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Satanic Children   作者: Lily
1/8

序章 闇の歴史

(この話は、史実上実際に起きた魔女狩りを基に、架空の人物・場所などを織り交ぜた現代物語である。)


 

 中世ヨーロッパ。


 この時代は暗黒の時代とも呼ばれた、血塗られた時代だった。


 当時、ヨーロッパには“魔女”、あるいは“魔法使い”、あるいは“錬金術師”、あるいは“霊媒師”、あるいは“預言者”……。


 そう呼ばれた者たちがいた。


 その者たちには不思議な力があり、病や怪我を癒やしたり、神や精霊、死者などの言葉を聞き、または悪霊を祓ったり、未来を予知することができた。


 人々は彼等を慕い、敬愛した。


 だがその一方で、彼等を恐れてもいた。


 彼等の持つ、不思議な力に……。


 * * *


 そして事は起きた。


 これはもはや裏の歴史最強最悪とも言っていい“魔女狩り”(witch hunt)が始まったのだ。


 当時の権力者や教会組織は口々に扇動した。


 「魔女を捕まえろ!」


 「魔女は我々の生活、いやヨーロッパ全土を脅かす忌むべき存在。奴らは不思議な力を使い、悪魔と契約を結び、我等に害を与えるのだ!」


 「魔女の使い魔には気を付けろ!あれは悪魔の眷属だ!魂を捕られてしまう!猫だ!コウモリだ!蛇だ!みんな殺せっ!!」


 「魔女には体のどこかに“しるし”がある!!しるしのある女を捜せ!!」


 「いや男にもいるぞ!!」


 「不思議な力がある奴は皆連れてこい!斬首台へ送ってやる!!」


 「褒美も出すぞ!!」


 「火炙りにしてやる!!」


 人々は恐怖に駆られ、その狂言を鵜呑みにして魔女狩りを始めた。


 かつて自分たちを慈しみ、共に暮らしていた魔女たちを、恐ろしさのあまり次々と惨殺していったのだ。


 突然の襲撃と裏切りに打ちひしがれた魔女たちは、深い森の奥、険しい山嶺、あるいは遠い異国へと逃げ惑い、その身を隠した。


 深い絶望と悲しみを胸に抱きながら、追われる身として息をひそめて生きたのである。


 やがて時代は近世へと移り変わった。


 しかし、時代が進んでも魔女狩りが終わる兆しは見えなかった。


 それどころか、弾圧は全盛期を迎えていた。


 この頃には魔女の数は激減し、生き残りはごくわずかとなっていた。


 捕らえられた魔女たちは凄惨な拷問を受け、ある者は斬首され、ある者は生きたまま火炙りにされた。人々の残酷さは増すばかりであった。


 絶滅の危機に直面した生き残りの魔女たちは、少しでも血を後世に残し、子を成した。


 そして魔女としての誇りを胸に、我が子へ魔術、薬の調合、錬金術、霊媒術、占術など、ありとあらゆる知識と術を伝授した。


 子供たちもまたその教えを尊び、さらに自分の子へと受け継いでいった……。こうして細々とではあるが、彼等は存続を保ち続けていた。


 だが、安寧は長くは続かなかった。


 生き残りを根絶やしにしようと躍起になる教会組織の手によって、密かに築かれた隠れ家がついに発見されてしまったのだ。


 ハンターが、怒号を上げる群衆が、国の兵士たちが、次々と隠れ家を打ち壊した。


 ……後に表の歴史において「宗教改革」と呼ばれる大波の裏側で、長きにわたる魔女狩りは幕を閉じたとされる。


 だが、それは表向きの話に過ぎない。表舞台から姿を消しただけで、魔女たちへの忌避と弾圧は、その後も長く続いていった。


 しかし、魔女たちは智慧に長けていた。


 彼等は確かに、子孫を未来へと繋いでいたのだ。


 凄惨な魔女狩りを生き延びた子供たちは全世界へと散らばり、気配を消してひっそりと暮らした。


 だが、徒人とは異なるその力、身体に刻まれた印、そして異彩を放つ瞳の色ゆえに、どこへ行っても忌み嫌われ続けた。


 強力な魔力を秘めた魔女の子供たちの瞳は、一般人にはない美しい五色の輝きを宿していた。


 amethyst(滅紫)・emerald(緑玉)・dark sapphire(蒼玉)・morganite(桜桃)。


 ―――そして最も嫌われた色、crimson red ruby(深紅)。


 その瞳の色は、血統の証として、子々孫々へと受け継がれていった。


 さらに彼等の身体の一部には、逆十字に異端の象徴である『X(エックス)』を重ね合わせた特殊な印が刻まれていた。


 それゆえに、生き残った子供たちは人々から恐れを込めてこう呼ばれた。


 ―――Satanic Children(悪魔・魔王の落とし子たち)と。


 * * *


 ―――はぁっ! はぁっ……!


 世界が、不気味な朱色に染まっていく。


 肌を焼き焦がすような、酷い熱気。


 ―――はぁっ、はぁ……っ!


 炎が激しく燃え盛る夜の森の中。


 幼子が母親に強く手を引かれ、なりふり構わず走っていた。


 業火はまるで生きた獣のように親子の背を追いかけ、轟音を立てて木々を呑み込み、焼き尽くしていく。


 「あち……っ!」


 幼子の頬を火の粉がかすめ、思わず舌足らずな悲鳴が漏れる。


 母親は慌てたように我が子を抱き上げると、安心させるようにそっと頭を撫で、再び必死で足を前に進めた。


 「かあさま、おうちも森も、みんな燃えてるね。なんで? みんな燃えて、こわいよ……」


 「さあ……何故かしらね。でも、大丈夫よ。私があなたを、絶対に守り抜いて見せるから」


 荒い息遣いから、極限の疲労が伝わってくる。


 だが、母親は子に不安を与えないよう、愛おしさに満ちた穏やかな笑顔を浮かべていた。


 「あついよ……はやく森のおそとにでたい」


 「そうね。さあ、もっと早く走れるように、お喋りはここまでにしましょう」


 「はい、かあさ――」


 幼子の言葉を遮るように、―――ドスッ! と鈍い衝撃音が響いた。


 それと同時に、抱きかかえられた腕越しに激しい振動が伝わる。


 母親の口から短い悲鳴が漏れ、抱く腕に瞬間的な力が込められたかと思うと、そのまま前方へ倒れ込んだ。


 背後から迫る炎から逃れるように辿り着いた、わずかに開けた場所。


 倒れ伏した母親の下から、幼子がはい出てきた。


 そして、母の顔のそばでしゃがみ込み、母の背に深く突き刺さる凶器の柄と、青ざめた母の顔を交互に見つめた。


 「かあさま? 起きて……あついの来て、燃えちゃうよ」


 呼びかけても、母親はピクリとも動かない。


 我が子の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。嗚咽が漏れ始めたその時――頬に、冷たく震える手がそっと添えられた。


 幼子が目を開くと、母親が虚ろな瞳を向けていた。


 そして、途切れ途切れの声で静かに口を開く。


 「ごめんね……私はこれ以上、一緒に逃げられそうにないわ……」


 「かあさま……!」


 「でも、安心して……。必ずあなたを、奴らの手から守ってみせるから……」


 母親は添えていた手でぐっと幼子の顔を引き寄せると、今まで見せたことのない厳格な表情を浮かべて、絞り出すように言葉を紡いだ。


 「あなたは……普通の子とは違うの……」


 「……?」


 「それゆえに、あなたの力を利用しようとする奴らがいる。これからあなたは、そんな奴らから逃げ続けなければいけないわ。辛いことが、たくさん待っていると思う……」


 「かあさま、いやだ……!」


 「でも、忘れないで。私はあなたを、心から愛しているわ。いつまでも……」


 母親の目から涙が零れ落ちる。


 「そして……あなたは来たる“その時”まで、守らなければいけない……あなたの“純潔”を」


 「じゅんけつ……?」


 「あなたが、あなた自身を守る“力”を失わないために……。私は、そのための“呪い”をあなたにかけて逝くわ……」


 涙でぐしゃぐしゃになった我が子の額に、震える唇で最後の口づけを落としながら、母親は呪文のような言葉を低く唱え始めた――。


 次の瞬間。


 激しい炎を押し裂くように、一筋の突き抜けるような光が空へと放たれた。


 光が霧散すると同時に、夜空に猛烈な雷鳴が響き渡り、激しい大雨が降り注ぎ始めた。


 森を埋め尽くしていた業火が、大粒の雨によって一瞬にして消火されていく。


 雨で視界の遮られた森の中。


 全身を黒い外套で覆った数人の不気味な人影が、倒れた女の亡骸へと近づいてきた。


 黒づくめの集団は冷徹に亡骸を見下ろし、しばし低い声で会話を交わすと、そのうちの二人が母親の亡骸を持ち上げた。


 そして集団は、来た道をそのまま引き返すように、暗い森の奥へと消えていった。


 ――その光景を。


 集団が去っていった方向とは逆の茂みの中で、幼子は息を殺して見つめていた。


 幼子の顔は、雨なのか涙なのかも分からないほど濡れそぼっていた。


 大きな瞳を開いたまま、母が連れ去られていった森の闇をただじっと見つめている。


 幼子の純白だった心に、夜の闇よりもなお深く昏い色が浸食していき、その瞳に静かな影が落とされていく――。


 (世界は、どうしてこうも理不尽で、歪んでいるんだろう。)


 (自分たちが、一体何をしたというのだろう?)


 (ただ、母様と二人、静かに幸せに暮らしていただけだったのに。)


 (弱者を踏み台にする強者と、それを羨み踏みにじられるだけの愚かな弱者。)


 (ねえ、神様?)


 (あなたはすべての人に等しく、苦しむ人を救ってくれるんでしょう?)


 (なのに、どうして僕たちを助けてくれないの?)


 (僕は今、こんなにもあなたを求めているのに――)


 (ねえ、神様……?)



次章、 第一章 魔女への呼び声

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