ツツ×信頼
「中層に続く道を探すって言っても、だだっ広いこの場所でアテもなくってのは……」
「全くアテがないってわけでもないぞ。死体を隠すつもりなんだから他の受験生や試験官が通るようなところにはないはずだ。加えてパッと見で見つかるような場所ではないだろうし、迷宮は攻略されたがっているだろうからそれほど無茶ではないはずだ。引き返したりはしない限り早々には出会わないだろうし……」
そう口にしながらツツの方に視線を向ける。
変な奴ではあるが女の子なので不安がっているかと思うと真剣に地図を見て考えていた。
変な奴。と言ってしまえばそれまでだが、人がおかしい奴なのにはそれなりの理由があるだろう。俺の場合はやけっぱちになっていた期間が人生の大半を占めていたことによってこの性格が形成されているし、初が変わった子なのは辺境の田舎で研究者の父と暮らしていたからだ。
ならツツは……と考える。
ツツの特徴を挙げるのならば、それは「物怖じしない」ことだろう。
この若さで探索者の試験に挑むことや他人の俺に声を掛けたこと、あるいは初めての試験で緊張や気負いもなく結果を出せる性格。
その胆力と呼ぶだろうものが、ツツの性格の根幹にる。
だからこそこんな状況下で冷静なのだろう。
星野も怯えてこそいないが明らかに落ち着きはなく今にも突っ走りそうな雰囲気を覗かせており、ツツの様子とは明らかに違う。
明確に感じさせられる場慣れした空気。何度か似たような目に遭っていたのかもしれない。
アイツらの狙いはツツ……土田月で間違いないだろう。
……何故狙われているかとか、何者かとか、聞きたいことはいくらでも湧いて出てくるが今はそれどころではないだろう。
ポケットの中に手を突っ込んでビー玉を指先で触ることで冷静になりながら二人に目を向ける。
「何か意見……というと少し違うか。案があるか?」
「ん、あーそうだね。多分相手もしらみ潰しに探索しながらだと思うから時間の余裕はあると思う。だから袋小路の奥に向かうよりもゆっくり探していった方がいいと思うかな」
俺は「確かに」と納得するが星野はその案には乗り気ではないのか軽く眉を顰める。
「……もしも遭遇したら銃相手に戦うことになるんだぞ、万が一があるかもしれないから早く奥に向かうべきだと思う。接敵を後回しに出来れば魔物と遭遇が重なって銃弾を使い切ってくれるかもしれない」
「いや……ここの魔物はそんなに強そうじゃなかったからな音が響くことも考えて銃は温存するだろうし、それに中層に潜るつもりなら装備はしっかりあるだろうな」
「……それもそうか」
落ち着きがない……と、感じる。
それも当然であるし、むしろ命の危機に対してこの反応ならば落ち着きすぎというぐらいではあるが、もう少し余裕を持っていた方がいいのは間違いないだろう。
何か小粋な会話でもして和ませられないかと考えてジッと星野を見る。
「……何だよ」
「妹って可愛いよな」
「……は?」
「妹はとてもかわいい。俺は常々そう思うわけだ」
「……お、おう。そっすね」
「そんな可愛い妹ともう一度会うために、俺は生きて帰る必要がある。星野、お前は?」
星野は若干引きながらも俺の意思は伝わったのか軽く頭を押さえて髪の毛を掻き上げる。
「……あー、実は今日までなんだ、ハンバーガーのクーポン。それに今月楽しみにしてた漫画が発売される」
「ツツは?」
「えっ、あ、んー……来週友達の誕生日だから、プレゼントを買いに行かないとかな」
三人揃って大したことを言っていないことに顔を見合わせて苦笑し合う。それからもう一度目を合わせる。
星野はトゲトゲしかった空気感を少し和らげて俺を見る。
「んじゃ、帰ったらヨクの妹も連れてバーガー屋で飯食って月の友達の誕生日プレゼントでも見に行くか。奢るぞ、クーポンがあるからな」
「……もしかして星野、俺の妹を狙ってんじゃないだろうな。ぶん殴るぞ」
「急に何でキレてるの……? えっ、こわ……」
「今のは星野くんが悪いよ」
「えっ、そうなのか? 嘘だろ……」
ツツは星野の反応を見てイタズラにクスクス笑い、それから近くの岩陰に目を向けて脚を止める。
「……あれ」
ツツがスカートなのにも関わらずしゃがみ込んで指先に何かをなぞる。
「ヨクくん、ここだけ泥が残ってた。試験官の靴の泥に関しては全く見てなかったから分からないんだけど、この泥と一緒っぽい?」
ツツの方に向かって膝を付きながら覗き込むと、色合いは確かに似ているように見えた。遠目だったことやその時は不思議に思っていた程度だったので確証とまではいかないが……。
「……多分同じだと思う」
「じゃあここが出入り口かな? いや、泥だらけの靴からしたらあんまり泥が落ちてない方かな」
「この岩、腰を下ろすのにちょうど良さそうな大きさをしてるな。……ここで休憩した時に落としたって感じだと思う」
「……じゃあ通り道ってところかな。奥の方が複雑だからあまり特定の材料には出来なさそうだけど、少なくとも引き返す必要はなさそうだね」
俺とツツが軽く頷くと星野も覗き込む。
「つまり、この泥が落ちてる方に中層への入り口があるってことか」
「まぁそうだろうけど……他に近くには落ちていないし単に辿って行けばいいってわけではなさそうかな」
だとしてもかなり有力な手掛かりだ。
地図を再び広げていると、ザリッという足音が背後から聞こえる。
隙にならないように半身だけ振り返ると、そこには白っぽい色をした触覚の長い昆虫のような生き物がいた。
「……デカい虫だな」
「ヨクは下がって武器返せ。俺がやる」
「いや、俺がやる。魔物の死体が見つかったら困るだろ」
俺のスキル【英雄徒労の遅延行為】は相手を一切傷つけることなく足止めが出来る。
不便極まりないスキルではあるが……今は役に立つ。飛びかかってくる虫を全力でサッカーボールを蹴り飛ばすように脚をぶつけると思いっきり吹っ飛んで壁にぶつかって鎖によって貼り付けになる。
「よし、そんなに保たないからサッサと行くぞ」
「……ヨク、そんなに動いて肩大丈夫かよ」
「めっちゃ痛い」
「痛いのかよ。なら止めとけよ……。帰ったら手当てしないとな」
星野は俺の肩を見てから一瞬だけツツの生脚の方に目を向ける。こいつ……さてはそんなに心配してねえな。いや、まぁ思いっきり魔物を蹴り飛ばしているから当然ではあるけど。
「手当てか……星野は病院も奢ってくれるか?」
「……クーポン使えるかなぁ」
「使えねえよ。クーポンへの謎の信頼やめろ」
時間が経ってアドレナリンが収まってきたのかじくりじくりと痛みが強くなっていく。……新子の血は切り札として取っておいた方がいいと分かっているが、痛みから逃げたくなってくるな。
ポケットの中に手を突っ込んでビー玉を撫でて痛みを誤魔化しながら歩いていく。




