夢
……
ドタドタと、騒がしい足音を聞いていた。意識が曖昧だ。微睡みの感覚にあるような、揺り籠の中にいる赤子になった気分だった。
「聖下!?」
男の大声が聞こえる。どうやら、地位のある者を探していたらしい。
「どうした€*%*€€*、何事だ?」
探されていた者の声も聞こえた。一部、聞き取れないところがあったが、おそらく名前だろう。
そちらに注目すれば、聖下と呼ばれた者の姿がはっきりとわからないことに気づいた。
「奴らが攻めてきました!規模は、数千!神鉄級を中心に、覇金級のモノも混じっています!」
覇金?なんだ、それは?
「そうか。周期が早くなってきたな……急がなければ」
「聖下?」
「覇金級には、巨蟹宮と獅子宮で対応、残りは人馬宮で一掃しろ、後のことは僕が責任を持つ」
「はっ!」
聖下の言葉に、敬礼を返して男が部屋を退出していった。
一人になった聖下は、立ち上がり窓際に足を運んだ。俺の視界も窓の外を覗く。
そこにあったのは、不死者どもの軍団だった。屍がいた、骨がいた、影がいた、霊がいた、血がいた、そこにいたのは、ありとあらゆる死の具現だった。
ゴポッ……
耳障りな何というか嘔吐したような音を遠くに聞いた。
不死者の軍団から目を離し、その奥を見遣る。
背筋を悪寒が走り抜けた。鳥肌が立ち、本能がそれを拒絶した。
穴だ、大きな穴だ。奈落へと続くのだろう、無明の陥穽。そこから湧き立つ泥のような真っ黒なナニカ、それが生命でないことは明らかだった。
それは体を持たず、心を持たず、魂すらも持たなかった。
ナニカは妄執や妄念とか、そういった類のナニカで生命である者が対抗する手段などありはしない。
「いや、あるよ」
聖下が不意に言葉を発した。まるで、こちらの存在を認識していたかのような言葉。何故?
「周りを見なよ」
その言葉に従って、周囲を意識する。そこは先程までいた部屋ではなかった。真っ暗な空間だ。光の届かない深海にいるような気分だった。
「ルシファーは、契約を果たしてくれたようだね、良かった良かった」
ルシファー?何を言って……
「その疑問に答えるには、時間がないかな。もうすぐ、お目醒めだ。記憶にも残らないだろう。まぁ、頑張ってくれ、今はこれだけを言っておこうか」
そう言われると意識が閉じようとしているのがわかった。何だ何なんだ!?責めて、あんたの名前を……!?
「ここで名乗ることは許されないんだ、残念だけどね」
首を振って、聖下は言った。
「また、会おう。聖なる死者よ」
その言葉を聞き届けた時、俺の意識は途切れた。
……
「チッ!」
セイの鳴き声を聞いて、目を開ける。馬車の中だ。座った状態で、寝ていたらしい。
……寝ていた?俺がか?不死者なのに?
そう言えば、何か夢を見たような……
「チッ?」
セイが覗き込むような仕草をする。どうやら、餌をねだっているらしい。
まぁ、思い出せないのなら、仕方ないか。俺はテキトーな木の実を取り出しながら、思考を切り替えた。
今は、旅の道中、夜のために野宿をしていた。外では、俺と交代で見張りをしているイジネがいるようだ。マサミチは、こういったことに慣れていないので、テントで眠っている。イルもその側で、魔力を吸収しながら、休んでいる。しかし、精霊に睡眠は必要ないので、声を掛ければ、すぐに反応があるだろうが。
外に出る。焚き火を維持するイジネに近づき、声を掛けた。
「交代だ、イジネ。後は、俺がやろう」
「あぁ、わかった」
俺の言葉に立ち上がり、イジネがこちらを向く。そこに、いくらか驚愕の様子があった。何だ?
「ジャック、隠蔽魔術が切れているぞ?」
「なに?」
その言葉に、眼元に施してあるはずのそれを意識すれば、確かに切れていた。
「どうした?おまえは疲れないのではないのか?」
「あ、あぁ、そのはずだ」
真理眼で、詳細に調べても異常は見られなかった。
イジネは、俺の様子を訝しがりつつ、口を開ける。
「今夜は、私だけで見張りをしても構わないが、いつも、結局、おまえがほとんどの時間を見張っているわけだし」
「いや、大丈夫だ、本当に大丈夫だ。不調はない、確かなことだ。お前が休んでくれ」
「そうか、わかった。休ませてもらおう、だが、何かあれば、遠慮はするな」
「あぁ、わかった、ありがとう。お休み、イジネ」
「あぁ、お休み」
そう言って、イジネは馬車の中へと入っていった。
……認識阻害のほうは機能している。眼元だけか。紺碧の瞳によるものか?夢を見たらしきことと関係がある、か?
クソッ、俺は何だ?新種の吸血鬼と言うだけじゃないのか?
答えが見つかるわけもなく、夜は静かに過ぎていった。




