小話 ある日の愛と罪
私はロアンソの家を訪れていた。特に目的はない。なんとなく、城にこもっていてもやることがないだけだ。今、城ではノストラが子供たちの指揮をとってくれている。……いつも私はそんなことをやっていないから、正直指揮はノストラの方が上手だ。もっと始祖として精進しなければ。そう思いつつ、ロアンソの家まで歩く。丈の高い草をかき分けて、町はずれの木造の家屋へと。
そうやってたどり着いた彼女の家は、いつもと変わりなかった。おそらく居るだろう。ドアについた窓から中を覗けば、靴が置かれている。いつも、ロアンソが履いているブーツだ。動きやすそうではない。が、丈夫だから愛用しているんだそうだ。
ロアンソに姿を見せる前に、やはり身なりは整えておきたいと思い、懐から手鏡を取り出した。うむ、やはり私は美しい。さっさっと黄金の髪を横にかき分け、顔に汚れなどが一切ついておらず、また、透き通るような肌艶が維持されていることを確かめる。服装も人間の店でしっかりと選び、浮かないようにした。準備は完了だろう。
「お〜い、ロアンソ。私が来たぞ。入れてくれないか?」
大声で彼女を呼ぶ。すると、家の奥の方から軽やかな足音が聞こえてきた。そして、扉が開かれる。軋む音を立てながら開いた扉の向こうには、いつもと変わらぬロアンソがいた。しかし、どうも今日はハンター服でないらしい。銀髪を後ろでまとめ、なんと言ったらいいのかよくわからない、こう…ふわふわっとした感じのシャツと、紺色のジーンズを履いていた。
「やあ、サンソン。入っていいよ。……服装、どうしたんだ?」
「私もそう言いたい。ロアンソも、なかなか似合っているではないか。」
「まあ、ね。いつもあんな服装だと、変に癖がついちゃうというか……。いや、私の服装はもういいとして、サンソン、君の服こそなんだ、その……街の裏路地で売られているような、色々じゃらじゃらついた服装は。いつもの君なら、もっとシンプルなコートとかだったろ?似合ってるけれども。」
私たちはお互いに困惑しながらも、まあ似合っているのでいいかという結論に達し、家に入った。いつものとおり、柑橘系の匂いが漂っている。しっかりと靴は脱いだ。
「にしても君、こんな遅い時間に尋ねてくるなんて、初めましての時以来じゃないか?泊まってく?」
「もちろん。ちゃんと家族には言ってきた。」
「じゃあ良いよ。泊めてあげる。いや、泊まっていけ。」
外はもうすっかり暗い。太陽はもう地平線の向こう側へと傾いている。紙一枚ほどの太陽の残火が、まだ窓から差し込んでいた。そろそろカンテラをつける時間かな、とロアンソは呟き、棚の上にあった油の入った瓶に火をつけた。部屋が少し明るくなる。
「……なんだか落ち着くな、ここは。」
「そう言ってくれて嬉しいよ。いつでも私は君を招いているからね。」
「ではいつでも来よう。私が会いたくなったら、すぐにロアンソのところへ行くぞ。」
夜は深くなっていく。日は完全に沈み、街はもう寝静まった。何もない静けさと、乾いた空気の涼しさとで、だんだんと体から力が抜けていく。ロアンソと一緒に床へ寝転がった。
「……知ってるか?東方の辺国からものすごく酸っぱい香辛料がやってきたらしい。その名も、デラスッパ。」
「もう少し名前なんとかならなかったのか。」
そう、くだらない会話を続けていた。時には、この暗闇に会話を任せることもあったが、全くもって苦痛ではなかった。むしろ、お互いの存在を感じ、自然と心は温まっていった。
「……そろそろ、寝た方がいいかもな。はい、起きろ起きろ。」
「わかった。では、おやすみ。」
「ん?何来客用の方へ向かおうとしてるんだ。君は私と一緒に寝るんだぞ?」
そろそろというので、ロアンソにおやすみを言った瞬間、私は突然の言葉に耳を疑った。聞き間違いか。いや、私の耳はとてもいい。一言一句違わず、人間の言葉は聞き取れる。なら、頭の方を疑うべきか。そう思考しているうちに、ロアンソの手が私を寝室へ引っ張っていった。
「待て。なぜだ。」
「嫌か?」
「断じて嫌ではない。」
「ならいいじゃないか。」
この胸の形容しがたいもやつきはなんだろう。今は考えても答えは出そうにないが、明日にはわかっていることだろう。手を引かれ、暗い寝室へと足を踏み入れる。どさりとロアンソはベッドに腰掛けた。とんとん、と自らの右横を叩き、私に座れっと言っている。そして、彼女は笑った。私も、笑った。彼女の横に座り、体を預けた。お互いの姿は、暗闇の中。だが、しっかりとそこにある。
「……夜は長いぞ。」
「付き合えって言ったのは私だろ?なら、私がダメでどうするんだよ。大丈夫、朝までずっと動ける体力はあるよ。いつもの仕事で鍛わったからね。」
少し語弊が生まれるような言い方だが……まあ間違ったことは言ってないか。吸血鬼ハンターたるもの、朝日が昇るまで全力で戦い続けるのはありふれたことだ。
夜は静かに過ぎていった。ただ、溶けていくような愛を見守りながら。




