制服×お願い
善悪と好悪は違う。けれども人は善いものが好きで、悪しきものは嫌いで、好きなものは善いと思い、嫌いなものは悪しく思う。
ならば何故、好き嫌いと善し悪しというように言葉が分かれたのか。
西郷 初という少女を見て、長年の疑問が少し崩れる。きっと、嫌いなまま善いところを見れるような人がいるのだろう。
春の夜、あと捨てられた都市に桜は舞わない。朽ちたアスファルトとコンクリートの森に木が立ち並び始めて草が敷かれている荒廃と進展の気配。
「はあ……いい子だなぁ。嫌われているけど」
吐いたため息は自室の壁にぶつかって、自分に返ってくる。
モヤモヤとした感覚が抜けない。箸を持っていた左手が、いつも使わないような筋肉を使って疲れているからだろうか。
それとも……ああ、嫉妬しているからだろう。親に愛されて……綺麗な食事姿の初に。
疲れているのに、今日は上手く寝れそうにない。
◇◆◇◆◇◆◇
「ヨクさーん、おはよーございますっ!」
朝、目が覚めて顔を洗って鏡を見るとひとりの少女が鏡に映った。初ではない。
より小柄……というか幼く華奢な少女、ミナはぴょこぴょこと跳ねて俺の背中に張り付く。
「おう……おはよう」
「なんでここに? って思わないですか?」
ミナが尋ねてほしそうにしているのを察して鏡越しに尋ねる。
「……なんでここに?」
「むふふー、それはですね。ヨクさんに学校の案内をすると約束したからです」
それは家にいる理由となっているのだろうかと思ったが、家主は初なので文句は言えないか。別に不快というわけでもないしな。
「……ああ、うん、なるほど?」
「してヨクさん、何か私を見て気がつきません?」
ミナは俺に見せるように手を広げる。
「……あ、制服あるんだな。小学生なのに。可愛いな」
「えへへ、ありがとうございます」
なんか今の会話全部誘導されたものだったなぁ。などと思いながら、再び背中に張り付いてくるミナの頭を軽く撫でる。
「昨日は怒られなかったか?」
「めちゃくちゃ怒られました……。でも、わたしは悪くないんです……。変な音楽が聞こえたかと思ったら、いつのまにか迷宮にいて」
「そりゃ災難だったな」
「あっ、信じていないですね」
そりゃ……まぁそんな荒唐無稽な。そう思ったが、一応スキルというものがあるので全くあり得ないというものではないか。
張り付いているミナをそのままおんぶをしてリビングに向かうと既に朝食が準備されているのが見えた。
「……おはようございます。兄さん」
「あー、おはよう。悪いな。……交代で作るか?」
「作れるんですか?」
「まぁ……ネットとか見ながら」
「今月は注文を忘れてしまっていたせいでギリギリの量しか食料がないので、私が作ります」
ああ、食材を無駄にすると思われたのか。
忘れていたのは……父の死があったからだろう。あまりよりかかるのは良くないと思うが……かと言って俺が変に動くと気苦労を与えるかもしれない。
どうしたものかと考えながら座ると隣にミナが座ってじっと俺を見つめる。手で箸を持とうとして、誤魔化すようにコップを持って中のお茶を飲む。
「……あー、ちょっと部屋に忘れ物をしたから取ってくる」
そう言って立ち上がって上に行き、自室に入ろうとしたところ間違えて別の部屋に入ってしまった。確か父の書斎らしい部屋だ。
入ったときに風が動いたからか机の上に置かれていた紙をまとめたファインダーが床に落ちる。
それを戻そうと手に取ると少し興味のある単語が目に入って思わず目を落とす。
迷宮の正体についてのものだ。
「この迷宮内を構成する物質は適切ではない。使われている物質は地球では数少なく、より向いている物質は地球上に多くある。地球で作られたものではない。宇宙あるいは異世界と呼称するのが相応しいところで作られたのだろう。」
少し飛躍があるような気もするが、あり得ないと言えるものではないと思っていると少し字が感情的に乱れたものが目に入る。
「迷宮は自然現象ではない。理屈がある。理由がある。理解しなければならない。」
荒くなっていくペンの跡、文字は少しずつ引いてある横線からズレて大きく勢いのあるものに変わっていく。
「無理が通れば道理が引っ込むというのならば、その言葉こそが道理なのだ。無理の理を読み解き道を敷くのが私の職務である。」
そんな表記のあと、今度は急に冷めたかのような繊細で丁寧な文字へと変わる。
「この手記はきっと書きかけで終わるだろう。私の娘である初が見てしまうだろう。だがあえて、初以外のものが見た場合の場合を考えて書き残しておこうと思う。きっと初は私の遺志を継ごうと考えるだろう。何を言っても変わらないほど頑固な子だ。だからもし、この手記を目にした誰かがいるのならば、無理を承知でお願いしたい。身勝手な願いだ。娘を助けてやってほしい。」
無理を承知……ね。まぁ俺も俺の人生があるわけだし、そんな頼みを聞いても無理に決まっている。
スッとその紙を縛っているファインダーを解いてその頼みの部分だけを抜き取ってポケットに突っ込む。
ポケットの中でぐしゃぐしゃに潰れて、手の汗が吸い取られていく。窓を開けて深くため息を外に逃していると、後ろからトンと足音が聞こえる。
「あの、窓を開けていると虫が入ってくるので閉めてもらってもいいですか?」
「ん、ああ、悪い」
窓を閉めながら振り返ると、少女らしい可愛い制服にキッチリと身を包んだ初の姿が目に入る。制服姿の初に見惚れていると、初は不思議そうに首を傾げて「降りないんですか?」と尋ねる。
「ああ、あとで行く」
「……別に構いませんが、朝食が冷めますよ?」
初はそう言ったあと「ミナミちゃんは別の部屋にいてもらいますから」と続ける。
俺が少し驚いた表情をすると初は俺の目を見てため息を吐く。
「食事を見られるのが嫌なんですよね?」
「……そんなこと言ったか?」
「昨日、気にしているようでしたから。今も必要なく抜け出してましたし、それぐらい察します」
「……嫌いな奴が嫌がるところを見たいとか思わないのか?」
「そこまで意地が悪くありませんよ」
意地が悪いというか……普通のことだと思うけどな。それぐらいのことは。
「……まぁ、正直ありがたい」
「そう思うならお行儀よくご飯を食べたらいいだけですよ」
「……おう。なんか悪いな、嫌いな奴の世話なんてさせて。というか……そもそも一応は世話をしにきたんだが」
「気にしてませんよ」
階段を降りていく初を見て、ポケットの中の親父の手記の一部……いや、俺への手紙の存在が強く浮かぶ。
……まぁ、遺言ぐらいは聞いてやるか。




