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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第二章 王国と大森林
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天使の誘惑、悪魔の提案

 薄暗い路地を歩いていた。謂わゆる貧民街(スラム)

 辺境都市であるここは、開拓事業のため、とにかく人を集めようと必死である。だが、それを信じてやって来た者の何人かは、性格や才能と合致せずに脱落する。そんな計画性のない者は、故郷にも帰れず、日陰者に成り下がる。そんな者たちが(たむろ)することで、ここは形成された。


 小鬼(ゴブリン)退治から戻り、カーラにセイを預け、俺は一人でここに来ていた。変幻自在で、生体武具である上着にフードをつくり、目深に被っている。目的のものは、すぐに見つかった。


「おい」


 路地の隅で、体を丸めているのはあの時のおっさんだ。反応はない。だが、死んでいるわけでもない。慣れない貧民街での生活に疲れ、気絶するように熟睡してるんだろう。


 精霊魔術(シャーマニズム)吃驚水ウェイク・アップ・ウォーター


 パシャ


「うお!?なんだ!?」


 突如、浴びせられた水におっさんが飛び起きた。


「おっさん、久しぶりだな」

「うえ?久しぶりって、誰だ?」


 貧民街での生活で、人恋しさを募らせたのか、ほぼ無警戒に俺を確かめようとおっさんは視線を俺に合わせた。


「お、お前は!?」


「よっ、仕事に失敗して、帰れないみたいだが、俺に協力してくれない?」


 友好的な笑みで語りかけてやる。だが、おっさんの顔には恐怖がありありと浮かんでいた。何故だ?


「取り敢えず、飯でも食いにいくか。奢ってやるよ」

「……わかった」


 渋々といった感じのおっさんを連れて、俺はテキトーな酒場に入った。


 ……。


 酒場のカウンター席の隅に隣り合う。店の中はなかなかの騒がしさでこれなら問題はないだろう。マスターにオススメを注文して、料理がきたところで話を始めた。


「で、おっさん、名前は?俺はジャック」


「……コプロだ。何の用だ。俺は、あれ以上の情報は持ってねぇぞ」


 まず、コミュニケーションと言えば、これだろうと互いに名乗る。まぁ、おっさんの警戒心が消えるわけではないが。


「ホントに?何の情報もない?」

「あぁ、ない」

「……いや、あるね。コプロが情報とは思っていない情報が」


「?……なんだ、それは?」

「あんたの交友関係さ。もちろん、商会内でのな」

「!……俺に友人を売れってか?」


 おっさんは怒るでもなく、淡々とそう言った。そして、ビールに似た酒を呷り、何かの軟骨を揚げたものを口に入れる。


「いんや、その逆。コプロ、あんたは友人を助けるのさ」

「なに?どういうことだ?」

「どうせ、商会は潰れる。俺が介入しなくても、辺境伯が嗅ぎつけるし、森妖精(エルフ)たちだって、黙っちゃいない。あんたの友人は、商会ではあんたと同じく下っ端のはずだ。だったら、協力してくれれば、多少の罪はお目溢ししてくれる。まぁ、辺境伯がダメだと言おうと俺が逃す」

「なる、ほど……」


 俺は、おっさんの様子を観察しながら、酒を含んだ。酔うことはない。だが、ただの人であるおっさんは酔うし、俺の聖なる魅了だってある。

 

 就職先を用意してやるわけでもなく、商会が潰れる確証だってない。普通なら、こんなことは交渉にもなっていない。

 だから、これは俺にとって茶番だ。魔術でどうにでもなることをわざわざ、交渉まがいのことで為そうとするちょっとした倫理観の最終防衛ライン。


「それに、コプロは商会に潰れて欲しいはずだ。あんたの存在は商会にとって、犯罪がバレるリスクを上げる要素の一つ。あんたは仕事に失敗して、帰らない選択をしたが、どちらにしろ殺される。帰らないというのは、猶予を延長したに過ぎない」

「……」


 ダメ押しの言葉。おっさんの酒の量が増えた。ジョッキに注がれたそれを飲み干し、おかわりを注文する。


「なぁ、コプロ。俺はこんなことができるんだ」


 マスターのよこしたジョッキの中身は温い。だから、俺はそれに魔術を行使した。


 精霊魔術【冷却(クール)


 白く薄い冷気が見えるほどにキンキンに冷やした。おっさんは、それに目を開き、口をつける。


「……うまい。冷えた酒を飲めるなんて、貴族にでもなった気分だ」

「どうすんだ、コプロ?怯えて暮らすか?」


「……あんたは多分、魔術で俺から情報をいくらでも引き出せるんだろう。なのに、交渉の真似事をしてる。……あの組織はクソだ。それをわかっていて抜けられなかった。そこしか、居場所がなくて集まってる奴が沢山いる」


 吹っ切れたような顔で、おっさんは酒もあってか、語り出す。俺はそれを黙って聞いてやった。


「そうだな。うん。あの組織が潰れるんなら、俺も万々歳だ。協力しようじゃないか、旦那。組織を抜けたがっている友人を紹介しよう。だから、助けてくれ。違法奴隷だけじゃなく、あんな組織に嫌々従っている俺の友を助けてくれ。頼む」


 ポロポロと涙を零していた。それに気付いていないのか、おっさんは拭うことなく、俺に頭を下げる。


「あぁ、約束しよう。協力すれば、罪は不問だ。コプロ、あんたの友人を助けてやろう」


 こんなものは茶番にすぎない。これを誰かに語って聞かせれば、三文芝居だと言うだろう。俺の言葉は、天使の誘惑か、悪魔の提案か。どちらにしろ、自己満足だとわかっているさ。

 

 さて、次は辺境伯のところか。

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