優しさ×駆け落ち
というか、初もウドも緊張感が足りていなさすぎだ。
一応、今はヤバい連中に襲われているという状況なんだが……。
真剣に話そうかと考えて、初の小さな手と俺の手が繋がったままのことに気がつく。小さくため息を吐いて、ウドに言う。
「……俺に妹ってものを教えてくれないか?」
「よしきた!」
俺から頼んでおいてなんだが、引き受けないで欲しかったな。
「……まぁ、飯を食いながら話すか。保存食も大量にあるしな。ウドはもう食ったか?」
「ああ、俺の家はミナに合わせてるから早くてな。……夜食にもらっていいか? うちの飯ってヘルシー嗜好だからなんか物足りないんだよな」
「もちろんいいですけど、多分そんなに美味しくないですよ?」
「ひとりだけ食ってないのはなんか寂しいし」
三人で保存庫に入り、初は近くにあったレトルトカレーと保存パック入りのご飯を手に取り、俺も初と同じものを手に取る。
ウドは何も考えていない顔でどれにしようかと選んでいる。……いや、本当にここのこととか質問しないんだな。
助かりはするが……と思っていると、初は紙皿を手に取りながら「先に温めて来ますね」と口にする。
確か隣の休憩室に電子レンジがあったからそれを使うのだろう。
確か、休憩室にソファはあったけど二人がけだったな。研究室の椅子でも運ぶかと考えて廊下に出ようとすると、ウドが缶詰と水を手に取りながら俺の方に目を向ける。
「ヨク、ちょっといいか?」
「妹の話なら後にして欲しいんだが……」
「いや、そうじゃなくてな。……俺を巻き込んだとか、そういうことは気にするなよ。いや、正直なところ展開についていけてないから、偉そうにああだこうだと言えないんだが……」
ウドはゆっくりと軽く笑い飛ばすような邪気のない笑みを浮かべる。
「なんというか、お前はここに来たばっかだし、お前が何かやらかしてこうなったってわけじゃないことは分かってるからな。何よりお前はいい奴だ。何も分かってないが、お前は悪くないってことは分かっているから、あんま気負うなよ」
「……悪い。ありがと」
俺の言葉を聞いたウドはトンと俺の頭に缶詰めを乗せる。
「気にすんなって、未来の弟だ」
そう言いながらウドはもう一つ俺の頭に缶詰めを乗せる。
「いや……弟ではないけどな」
「俺の妹の男性観を狂わせた責任取れよ。マジで王子様が助けに来てくれたぐらいに思ってるからな」
もう一つ俺の頭に缶詰めを重ねる。
「……あの、ウド、何してんの? 俺の頭に缶詰め乗せて」
「いや、なんか楽しくなってきて」
「やめろ。落として床に傷が入ったらどうするんだよ。初のものなのに」
俺は頭の上に乗っている缶詰めを手に取り、ウドに押し付ける。
「まぁ、何にせよ、俺の方はそんなに気にせずにいていいからな」
「……お前、案外優しいな」
「知らなかったのか? そうだぞ」
「……おう」
理不尽に巻き込まれたこの状況で自分を後回しにしていいというのはお人好しにも程があるが……自分を「優しい」と堂々と言われるとなんかアレだな……。いや、まあ実際優しいんだが。
「ヨクが俺を巻き込んだっての嘘じゃないけど、あの状況からなら普通に引き返せたのに突っ込むのを選んだのは俺だしな」
「感謝してる」
「おう。よし、これももらおうかな」
「ああ、俺は椅子を取りに行ってくる」
缶詰めを選んでいるウドを置いて研究室に入り、中の椅子を持って廊下に出ると丁度ウドも廊下に出て来たので一緒に休憩室に戻る。
「あ、兄さん、椅子持ってきてくれたんですね」
「ああ……平気か?」
震えていた様子を思い出して尋ねると、初は少し顔を俯かせながら電子レンジからパックご飯を取り出す。
「……平気です。兄さんが守ってくれますから」
……今回はウドを頼ったし、あまり頷くことが出来ない。三対一という状況もあり、下手に戦って柳下を倒してしまうと部下のふたりが初を人質にしかねないと考え、倒した方が危険だと判断したが……どちらにせよ綱渡りのような手を取ったのは間違いない。
そんなことで初を守ったと大きな声で会えるはずもない。そう考えていると、初は控えめに笑いかける。
「兄さんは、平気ですか?」
「俺? いや……怪我とかはしてないけど……」
まさか自分が心配されると思っておらず頬を掻くと、ウドが膝で俺の腕をつつく。
「仲良いな」
「……おう」
あまり先程の初の話は真剣にしていないというか……多分恋愛的なアレではないと思ってくれているようだ。
ウドが変なところで常識的で助かったな……。流石に世間体とかそう考えて、はぁ……と深く息を吐く。
「……あー、飯でも食うか」
今は世間体のことを考えている場合ではない。いざとなれば居直って堂々としていればいいのだ。
レンジで温めたご飯とカレーを紙皿に盛って、使い捨てのスプーンを添えて缶詰めを開ける。
「それで、これからどうしますか?」
「んー、まぁ、いっそのこと助けがくる時間になるまでここに引きこもってもいいと思う。一度ウドは家族に連絡する方がいいかもしれないが」
「引きこもる……ですか」
「どうせ明日も明後日も学校は休みだしな。ウドはどうなんだ? 高校卒業して大学もないここにいるってことは仕事とかしてるだろ? 土日休みじゃないのか?」
俺がそう言うと、割り箸を持っていたウドの手が止まる。
「……ウド?」
「なぁ、ヨク。こんなところに職場なんかあるわけないだろ」
「……ウド?」
「ミナを置いて外に働きに出れるわけもないだろ?」
「……ウド?」
「悪いのは世界だ。俺じゃねえ」
「ウド……」
そうか、無職なのか。うん……いや、俺も近い未来に同じように妹が心配で無職になりそうなのでよく分かる。
「……まぁ、ほら、俺も一年後は多分似たような無職になるから、変な風には思わねえよ」
「ヨク……! やっぱりお前は同士だ!」
ウドが俺の手をガッと掴んでブンブンと腕を振ると、初は少し冷めた目で俺達を見ていた。
「……いや、狩屋さんは働いた方がいいと思いますよ? ずっとそのままではいられないですし、最近はネットさえ繋がっていれば在宅で出来る仕事もあるそうですし」
「……はい」
「……俺もなんか在宅で出来る仕事探そうかなぁ。大学受験しないんだったら時間も余るし」
「兄さんは私の手伝いをするんですからそんなことを気にしなくてもいいですよ。お父さんの遺産もあるので」
妹のヒモはキツいだろ……。いや、現状の生活は妹に頼りきっているヒモ状態だけど……,
「いっそ、初が卒業したらふたりで別の場所に行くのもありかと思うけどな。この人造迷宮には他の場所からでも来られるし、迷宮に近くて仕事の多い場所もあるにはあるから初が研究しながら俺が普通に働くというのも出来る。俺達が兄妹と知らないところに行くのも都合がいいしな」
「……それは、その、ふたりで駆け落ちってことですか?」
「いや……そういうわけでは……。いや、でも親戚に知られると初の研究も中卒も俺とふたりで暮らすのも反対されるだろうしな……。駆け落ちということになるのか」
……妹と駆け落ちするって色々とマズい気がする。カレーにも手を付けずに悩んでいると、初が小さく首を横に振る。
「でも……やっぱり、私はあの家が大切ですから。人生のほとんどをあそこで過ごして、あそこで笑って、あそこで泣いて、お父さんもお母さんも、たくさんたくさん……あそこで一緒にいました。あの家は、とても大切なので……捨てたくはないです」
「……じゃあ、まぁ普通に在宅で出来る仕事を探すか、研究のためも含めて迷宮に潜るかするべきか。持ち家だから家賃もかからないしな」
駆け落ち案は却下である。と俺が思っていると、初は俺の方に小さく身を寄せて腕同士を触れ合わせながら甘えるような声を出す。
「えへへ、でも……兄さんと駆け落ちをするのはロマンチックで少し憧れます」
「……おう」
「ふたりの世界に入らないでくれ……。というか、なんかガチ感ない?」
だってガチだし……。初はもう少し隠そうとしてくれ……。いや、初としてはバレても問題ないのか。
むしろ外堀を埋めにきているような気がしてきた。




