辺境伯カラグ
コプロのおっさんと話をつけて、数日。協力者とも面会し、魔術で真意を調べ、大丈夫だと判断している。
冒険者の活動も行い、今は銀級となっている。違法奴隷解放を目的としているので、金級昇格試験は保留。雑用依頼も受け、街の住民とは顔見知り、多少のことなら良い方に解釈してくれるだろう。
等級の上がり方は、歴代最速ではないが、才能のある奴だと言うことがわかる程度の速さだというのは、他の冒険者から聞いた。街の住民も噂するとなると、辺境伯も気にかける。
そんなわけで、俺は辺境伯の屋敷に本日、お呼ばれしていた。カーラとセイは留守番。街の屋台巡りでもしているのではないだろうか。
金糸で刺繍された赤いソファーに腰掛ける。待合室というか、応接間である。正面には、似たようなソファーとその間に黒檀の机。足元には、幾何学模様の刺繍がされた赤茶色を基本とした絨毯。ソファーに腰掛けたときの正面の壁には、どこかの草原を描いた絵画が飾ってあった。
コンコン
「どうぞ」
そう言いながら、立ち上がる。
一応、客人である俺を無下にはしないだろうが、さて、どんな奴だ?
カチャ
扉が開き、スタスタと正面に立つ男。銀髪のオールバック、眼光は狼のように獰猛そうだ。高身長で、肉体は引き締まっている。貴族というよりも、ヤクザの組長のような印象を受ける。
「はじめましてだね。私が、ここシャバニア辺境伯領を治めるカラグ・ダルタニアン=シャバニアだ」
見た目に反して、物腰は柔らかい。愛想笑いも浮かべている。
「ええ、はじめまして。私は、ジャック・ネームレス。しがない、冒険者です」
礼儀など学ぶ機会のない冒険者ならば、この程度のやり取りで、驚愕されてもおかしくはない。だが、カラグが驚いた様子はない。しかし、変化がないわけではない。その目は、品定めするように、細められていた。
「まぁ、座りたまえ。あぁ、お茶がまだのようだね。エルバ、持ってきなさい」
「畏まりました」
特におかしなやりとりではない。待たされた時間は、三十秒ほど。これで格の違いをわからせるため、お茶も出さずに待たせたというのは、言いがかりでしかないだろう。
エルバがすぐに、お茶を持ってきた。その茶器は銀製。これも別段、おかしなことではない。銀が高価な素材である以上、貴族としてワンセットくらいは持っているだろう。陶器は、帝国の特産品だからこんな辺境には、滅多に出回らないことも理由の一つか。
「どうぞ」
エルバが、まず、俺にお茶を差し出す。あくまで俺は冒険者、本来なら、主人に先に差し出すべきだ。
「良い香りだろう。法皇国でのみ、栽培されている茶葉だ。さぁ、冷めないうちに一口」
カラグの前にも、お茶を差し出し、エルバは部屋から退出した。この部屋には、俺とカラグのみ。カラグは、相変わらずの愛想笑いで、お茶を勧めてきた。
精霊魔術【風霊の悪戯】
防音の結界を張り、笑みを消す。
「聖水とは、ご挨拶だな。俺が気づかないと思ったのか?あんた、人狼だろ?」
俺の言葉に、カラグが真顔となる。
「そう言うあんたは、吸血鬼だな?心音がない」
なるほど、心音がないか。超再生をするときは、血のチカラを送るために動くんだが、平常時は必要ないからなぁ。
バレた理由を思いながら、聖水で入れられたお茶を一口飲む。
「な!?」
それにカラグは驚愕の表情を見せた。
「あぁ、大丈夫だ。俺は吸血鬼だが、新種でな。正の魔力も宿している」
それを聞いて、カラグの浮かべた表情は引き攣った笑み。正の魔力を宿すということは、強大なチカラを宿す吸血鬼から弱点が消えたということだ。当然の反応だろう。
そんなカラグを真理眼で確認すれば、こうだ。
『個体名:カラグ・ダルタニアン=シャバニア Lv.26
分類:亜人
種族:人狼 』
『人狼:魔力の影響を受けた雄狼が、人並みの知能を手に入れ、人の姿を持った魔化物。人に紛れ、夜な夜な、人狩りをして生きる。稀に、人と同じ生活をして、生きる者がいる。』
おそらく、カラグは稀な者だろう。
屋敷の者たちのほとんどが、男は人狼、女は魔女だった。カラグの群れということになるのか。ちなみに、魔女は雌狼が変化した者だ。
「さて、カラグ」
強さを重んじるのが、魔化物という者。俺やカラグのように、人に近い価値観を有していても、魔化物同士ならば、そのルールが顔を出す。
俺はわざと、偉そうにソファーに凭れ掛かる。
「俺が上だな」
その言葉を聞いて、カラグはやはり、引き攣った笑み。だが、俺の強さは理解しているはずだ。それは、先程のお茶を差し出す順番に表れている。




