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おにぎり×実の父母

 お礼やら何やらと言って大量の物を押し付けられる。

 おそらく店などがほとんどない場所のためすぐにそれらしいものの用意が出来なかったからか、日用品などが多く、少し不思議なお礼の品である。


「……随分と感謝されてましたね」

「まぁ、一応命の恩人ってことになるからな……。あまり慣れていないけど、感謝を受け取らないというのもな……あー、なんかいるか?」

「……いえ、兄さんが使えばいいと思います。あの荷物の量だと、消耗品は持ってきてないのでしょう。ここでの買い物は、この集落全体で必要なものを注文して、隔週で届けてもらうという形になってます。郵便もその時に同時に届きます」

「えっ、店とかないのか?」

「はい。自分で高い配達料を払わない限りは、その隔週おきのトラック待ちになりますね。通販で買えるものなら持ってきてもらえるので不足はしませんが、ちゃんと計画を立てて必要なものを注文しないと困ったことになります」


 思ったよりも陸の孤島だな。……まぁ、世界で一番迷宮が多い地域ということで人がみんな逃げ、ほとんどいなくなった状況を考えれば当然か。


 それにしても思ったよりもマトモに話してくれるな。と思っていると、初は冷めた目で見透かしたような言葉を発する。


「……私にはやるべきことがあります。そのためには多少の不愉快ぐらいは受け入れようという覚悟があります。成すべき役目のために、不快な兄ぐらいは受け入れましょう」

「……そりゃ、ご立派で。……その役目ってなんだ?」


 役目などと中学生やそこらの子供が口にする言葉ではないだろうと思って尋ねると、初は首を横に振る。


「答えません」

「……一応、親戚に身辺の報告義務があるんだけど」

「適当に書いていたらいいです」

「まぁ別にいいけど……。その役目ってここにいないと無理なのか?」

「答えません」

「はいはい……。まぁそうじゃなかったら素直に引っ越すよな」


 話しが出来ないわけではない……が、明らかに「俺が生きていく上で問題がない」程度の情報しか渡さないつもりであるらしい。


 敵意はあるが最低限は呉越同舟ということだろう。

 居心地悪いし、ウドに泊めてもらった方がよかっただろうか……そちらは歓迎されそうだしな。


「まぁ、俺のようなボンクラには分からないご立派な考えがお初さんにはおありってことだな」

「……嫌味ですか?」

「いや、単に事実だ。俺は見ての通り育ちも良くないしな。あー、家事の取り決めとかどうする?」

「自分のことは自分でやってください。共有スペースは気がついた方がする。問題が生じれば都度話し合い」

「はいよ。お初さんに従います」

「嫌味ですね」

「入ってはいけない場所とかあるか?」

「私の部屋には入らないでください」


 了解と、示すと初は少し俺の方を見る。


「……まず、私はあなたが嫌いです。それは私の個人的な理由が起因しています。あなたが善人であることはミナミさんの反応で何となく察しました。が、善人であろうと親切であろうと、関係なく私は私の感情によって貴方を嫌っています」

「…….お前、案外性格いいな」

「嫌味ですか?」

「いや、そうじゃなくて……俺を責めたり俺のせいにしたりしないからな。俺の振る舞いは完璧じゃなかっからそこに文句付けてもいいし、昼に来ると言っていたのに夜になったことを理由にしてもいい、そうでなくとも俺たちの父母の話で何とでも言えるのにな」


 初が眉を顰めながら俺の前を歩いていく。


「……まぁ、なんとなく仲良くなれる気はする。よろしくな、初」

「……嫌いだと言いました」

「俺の方は別に嫌いじゃないからなぁ。べっぴんさんの妹が出来て嬉しい限りだ」

「ふん。ここは……元々父が書斎や研究のまとめに使っていた部屋です。入るなとは言いませんが、貴重な資料があるので持ち出しや飲食は控えてください。あと、パソコンもネットに繋がっていませんが、ネットに繋げるようなことはやめてください」


 ああ、研究のことがあるからか。中学生にしてはしっかりしているな。などと思いながら、風呂やトイレ、最後に自室に案内される。いくつかのダンボールが置かれただけの部屋だ。


「……ベッドは、父の部屋から移動させてもいいですよ」

「いや、別にいい」

「……まぁ何でもいいですけど、移動させるなら今のうちですよ? お風呂に入ってから汗をかきたくないので」


 運ぶの手伝ってくれるつもりだったのかぁ……。

 礼だけ言って自室に入り、適当にもらった日用品などを置き、ダンボールを開けて、すぐに使うものだけを部屋の端に転がして床に転がる。


「あー、疲れた」


 と俺が口にしていると扉越しに声がかけられる。


「兄さん、好きな食べ物はなんですか。というか、お夕飯は食べましたか?」


 好きな食べ物を作ってくれるのか……。いや、ありがたいんだけどな。こう、とてつもなく嫌われているのが間違いないだけに微妙な気分だ。


「……どうかしましたか?」

「いや、あー、そうだな」


 好きな食べ物なんて言われても……コンビニ弁当しか食わないので困る。不意に小学校の時のことを思い出して口が開く。


「……おにぎり」

「……おにぎり? はぁ……まぁ、それならいいですけど」


 生来お人好しなのか、それとも父の影響なのか。

 まぁ……親父は俺の母に騙されるような人だったからな……似ているのだろう。


 どうにも気分が落ち込む。嫌われているし態度は悪いが、いい人なんだよな。

 育ちの違いを感じるというか……不意にポケットの中に昼間もらった音楽プレーヤーが入っている事を思い出し、それを聞く。


 歌っているのはおそらく山本ではない別の人だろう。少し古臭さが感じられるが、どこか今の俺と似たような焦燥が感じられる。


 ……あー、本当にあのおっさんは天才だな。と一人頷いていると扉がノックされて「入りますよ」と初が入ってくる。


「夕飯が出来たので、降りてきてください」

「ん、ああ、ありがとう。……というか、夕飯作ってくれるんだな」

「二人別々に作っていたら手間ですし、邪魔です。一人分も二人分も労力はほとんど変わりません」


 いや……うん……まぁそうなのかもしれないが嫌いな相手に……と思っていると机には二つ分の料理が並べられていた。


 一緒に食うのか……。ちょっと初の言う「嫌い」の意味がよく分からなくなってきたな……というか、もしかしてこれは一種の天然というやつなのか?


 肉じゃがと味噌汁と焼き魚、それに白米が俺の分だけおにぎりになっている。


「……豪勢だな」

「普通だと思いますけど」


 席に着いて、初が「いただきます」と言って自分の分を食べていくのを見ながら座っていると、初は首を傾げて俺を見た。


「食べないんですか?」

「あ、あー、後で食べる」

「……別に毒は盛ってませんよ。嫌いでも」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「洗い物もお風呂に入る前にしたいので早く食べてください」


 洗い物もしてくれるのか……。と思いつつ箸を持って肉じゃがを摘むと初は「あっ」と察したような表情をする。


「……あー、悪い」

「いえ、別にお箸の使い方が下手というぐらいで気を悪くしません。……ほら、こうやって待つんです」


 教えてくれるのか……と思っていると、机に身を乗り出した初の手が俺の手と箸を触れた。

 ほっそりとした器用そうな白い指先が無骨な俺の指に触れて、細かく俺の箸の持ち方を矯正していく。


「こうです。出来ますか?」

「……難しい」

「全く、慣れたらこっちの方が楽ですよ。お箸の持ち方を見られたくないぐらい気にしているなら、ちゃんと直すべきです」

「……人と食事をすることになるとは思ってなかったから」


 初は呆れたように俺を見て、自分の食事に戻る。


「……親に教えてもらわなかったんですか。これぐらい」

「……まぁ」


 俺がそう答えると、初はほんの少し困ったような表情を浮かべる。


「……お母さんいたんですよね? 実の父親も」

「いや、母はほとんど家にはいなかったし、実の父親は顔も知らない」


 初は俺から少し目を逸らしてから「お箸の持ち方、崩れてます」と口にした。

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