辺境の子爵令嬢でしだが、妹と婚約者の悪事を知ったのでもう怖いものはありません。私の生活を脅かす方々は揃って敵です! 私の平穏ライフは誰にも止めさせない!
「ラナ! お前との婚約を破棄する!」
「はい、待っていました!」
「そして……はっ――?」
学園に通う貴族が集まる夜会。
そこで意気揚々と何かを言おうとした婚約者が、目を丸くする。
ちょっと可愛い。
けれど、やっている事と中身は最低最悪だ。
今すぐ毒で倒れてくれても一向に構わない。
他人を大切にしないのに、自分を大切にしろと言う。
ハーバート・マクマートリーとは、そういう男だ。
「婚約を……破棄するんだぞ?」
「えぇどうぞ。待っていましたわ!」
笑顔で返す。
その言葉を聞いて、婚約者の隣に立っていた私の妹も困惑している。
だいたい無理な話だったのだ。
転生者である私に、言いつけられた婚約に従い続ける事など出来はしない。
私が日本で生まれたのは年号が昭和の時だ。
これがもう少し前ならば、婚約を受け入れられたかもしれない。
親が決めた、誰かも分からない相手。
そんな人物と婚約なんて、その頃の日本ではかなり少なかった。
唯一、知り合いの子がある地区で有名な家だったから、近くの地区で顔が広く土地を多く持つ家の人と結婚させられていたけど、私には縁のない話でしかない。
だから私は――「喜んで婚約破棄を受け入れさせていただきますわ」
この世界での婚約に未恋などなかった。
婚約相手も貴族というだけはあって、顔は良くて、資産も悪くはない。
けれど、まだ大人になっていないとは言え、背が高い訳でもなければ、内面が良い訳でもなかった。
十五歳は子供だ。
そんな相手を私が追いかける必要が?
いいえ、ありませんわ。
「良いのか! 侯爵である私との婚約を蔑ろにして、貴様に今後はないと思えッ!」
急に焦りだした婚約相手……。
言い出したのはそちらだと言うのに、見苦しい。
もしかして『嫌ですわ。婚約破棄だなんて!』としがみつく女性が良かったのかしら。
例え知っていても、そんな演技はしてあげないのだけれど。
「構いませんでしてよ?」
なんたって――。
私には、その侯爵家が行っている悪事の証拠がある。
これを持っている限り、貴方より上に行くのは難しくはない。
それに、まだまだ他にもある。
「それでハーバート様は、私の妹と結婚されるのですか?」
私から提案してあげた。
「そうだ! お前みたいな奴より、アンジェラの方が可愛いくて、侯爵家の令嬢となるにふさわしいと判断したからな!」
「そうですか。良かったですね。これで、お父様やお母様も安心なされる事でしょう」
私に向けられていた周囲の視線が和らいだ。
こんな状況でも親の心配をする私を評価したのか、何にせよ有り難い。
「私なんかよりも、日頃より随分と仲良くされてましたものね」
「それが何だと言うんだ! お前と違ってアンジェラはいつだって僕のそばに居てくれる」
怒ったハーバートの腕に、アンジェラが自らの身体を近づける。
他の貴族の方々、主に学園の生徒たちも居る場で良くもまぁ。
はしたない。
貴族令嬢というものは、そんなにも品位がないのかしら。
同じ親から生まれた妹とは言え、悲しくなる。
「つまり、年から年中、抱きついて来る女性がお好みという事ですね?」
ようするにハーバートは、ショッピングモールなどのエスカレーターでくっついているカップルと同じ様な事をやりたいのでしょう。
それが駄目とは言いませんが、学園では良くないと思います。
「誰もそうは言っていない!」
ならもっと違う事を言って下さいよ……。
私の中で、彼らに対する興味が消え失せた。
話をするだけでも、面倒だ。
「何にせよ、お似合いだと思いますよ」色んな意味で。
この二人は、まだ互いに知らない。
隠し事は良くないというのに。
良い夫婦とは、隠し事がないか。
墓場まで持っていく秘密しかない筈だ。
けれど、この二人にそんな考えはないのだろう。
私に知られている時点で、墓場には持っていけないのだけれど。
「それでは、失礼させていただきます。後は皆様でごゆっくりとなされてください」
それでも勝ち誇っている妹が、私を見て微笑んでいた。
早く離れたい。
私の中には、もうそんな考えしか残っていなかった。
***
学園の中にある二つの塔。
その片方の最上部で私は一人、夜風に当たっていた。
両手でカメラの枠を作るように、人差し指と親指を動かす。
「本当に、綺麗な景色」
誰でも出入り出来る場所でも、他には誰も居ない。
帝都の街並みが綺麗に見えるのにもったいないぐらいだ。
この世界にはエレベーターがない。
だから此処に来る方法は、長い階段を上がるしかなかった。
貴族たちがそんな場所に足を運ぶ筈がない。
私だけの場所。
今までだって、誰にも邪魔された事がなかった。
――今日までは。
階段を上がって来る足音が、塔の内部で響いていた。
いったい誰が……。
もしかして、私を殺そうとする刺客が。
曲がりなりにも侯爵家だ。
怒ったら、それぐらいはするかもしれない。
ただし、婚約破棄した直後であれば怪しまれるのは当然。
あるとしても、まだ先だと思っていた。
長い髪を止めていたお手製の簪を外し、右手で握りしめる。
一矢報いてみせる。
ただでは死なない。
そして人影が塔の上に上がって来た。
月明かりに照らされ、遅れて姿を視認する。
夜空にとけ込む綺麗な黒髪が風で少し動かされ、碧い瞳が私を見返した。
優しく微笑み、近づいて来る。
芯のしっかりとした細身の男性。その顔がまだ幼く見えたのは、とても綺麗で優しそうだからだろうか。とても不思議な感覚なまま――私の右手にそっと手が添えられてしまった。
「大丈夫だから、下げてくれるかな」
どれだけ見惚れていたのか。
近づいて来る相手の動作に反応できず、慌てて息をする様に動き出した。
「申し訳ありません、ウィリアム殿下」
同じ学園に通う、ウィリアム・ヴィンラット殿下。
この帝国の、皇位継承権を持つお方だった。
私が慌てて距離を取ると、ウィリアム殿下が変わらず笑みを見せてくれる。
「髪が靡く姿がこんなにも綺麗だなんてね。いつもの君もしっかりしていて素敵だけど。これは、想定以上だったかな」
武器のように持つ簪をしまう事すらも忘れ、私は立ち尽くしていた。
記憶を思い出しても、私とウィリアム殿下の接点はない。
それなのに、どうして私の事?
私が知っているのは当たり前だ。
知らないなんて事を言ったら日にはどうなる事やら。
貴族会というのはそういうものだ。
立場が上の人間が偉大。
ハーバートの様な子に対しては、何も思わないけれど。
「ウィリアム殿下。この様な場所に、お一人でどうなされたのですか?」
「君が上がって行くのが見えたからね」
ますます意味が分からない。
つまり、私を追って来た!? 何の為に……。
何かしちゃった!? 今の私に皇族を相手にする隠し玉はない。
穏便に、穏便に……。
「それは申し訳ございません」
「どうして謝るの?」
「それは、殿下をこの様な場所に導いてしまったからです。階段も長かったかと思います」
「導いたって、良い言葉じゃないかな? それに良い運動だったよ。気にしないで」
そう言ってウィリアム殿下が、私の近くから帝都を眺め始めた。
「それに此処は、宮殿から眺めるよりも綺麗に見える」
此処から少し離れた場所に、大きな宮殿が光を放っている。
そこからの景色を私は知らない。
だから正確には分からないけど、宮殿も見える事が良いのだと思ってしまった。
こっちの方が、帝国の街並みという構図に、宮殿という目立つ建物が入ってくれる。
何もないただ光る街並みは確かに綺麗だ。
けれど、目の置き場が一つぐらいはあった方が良い。
「そんな景色を一緒に見られて、光栄でございます」
「僕の方が、後から来たんだ。寧ろ、お邪魔しちゃったかな」
「とんでもございません」
慌てて手を動かし、私は否定していた。
「なら良かった」
本当に、どうして来られたのか。
まさか、油断させて背中から私を一突きに……。
そうだよ。
殿下程の人なら、貴族の娘が一人消えたぐらい、どうにだって出来る……。
良から無ぬ考えが頭を過った最中――。
「ラナ・ウッドハウス」
名前を呼ばれ、心臓の鼓動が跳ね上がってしまう。
「はい……」
緊張の余り声が余り出ず、弱々しく答えた。
真剣な面持ちでウィリアム殿下が私と目を合わせる。
「君が知っている事、教えてはくれないだろうか?」
「何の事でしょうか……」
知っている事とは?
色々ありすぎて、何を差しているのかが分からない。
「全部だよ」
「全部ですか!? あっ、失礼いたしました」
驚いてしまった私は直ぐに謝っていた。
「もちろん、ただとは言わない」
「ウィリアム殿下。私はただの子爵家の人間です。私が知っている事など……」
「謙遜はいけないな。皇族に嘘をつくのかい?」
「いえ、とんでもございません」
もしかして知ってて来たの!?
そうだとしたら、もう言い逃れ出来ないのでは?
「何を……お聞きになりたいのですか?」
「さっきも言っただろ? 君の全てを知りたい」
「私の!?」
「あっ、いやっ。その、知っている事をという事だ。うん!」
殿下が少し焦っていた。
意外に抜けている所があるのかもしれない。
そんな失礼な事を思いながら、私は逃げられる筈もなくウィリアム殿下に連れらてしまった。
***
「その話、本当であるな?」
「はい。父上」
重苦しい空気が流れる。
此処は、宮殿にあるもっとも厳格な場所だ。
まさか入る日が来るなんて……。
例え貴族であっても、当主でもない限りは入る事はほとんどない。それが子爵の子ともなれば、更に機会が減ってしまう。
皇帝にお目通りしてもらうとはそういう事だ。
帰りたい……。
「しかし、それが本当かどうかは、そこに居る、ラナ・ウッドハウスの証言しかないな?」
「いえ、父上。証言以外にもう一つございます」
ウィリアム殿下が一枚の写真を差し出す。
「何だこれは……そなた、絵の才能があるのか!?」
この世界ではありえない、精密さで描写された物だ。
そんな物を見せられてしまえば、驚愕するのも無理はない。
私が静かに手を上げる。
「好きに話せ」
許可をいただき、私はゆっくりと話し始めた。
「お言葉ですが、私にその様な才はございません」
「だったらこれは何だ、見事としか言いようがない」
「お褒めいただきありがとうございます。それは写真という、魔法になります」
「何と、そなたは魔法を使えるのだな」
「はい。私がその時見ている光景を、そちらにあるように切り取って残す事が可能でございます」
「その様な事が……」
「父上、この場で証明したいと思うのですが、彼女に魔法を使わせてもよろしいでしょうか?」
えっ……? ぇええ!?
事前の打ち合わせにはなかった。
どういう事ですか、ウィリアム殿下!?
「それが良いな。そなたが見ていれば良いのだろ? だったら私と、此処にいる宰相を含めて頼めるか?」
断る事は出来そうにない……。
いま断ってしまえば、それこそ疑われてしまう。
しかし……良いのだろうか。
目を輝かせている皇帝が目に入る。
余り、その……厳格な感じはしない。
これを写真に収めたりして、別人ではないか!
などと怒られたりしないかな……。
隣に立っている宰相さんは、仏頂面だし……。
私、何かしちゃいました?
まだですよね?
いまなら未遂という事で、許して貰えませんかね……。
「分かりました……」
私は引き受けるのだった。
というか、他に選択肢がない。
「それでは、魔法を使わせていただきます」
ウィリアム殿下が先に立ち、私のそばに居てくれる。
きっと、私が怪しい事をしてるんじゃないかと、宰相に思われない為だと思う。
そんな素晴らしい気遣いが出来るのに、事前打ち合わせを無視した事はいただけない。
後でお小言を言って差し上げますわ。
「そのままでお待ち下さい」
両手を前に出して、人差し指と親指で四角い枠を作る。
――そのままスキルを使いたいと頭で考える。
それだけで、私の把握していない脳内に画像が保存されてしまう。
これを写真にする方法は、プリンターみたいに身体から出て来る訳ではない。
ただ保存されているものを選んで――写真に。
そう考えるだけで、私の目の前に自由な大きさの用紙が光り出て来る。
インクのズレもなければ、ありえないぐらいの高精度。
このレベルの物を買おうとしたら、プリンターと写真側の解像度がどれほど必要なのか。
考えただけでも怖いと思えてしまう。
「出来ました」
「見せよ」
ウィリアム殿下が持って行ってくれると思っていた。
けれど、写真を渡そうとするも拒まれてしまう。
えっ……、私が持って行くのですか?
これ以上近づいても、処罰されないんですよね?
されちゃったりしたら嫌ですよ?
嫌ですってか、終わりですよね?
全然受け取ってくれないウィリアム殿下が笑いをこらえていた。
何が面白いのか。
私は全然面白くない。
きっと私がすごい顔をしているに違いないけど、助けてくださります!?
「ほら、待ってるよ」
「……失礼いたします」
一歩一歩、ゆっくりと近づいた。
「どうぞ」
片言だったと思う。
それぐらい緊張した。
「これは凄い。確かに、真実である様だな。下がって良いぞ」
「はい」
逃げるように、元の位置に戻った。
「しかし、はぁぁ……」
まさかの皇帝のため息に、私はびくっとしてしまう。
「そなたの能力が真実と認める以上、先程の話は誠であるな」
「そういう事です父上。マクマートリー家は、帝国と戦争状態にある王国貴族と、内密に連絡を取っていました。それは許される事ではありません」
ウィリアム殿下が先ほど見せたのは。
マクマートリー侯爵様。つまりは、ハーバート・マクマートリーの父親である現当主が、帝国と戦争状態にある王国貴族。その使いの者と楽しそうにお話している写真だ。
ご丁寧に書簡と交換する形で、金貨が入った袋が手渡されている。
その袋の中が本当に金貨なのかって?
勿論、抜かりはない。
別のタイミングで、金貨が見える状態のものも写っている。
「そなたは、マクマートリー家と婚約していた時にこれを知った事になる。ならば、何故すぐに報告しなかった」
やはりそうなるのよね。
だから嫌だった。
けれど仕方ない。
「それは……その……」
「申せぬのか」
「父上、彼女にも事情が」
「それを申してみろと言っている」
本当に私が年相応の貴族の子なら、こんなの怖くて何も言えない。
私だって、頭が真っ白になりそうだった。
それでも喉を動かし、口を開く。
「私は、ハーバート・マクマートリー様と婚約していました。ですが、私には妹が居ます……」
「そうであったな」
「それで、その……あろうことか。妹とハーバート様が仲が良く」
「仲が良いとは、具体的に申してみろ」
「その……婚約を破棄する前から、二人は、男女の仲にございます。もちろん――それだけなら、思う所はあってもすぐに報告いたしたと思います。ですが……」
込み上げてくる怒りと悲しみを余り抑えず、言葉を発する。
「あろうことか! ハーバート様と妹は、私が毎日掃除して、綺麗にしている私の寝室で、その……いたしていたのです!」
その瞬間に、皇帝が手のひらで顔を隠した。
宰相も目が痛いのか、眉間に指を当てている。
「その事実を受け止めきれずに動揺してしまい、それから気づけば月日は流れ――」
「もう良い。そなたの状態は、私なりに理解したつもりだ」
「とんでもございません。この様な話をしてしまい、私の方こそ謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」
私は頭を下げた。
本当に、必要なければ話したくはない。
こんな話は胸にしまうが一番だ。
たまに愚痴を言いたくなるけど、我慢、我慢。
「もう下がって良い。案ずるな。そなたの事は、悪いようにはせぬ」
「有り難き幸せでございます。皇帝陛下」
「それじゃ、また後でね」
ウィリアム殿下の言葉を受け取り、私はその恐ろしい部屋を後にした。
***
「ウィリアムよ。あの娘は、本当にウッドハウス家の者なのだな?」
「間違いなくウッドハウス家の者です。私の方でも確認はしております」
「そうであるか」
もう少し息を吐いた皇帝が、椅子に身体を預け楽な姿勢にかわる。
「どうかされましたか?」
「あそこまで、しっかりと話す者はそうは居ない。本当に子供か……それとも」
「考えすぎですよ、父上。彼女は可愛らしい僕と同じ年の子供なんですから」
「ウィリアムよ。随分と気に入っているようだな」
「はい。それはもう、他国の王女との婚約を一瞬で蹴るぐらいには」
その言葉で皇帝が凍った。
文字通り動かず、遅れて口だけがカクカクと動き出す。
「ウィリアム? お主、まさかとは思うが……神聖国の王女とのお見合いを断った訳じゃ……なかろうな?」
「断りましたが、駄目でしたか?」
「駄目に決まっておろう! わしがどれだけ苦労したと思っておる! ウィリアム! お主が、髪は長くて清楚で、他者に優しく出来、民の為ならば泥水もすするような相手じゃないと嫌だと言うから。わしが直接会ってまで人柄を確かめてまで、組んだ縁談を……婚約を……蹴ったのか……」
「その点に関しては、大変心苦しく思います」
「……本当に思っておるのだな」
「もちろんですとも、父上」
先程の空気が嘘のようだった。
「ならば良い……だが」
皇帝がウィリアムを見て、釘を刺す。
「お主が、失恋するのは勝手だが、あの娘を敵には回すなよ」
「そこまで仰っしゃりますか?」
「私の代で、帝国を終わらせる訳にはいかないのだよ」
「ご安心を。私がラナと共に、帝国を繁栄させてみせます」
「馬鹿者。皇位を、お主に渡すとはまだ言っておらぬわ」
「そうでした。そちも頑張らせていただきます」
そんな会話を行い、ウィリアムが部屋から出て行く。
その聞いてはいけない会話を、私は離れた所から聞いているのでした。
まだ誰にも話していない私の能力。
――定点観測。
私が行った事のある場所。
それも直前に指定した一箇所に限り、目に見えないカメラを置ける。
右手で右目を抑えれば、右目と右耳だけがカメラと同期される。
だから宮殿から歩いて離れている最中も、私はそんな恐ろしい会話を聞いていたのだ。
「……私、ウィリアム殿下に狙われる!?」
いやいや、皇族の恋人なんて無理、無理。
私には荷が重い。
逃げよう。
逃げられる内に、そっと距離を取ろう。
うん、それが良いに違いない。
そして私は――平穏な学園生活を夢見るのでした。
***
「ラナ、今日の昼食だけど、一緒にどうかな?」
学園にて、ウィリアム殿下が私に迫る。
その理由は私だけが知っている。
周りから凄い注目を受けるも、ウィリアム殿下はまるで気にしていない。
「いえ、お昼は……」
そんな私が断ろうとした時だった。
「離して下さい――! 私が何をしたって言うのッ!」
暴れる女子生徒の声が聞こえて来る。
やがて廊下に兵士が見えたかと思えば、羽交い締めにされた女性の姿が見えた。
妹のアンジェラだ。
――目が合った。
「お姉様! 助けて下さい! おねぇ……」
アンジェラの視線が横に動き、ウィリアム殿下を見てしまう。
「お姉様ッ! まさか最初っから私を――! ハーバート様も騙していたのですねッ!」
全くの誤解も良い所だ。
「許さない! 絶対に許しませんわよっ! お姉様ッ! お姉様ッ――!」
アンジェラがそのまま連れて行かれる。
静かになった教室は、別の意味で視線が集まっていた。
「良かったのかい、何も言わなくて」
「何を伝えると言うのですか。何を言っても無駄だと、この十数年で分かりました」
「君も大変だったんだね。お昼どうかな?」
この流れで懲りずに聞いてくる。
これはもう、断っても無駄なのではないか。
そんな事を考えてしまう。
「ウィリアム殿下」
「何かな?」
「ハーバート・マクマートリー様は、どうなされたのですか?」
「私が目の前に居るのに、元婚約者の事を聞くとは……中々やるね」
そんなつもりはなかった。
けれど、ウィリアム殿下の悔しそうな顔が見れた。
普通に可愛くて良い。
写真を撮りたくなってしまう。
「彼も同じ様に、学園は去った筈だよ。これから事情を聞かれて、場合によっては投獄。運が良くても開拓地に飛ばされる筈だから、もう会う事はないんじゃないかな」
「そうですか。教えていただき、ありがとうございます」
「なら、そのお礼と言う事で、どうかな?」
三度目の正直なのか。
私は、承諾する事にした。
「是非、お願いします」
自然と生まれた笑みをウィリアム殿下に向け、私は席を立った。
先の事は私にも分かりません。
けれど、これからも。
気ままな人生を生きられるように――立ち回ってみようと思います。
2026/08/01日・お昼の更新
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本当にありがとうございます。




