当主で、今この家にいない母は、四家と関りのない一般家庭に稀に生まれる神力持ちの女性だ。
どこの家にも属さない野良術師として活躍していた母は、若かりし頃術師協会に目を付けられて、七篠家の跡継ぎに嫁ぐことになった。
野良術師に首輪を付けたい協会と、高い神力を持つ女性に跡継ぎを産ませたい七篠家の都合によってなされた、バリバリの政略結婚だ。
そんなこんなで生まれてきた私には、まったくさっぱり神力が無かった。
3歳の検査で神力が確認できず、5歳で行われた再検査でも結果が変わらなかったのだ。
これは、七篠家始まって以来の、前代未聞の珍事だ。
当然のように不貞を疑われた母は、DNA鑑定に踏み切った。
結果として、立派に七篠家の血を引いていると証明されてしまった私を、七篠家は恥ずべき汚点とした。
そこから二年間、絶対に娘を手放したくない母VS無能力者だけど七篠の血を引いてる私を屋敷から出したくない七篠家の壮絶なバトルが繰り広げられ、流石に一人では勝てなかった母は、この家から追い出された。
ちなみに、この間父親は空気。
居ても居なくても変わらない。
『ごめんね、柊。成人するまでには、母さんが絶対に迎えにくるからね……!』
四家の決まりとして、成人と同時に婚約者を定めることになっている。
私の扱いがどうなるかはわからないけど、それまでにこの家から出て行かないと、望まぬ結婚を強いられる可能性が高い。それを避けようと、母は必死だった。
だけど、私をこの家から連れ出すのは相当難しいだろう。
結界術を得意とする七篠家は、屋敷中に堅牢な結界を常に張り巡らせているので、外部からの侵入が困難だ。
その上、当時はまだ成人年齢が20歳だったけど、その後18歳に引き下げられてしまった。
母は頑張ってあと半年――私の18歳の誕生日がある――以内に私を連れ出そうと頑張ってくれているけど、なかなか私の元に辿り着けない。
学校にもロクに通わせてもらえず、スマホも持たされず、外界と接する手段が何もない私に、なんでそんなことがわかるのか、って?
わかってしまうからこそ、母も必死なのだ。
◇◇◇
やることもないので土蔵でぐーすか眠っていたけど、外に何かが居る気配を感じ、パッと目を覚ます。
腕時計を確認したところ、時刻は21時。
外はもう真っ暗だ。
「よく寝たな~……あ、ご飯きてる!ひゃっほぅ!」
寝ている間に食事が届いていたので、とりあえず腹ごしらえとする。
異母弟の誕生日パーティがあったので、いつもの粗食と比べるとかなり立派なご飯だ。
使用人は私に同情的なので、せめてこれくらいはと用意してくれたのだろう。
美味しい。
「弟、たしか今日で10歳だったっけ……」
異母弟の斗真の真面目そうな顔を思い浮かべる。
最後に見たのはいつだったっけ?
それくらい没交渉だ。
10歳は節目の年齢だし、今夜の客は例年より多そうだ。きっとお酒を飲んでで盛り上がっているに違いない。
「ごちそうさまでした。さてと……脱走チャレンジしてみるかぁ!」
◇◇◇
”無能力者”とは、読んで字のごとく、神力を持たずに生まれた者のことだ。
神力は、四家が四家で在り続けるために、絶対に必要なもの。
使用人である分家の人間も、少なからず神力を持って生まれるのが当たり前。
そのため私は、この家では使用人以下の価値しかない。
だけど、私にはちょっと便利な能力がある。
「ん~~~~……ここだっ!」
結界の核のようなものを手のひらで探り当て、えいやっと気合を入れる。
そして、バシャン!と水が弾けるような音が鳴ったら、解術完了。
そう、これが私にできることの一つ。
他人の術を無効化することができる。
何故こんなことが出来るのか。
理由はわからないし、この力のことは母しか知らない。父にすら秘密だ。
だって信用できないからね!
…………なので、今この状況は非常によろしくない。
「な、なんでここにいるんだ……!?」
「あちゃー。さっきの気配って、斗真だったのかぁ」
土蔵を出たら、扉の前に立っていた異母弟の斗真とばっちり目が合ってしまった。
今日の主役がなんでこんなところにいるんだろう。
「結界が張られていただろう。どうやって出てきたんだ……?」
無能力者の私が結界を破れるはずがない、この子はそう言いたいのだろう。
私だって、何故自分がこんなことを出来るのか知りたい。
「あー、まぁ、こう、ね!高校生にもなるとね、色々あるんだよ!!」
「そんな雑な返事で誤魔化されないからな!?」
雑とはなかなかの言い草じゃないか。まったく。
そんなことより、斗真の右手にある物が気になる。
「ねぇ、それって持ち出しちゃダメなやつじゃない?」
斗真が手にしているのは、古ぼけた銅鏡だ。
恐らく七篠の封印庫から持ち出したのだろう。ヤバいオーラっぽいのがビシバシ出てる。
「誰かに見つかる前に、早く戻しておいでよ。なんなら一緒に行こうか?」
結界術を得意とする七篠家は、古来より呪物の封印が生業の一つだ。
悪しきモノの代表格である呪物は、人の怒りや憎悪といった負の感情が凝り固まって、物質に宿った物だ。時代に合わせて形を変えながら、決して消えること無くこの国に巣食い続けている。
それ故に、七篠家には日本中から呪物の持ち込みが後を絶たない。
「ははーん、見えて来たぞ。10歳になったんだし、ちょっと背伸びしてカッコよくて強~い結界を張ってみたくなったんだね?でもやめときな。それは子供が手に負えるようなモノじゃないよ」
「俺はそんな浅慮な行いはしない!この銅鏡の再封印が、次期当主の実力を示すのに相応しいと、母さんが……」
まさかの母親からの贈り物(?)だった。
うーん、後妻さんは一体何を考えてるんだろう?大事な跡取り息子にこんな危険物を渡すなんて。
とてもじゃないけど、今の斗真の神力量と経験値でどうこう出来るものじゃないだろうに。
「その銅鏡はまじでやばいよ。早く戻さないと大変ことになる」
「な、なんでお前がそんなこと……」
「えー?逆に聞くけど、わかんないの?」
「……わからない。だけど、これは母さんが、斗真さんの力を示すのに相応しい呪物だって……」
あの後妻さんは、息子の力量が正しく測れてないのかな?当主の奥さんがそれで大丈夫?
息子の価値を示したいからって、当の本人を危険に晒してちゃ世話ない。
こうしている間にも、銅鏡から漏れ出すやばいオーラがどんどん増えている。
これ以上増えて辺りに広がる前に、封印庫に戻さないと。
「一応弟だから言うけど、そんなヤバいもの持ち出す母親の言いなりになってたら、まずいと思うよ。斗真自身も周りの人も大変なことになる前に、引き返しな?」
ほぼ接点のない異母弟だけど、ここで何もせず放置した結果、この子の未来がお先真っ暗になってしまったら寝覚めが悪い。
不幸になる人間は世界に一人でも少ない方がいいに決まっている。
「おま……いや、柊さんには、何が見えているんですか?」
「ひえっ!いきなり敬語はちょっと怖!!!」
「せっかく敬ったのに!?」
「あはは、いい子だねぇ」
私が見た限りでは、斗真は身の内に秘めた神力がかなり多いようだ。このまますくすく育てば、かなり有能な術師になれると思う。今はまだ難しくても、もっと訓練して身体も大きく成長すれば、この禍々しいオーラを感じ取れるようになるだろう。真面目そうだし、あの父親よりよほどいい当主になれそうだ。
ちなみに私は、特殊な訓練なんて一つも受けていない。
「そもそも封印庫にあるってことはさ、簡単に持ち出しちゃいけないからそこに仕舞われてるってことだよね。その意味をよく考えないと」
しごく当たり前のことを言ったつもりなのに、私の言葉を聞いた斗真の表情がどんどん曇っていく。
「……柊さんも、そう思いますか?」
「え?」
「この銅鏡は危ないもので、とてもじゃないけど俺の手に負えるような物ではないと。力を誇示するために呪物を利用する母の行いは間違っていると、そう思いますか?」
その質問には、なんの迷いもなく答えられる。
「その銅鏡のヤバさを横に置いても、そもそも呪物の処理を子供に丸投げするって時点で、斗真のお母さんは間違ってると思うな」
「やはり、母さんは…………」
斗真は銅鏡をじっと見つめて黙り込んでしまう。
心なしか落ち込んでいるように見えた。
「えーっと、もう10歳になったんだし、なんでも親の言うこと聞くんじゃなくてさ、おかしいと思ったことは堂々と言ったほうがいい」
「――――うるさい!!!わかってるよ!!!!!」
その瞬間。
斗真の神力が大きく乱れ、銅鏡に吸い込まれていくのが視えた。
これ、かなりヤバい。
「俺だってそんなことはわかってる!だけど、俺に出来ることなんて……恵まれて甘やかされた10歳児に出来ることなんてなあっ、何もないんだよ!!」
「わわっ!ちょ、ちょっと落ち着いて!!!」
「優秀な跡継ぎだなんていくら言われても、母の不正1つ糺すこともできやしない!無関心な父を動かすことだって!!俺には、なにもできない……!」
どうやら私は、斗真の地雷を踏みぬいてしまったらしい。
「父も母も、俺に清廉であれとか真摯であれとか散々言うその口で、あなたたち母子の存在をなかったことにしてる。それがおかしなことだって、どうして誰も言わないんだ!?罪を犯した前妻を追放したことは仕方ないけど、娘はこの家に留め置いたのに何故放置するんだ!!真っすぐに育つよう手元できちんと育てるべきじゃ――――」
「ちょいちょいちょーーーい!!!ストーーーップ!!!!!え、なに、うちのお母さんってそういうことにされてるの!!??!??!?」
罪を犯してってなんじゃそら!
無能力者を生んだことが罪ってか!?
そんなのはあんまりだ。
むっっっかつく!!!!
私の大声に我に返った斗真から、神力の乱れが消えた。
あのままだと、銅鏡に負の感情が流れ込み続けて、完全に封印が破れてしまうところだった。
「……まさか、父も母も俺に嘘を教えていたのか……?」
「いや、そこはまぁ、真実はいつも1つとは限らないっていうか?視点が変われば見え方も変わるってものでしょ」
「俺が真実だと思っていたことと、柊さんのそれは、随分異なる……ということですね」
おっと、また丁寧な話し方になってる。
なんというか、真面目な子だなぁ。小五ってこんなに聞き分けいいものかな?
きっと、厳しい教育を受けてるんだろうし、親からの期待も凄そうだ。
このまま真っすぐ成長して当主になってくれたら、この家も少しはマシになるかもしれない。
だけど、賢過ぎる跡継ぎはこの家に――あの親に――必要とされるのだろうか。
「あのさ、斗真はどうしたい?」
「え?」
「このまま両親の元で、七篠家の跡継ぎになるために親の言うこと聞いて頑張ってく?それもアリだと思う。斗真の言う通り、親に逆らうのって難しいから。大人になってからどうにかするために、今は大人しくしてるのも一つの手段だよ」
だけど、斗真が大人になるまでに、今より状況が悪くなる可能性だってある。
あの後妻さんが再びとんでもない呪物を引っ張り出して、大事故が起こる可能性だってゼロじゃない。
「現状をどうにかしたいなら、まずは動いてみたらいいんじゃない。アテに出来そうなまともな親戚とか、学校の先生とか、頼れそうな大人に心当たりないのかな?」
「柊さん……俺は……」
「そこでなにをしているの!!!!!」
斗真が何かを言い掛けたとき、私を土蔵に放り込んだ人間の声が聞こえてきた。
やっば、見付かっちゃった。せっかくの脱出チャンスだったのに。
短編で投稿するつもりが2万字を超えてしまったので、一気に載せると読みにくいかも…?と思い、全5話に分割しました。さくっと読めると思います。
お付き合いいただければ幸いです。