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1.ソーサラー・スピードスペル

1.ソーサラー・スピードスペル


 クリーム色の空。乾いた風が鳴る。

 荒野で向かい合う、二人の男。ともにローブに身を包み、互いを魔法使いだと知っている。

 その一触即発の彼らの間には、大きく大きく——。


『ソーサラー・スピードスペル』


というタイトルのロゴが主張していた。


『ゲームを始める』


——


 ハナゲは、先日めでたく初めての彼女に振られたばかりの高校生だ。小金持ちで小太りな父親と、大きなお世話で主語の大きい話をする母親のいる実家で暮らし、本名は叶多といった。

 ハナゲとはあだ名である。由来を知った所で毒にも薬にもなるまい。そして、このユニークなあだ名を覚えておく必要もないのだった。覚えておくべきことは、他にある。


 今PC用VRデバイスとヘッドホンを装着し起動したのは、親友から慰め混じりに勧められた新作ゲームだった。ある程度のオススメポイントをプレゼンされた叶多が購入(オンラインストアにて二千円)を決意した決め手は、グラフィックでもサウンドでもストーリーでもなく、ひとえにその「詠唱システム」に惹かれたことだった。

 謳い文句はずばり「君だけの呪文を唱えよ」。

 詠唱とは?叶多は、ロマン、と答える。


『名前を入力してください』

 叶多はこのゲームにオンラインモードがあることを知らされていた。そういうゲームをプレイする時、叶多は決まってこのプレイヤーネームを入力するのだった。

『タナカ』

 キャラメイクも終える。タナカは色白でなよっちい見た目となったが、これは魔法使いに対する叶多の偏見から来たものである。このゲームにおいていわゆるジョブの概念は存在しない。プレイヤーの身分は魔法使い固定。ソーサラーとして、この地に降り立つ。

 舞台は、広大で豊かな自然で構成されたオープンワールド。ストーリーは、謎の黄砂で世界中が覆われたため、魔法使いの隠れ住む街から主人公、そしてその友であるマリスが解決に発つというものだった。

『マリス:どうやら、この黄砂は悪の魔たちの仕業らしい。私たちと同じく魔の力を持ちながら正しいことに使わない彼らの精神が……許せない。』

『タナカ:ああ。なんとかして、この空を晴らそう。』

 そこにいかにも西洋風の悪魔といった姿形の小さなクリーチャーが二匹飛び出してくる。

『インプ:シャーッ!』

『タナカ:悪の魔の手先だ……!もうこちらの動きを察知したのか……!?』

『マリス:戦闘するぞ。いけるか。』

『タナカ:ああ。もちろんだ。』

『タナカ・マリス:スピードスペル!!』

 画面に青い炎が走り、荒々しいBGMの流れる戦闘画面へと切り替わる。チュートリアルというわけだ。

『※行動を選択しましょう。』

『打撃

 魔法

 アイテム

 逃げる』

 敵の位置がやや遠い。キーボードをポチポチしてみると、三百六十度どの方向にでも移動しながら行動選択できるようだ。珍しい。チュートリアル故か、コマンドは「魔法」のみが選べるようになっていたのでこれを選択する。

『※魔法を使用するには、呪文を詠唱する必要があります。マイクの設定をオンにして、使用する魔法を選んでください。』

『"フレア"

 "ボルト"

 "アクア"

 戻る』

 こういうのは一番上を選んでおけばまず失敗しない。

『(詠唱)暁の揺らぎを、血潮の昂りを、束ねた灯籠よ——"フレア"』

 これが!

 眼前に表示されたその呪文を、叶多は静かに、熱を秘めて詠唱した。

「暁の揺らぎを、」

 文字は読まれると仄かに光っていった。

「血潮の昂りを、束ねた灯籠よ——"フレア"!」

『詠唱成功』

 ボウッ!

『187』

 ダメージが表示された。かと思うと、インプの一匹が消滅した。

『インプ を倒しました。』

 これが——魔法なのだ。詠唱なのだ。ロマンなのだ。自分の意のままに魔法を呼び起こし、それが出力される。叶多は感動に打ち震えた。余韻に浸るのに忙しくなければ、すぐさまレビューサイトに飛び、星五つを付けたい気分だった。

 一度、目を閉じた。ハマるなこれは……と。


 マリス(なんと詠唱はフルボイスだった、他のセリフは声などないのに)と共に冒険を進め、決戦の地である悪の魔たちの拠点に至った。気づけばここまでで四時間が経過していた。それほどボリュームがあったわけではなく、難易度もかなり易しめ。その割に時間を食ったのは、詠唱システムが楽しすぎていちいちノリノリで詠唱していたことが原因だった。親切にも用意されていた、「詠唱破棄」という名の詠唱を省略することが可能になる機能も当然のように無視していた。一応、詠唱破棄で魔法を発動すると30%のデバフがつくからという理由もあるにはあったが。

 叶多は、最初から使うことができた「フレア」「ボルト」「アクア」の三種下級魔法に加えいくつかの魔法を使いこなし、はて?自分はもしかすると魔法使いの才能があるのではないか?などと調子に乗る程度には楽しんでいた。

 とはいえ、徐々に難易度がキツくなってきたのも事実で、この山場を迎えるに当たって、先んじて手っ取り早く強くなっておきたいというのが本音だった。それが許されるのがゲームなのだから。

 叶多は辰巳に電話した。ゲームを勧めてきた張本人である。

 ゲームの感想などをかくかくしかじか。

「生き生きしてんな。それで?今どこまで進んでる?」

「悪魔の本拠地のとこ。」

「一回目?二回目?」

「え?一回目だと思う。」

「ああ、そっか。すまん。」

 ネタバレしてすまん、の意だ。

「チュートリアルのうちだな、そこは。」

「マジで!?」

 それは、まだまだこのゲームを楽しめることに対しての喜びだった。

「……でさ、そろそろ強くなる方面に舵を切っていきたいわけよ。なんかない?」

「まずオンラインでプレイするべきだな。」

「なんで?」

「そうしないと自分専用の魔法が手に入らない。あとはギルドに入った方が色々おいしい。レベルアップの効率が上がるとか。」

「それを先に言ってくれ。」

 おかしいと思った。聞いていた「自分専用の魔法」とやらがいっこうに出てこないのだから。

「なあ、今から……じゃなくて、後で一緒にできるか?八時ぐらいから。」

 時刻は午後六時。そろそろ夕飯の頃で、その後になる。辰巳の意見を聞きながらプレイしたかった。

「すまん。無理だ。」

「あー、なんかあったか?」

「まあな。」

「?なんだよ、言えばいいじゃないか、らしくない。」

「いや……彼女と。」

「……はあ!?」

 ヤツは知らぬ間に彼女を作り、仲睦まじく遊んでいたのだった!なんたること!叶多は別れてすぐ慰めてくれた、つい先日の辰巳の態度を思い出す。優しかった……しかし、今一度その表情を思い描いてみれば、どうだろうか。その微笑みの裏に何か隠れていやしなかったか。

 やつあたり、もしくは被害妄想だった。しかしどうしようもなかった。

「黙ってたのはすまん。今度——。」

「邪魔して悪かったな!うまくやれよ!」

 通話を終了し、脱力し、「ぶおー」という意味のない声と共にゲーミングチェアの背もたれに体重を預ける。

 ——ちくしょうめ。

 数分後、「ごはん」と親からメッセージ通知が来た。

 叶多は、俺は不貞腐れてるぞ、と誰かに示すためにも、なんらかの理由をつけて後にしたい気分だったが、部屋を出て階段を降りる以外にするべきことは存在しなかった。ドアを開けると、何かを揚げた匂いが、うっすらと二階まで漂ってきていた。


 誰しも腹が膨れれば多少機嫌が良くなる。叶多は気を取り直してオンラインモードでのプレイを試みた。

『特別ミッション:初めてオンラインモードでプレイする 達成』

『新たに魔法が解放されました。』

『※オンラインモードでは、対戦や協力、通話が楽しめます。』

『※なお、オンラインモードでは進化した魔法と下級魔法のみ詠唱破棄が可能です。』

 叶多は早速、ステータス画面からタナカの専用魔法を確認しにいった。

『アイテム

 話す

 ステータス

 フレンド・ギルド

 ヘルプ

 閉じる』

『タナカ

 マリス

 戻る』

『装備

 状態

 魔法

 戻る』

『"フレア"

 "ボルト"

 "アクア"

 "キュア"

 "ベノム"

 "ソリッド"

 "???"

 戻る』

 この"???"がそれか。選択すると、甲高い効果音と共にその真名が現れた。

『"メモリー"』

『メモリー:中級魔法 攻撃系 晩成型 直前に受けた攻撃に応じてダメージを与える

 (詠唱)悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"』

「メモリー……。」

 いずれ訪れる涙は、血は、恋は、希望は、そして奇跡は、元を辿ればこの時から既に。

 覚えておくべきこと。叶多は、これから始まる物語の主人公であった。

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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