聖人
「お見事でした、ジャック殿」
緩やかな拍手とともに、法皇が近づいてくる。
「世辞は結構だ、法皇。それでこの後の予定は?」
アナスタシアが若干の苛つきを見せたもののそれだけだ。法皇は、気にした様子もなく、俺の問いに答える。
「一先ずは、お休みになってもらいたい。と言いたいところですが、魔王の宣言によれば、半年。準備期間を考えれば、猶予はそれほどでもありません。そちらがよろしいのであれば、自由都市リベラルへと向かっていただきたい。神託によれば、そちらにある世界最大の迷宮、天空へと続く塔『バベル』の攻略が勇者様の最初の試練です」
神託、ね。それは地下の反応と関係あるのかね。まぁ、今はどうでもいいことだ。
「わかった。勇者の準備が出来次第、出発だ」
俺の言葉に、反対はなかった。
……
勇者の準備を待っていると、アナスタシアが近づいてきた。
ここは、大聖堂に隣接する駐車場。俺たちは馬車を借り受けて、出発することとなっている。
「どうかしたか?」
大聖堂の壁にもたれ掛かる俺から声を掛けた。
「……貴殿は、何だ?」
「また、その話か」
四大国会議の折にも触れられた俺という種族の在り方。そこに気がつくのは、彼女の持つ聖槍のチカラが大きい。
『聖槍ロンギヌス:かつて、聖人の血を好んで啜った王侯吸血鬼の成れの果て。四神教が保有する対不死者兵器、血聖兵装の最高傑作。』
真理眼で確認すれば、このような情報が得られた。意識を残しているのかはわからないが、なんとも滑稽というか、憐れというか。
吸血人がそうであるように、不死者を倒すには不死者のチカラを使うのが手っ取り早い。だからこその結論だろう。
「貴殿の反応は確かに、不死者なのだ。気にしないわけにはいかない。猊下はなんらかの根拠を持って、貴殿を信頼しているようだが、それを教えてはくれなかった」
「そうなのか、俺も法皇に信頼される理由はわからんな。だが、そうだな、俺が不死者であることは正解だ。ただし、会議の折にも示した通り、俺は正の魔力を抱えた吸血鬼の新種、吸血聖人だ」
そう言いながら、俺は瞳に施した隠蔽魔術を解除した。
「聖人だと?」
俺の言葉に考え込んでしばらく気づかなかったが、頭がようやく言葉を飲み込んだのか、顔を上げるアナスタシア。
俺の瞳を認識した瞬間、驚愕を表した。
「そ、それは、いや、まさか」
「他言無用だ。これがあるから、森妖精も俺と共にいる。どうだ、世界の天敵ではないと証明できたか?」
アナスタシアは、何度も俺の瞳を確認した。だが、そこにあるのは純然たる事実のみ。幻術の類も疑ったかもしれないが、森妖精が信じているのは、イジネがいることや先の騒動で明らかなこと。肯定する要素としては、とても大きいことだ。妖精族は、決して、不死者を受け入れたりしない。彼らは、血族にも眷属にもなることはない。確かに、吸血鬼たちの天敵なのだから。
やがて、理解したように落ち着いたので、隠蔽処置を戻した。
「理解、した。そうか、なるほど。今までの無礼、誠に申し訳ございません」
頭を深く下げるアナスタシア。
「聖騎士団長がそう簡単に頭を下げるな、ここは外だぞ。誰かに見られたらどうする」
「しかし」
「さっさと、戻せ。他言無用ということは、そういったこともやるなということだ。周囲に違和感を抱かれるだろうが」
「わかりました」
そう言って、頭を上げるアナスタシア。どこか、不安げだが、知ったことではない。知りたいと言ったのは、こいつなのだから。
「わかったのなら、戻れ。お前は法皇の護衛じゃないのか」
「そう、だな。戻らせていただく、手間をかけて悪かった、武運を祈っているジャック殿」
「あぁ」
そう言って、アナスタシアは去っていった。
……
その後、準備を終えた勇者とそれについていたイル、さらにそれについていたイジネが来たことで、すぐさま、出発となった。
向かうは、人類圏の中心都市。四大国の緩衝地帯にして、独立自治区と認められた唯一の自由都市リベラル。
そこにある世界最大の迷宮『バベル』の攻略こそが一先ずの目標だ。
「チッ!」
食事を要求するセイに、テキトーな果物を与えつつ、俺たちを乗せた馬車は、快晴の元を進んで行った。




