第47話 終わりの予感
「それで、クレアはどうしてこんな所に居るのさ。王都で遊んでてって言ったじゃん」
「遊ん…わたしがどこで何していても、それはわたしの勝手じゃない」
クレアの治癒魔法のお陰で痛みは殆ど引いている。肉体の損傷も服に染みた血痕に反して全く問題ない。これ洗ったら落ちるかな…買ったばかりの白衣なのに。これじゃ格好がつかない。新しいのを買うべきだろうか…出費が嵩むな…
まぁ、今回の依頼の報酬さえ貰えれば懐にも余裕が出来る。死にかけたらしいし多少吹っ掛けてやろうか。クリンの事だから少しくらいなら分け前を増やしてくれるかも…あ
「急ぐよクレア。このままだと依頼失敗だ」
すっかり忘れていた。万が一ナイトビーがクリン達の方へ向かっていた場合、いくらクリンとはいえキラービーの上位種相手を護衛対象を守りながら行えるとは考えにくい
「ま、待ってよ。その身体でそれ以上無茶したら…」
「大丈夫大丈夫。そんなことより私に身体強化の魔法をかけて。なるべく急いで向かいたいんだ」
しかし待ってみてもクレアが魔法をかけてくれる気配はない。仕方ない。出来れば温存しておきたかったんだけど
「【偽造擬術】《身体強化魔法》じゃ、先に向かってるからね。帰りたかったら帰ってても良いよ」
出来ればクレアにも一緒に来てほしかったけど、ナイトビーの前で棒立ちなんてされちゃクレアの身体が危険だし、なにより邪魔だ。それにクレアが死んでしまったら恩を売った意味がなくなるしね
ああでも、たった今私はクレアに命の危機から救われてしまった訳だし、これでこの関係ももうおしまいか。でもクレアは行く宛が無いようだし、クレアが望むならこのまま家に住ませてやっても良いだろう
アレには英雄としての素質がある。いつぞやの自称勇者なんかよりも勇者らしい。候補としては充分な才能だ
怪人の作成は勿論行いづらくなるだろうし、多少動きにくくなる事もあるだろうが、それを考慮したとしても、彼女を手元に置いておくのは将来的には楽しくなりそうで、ワクワクしてくる
怪人を撃退する手段として、ヒーローらしい装備でも与えてやろう。クレアの身の回りの人間に適当に被害をもたらし、何人か殺してしまっても良いか。その上で怪人達を造り出した張本人が私だと、目の前でバラしてやったなら、クレアはどんな表情を見せてくれるんだろう
ニヤケが止まらない。これだから妄想はやめられない。しかし今はクリンの依頼が優先だ。クソ面倒くさいな。しかし強力な魔物の素材は欲しいし、もうしばらくの辛抱だ。最悪、クリンが死んでいても素材は貰えるし、死亡を確認し次第、街に戻る事にしよう
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレアの治癒魔法は私の命は繋いでくれたが、根本的な苦痛の原因は排してくれていないらしい。現に今も身体のあちこちが悲鳴を上げている。頭痛はかなり引いてきたが、安心は出来ない
断続的に聴こえる戦闘音と衝撃は、先ほどまでクリンが居た筈の方角から響いている。おそらく私の予想通りナイトビーが同行していたのだろう。なんとか時間を稼いでくれていれば良いが
「あ! レイムさん! そっちは大丈夫でしたか? こっちも丁度今終わったところです! 」
心配とは裏腹にクリンはこちらの存在に気が付くと血の滴る短剣を握り締めたまま、元気に手を挙げて近付いて来るように促してきた。どうやら既に戦闘を終えた後らしく、辺りにはキラービー達のものと思われる肉片や、切断された部位が散乱している
ぱっと見た辺り、ナイトビーは来ていないようだが…この数を良く一人で仕留めきれたものだ。死骸の数は私の所に来たキラービーの倍以上。ヒット&アウェイを繰り返しても、厳しい戦い、そもそも足手まといの科学者連れながらそんな事は出来ないと思うのだけど
「ちょっと待ってて下さいね…えーと。お! あったあった。何体か格の違う蜂の魔物が居たのでレイムさんに見せたいと思ってて、これです! どうですか? レイムさんの役に立てば良いんですけど」
そう言ってクリンがストレージから取り出したのは頭蓋を細い棒状の何かで貫かれ、全身を滅多刺しにされたらしいキラービーの死骸だった。それも一体ではなく八体。損傷が酷く、使えそうな部位は少ないが、使えないことはない。しかしそれよりもナイトビーの殺害方法の方が気になる
損傷が酷いのはキラービーの表皮を破るにはクリンの火力が足りなかったのだろう。そこは理解できるし、納得できた。しかし問題はこの頭蓋を貫通して細長い穴である
「これは…もしかして空間魔法? 里でも珍しい魔法だったけど、似た痕跡を見たことがあるわ」
「正解です。良くわかりましたね! あれ、えーと、そちらの女の子は? 」
なるほど。空間魔法。推察するに指定した座標に位置する物体を空気に置き換えると言うようなものでも使ったのだろう。直線状なのは魔力消費が激しいせいか
しかしそうなると空間魔法への対策も用意しなければ。今後魔力の問題が無くなれば空間魔法は間違いなく脅威になる。現時点でも使い方次第でこれ程までに強力なのだ。忙しくなりそうだが、嫌な気分じゃない。むしろ逆だ
「ああ、うちで居候してるエルフだよ。良かったら気にかけてあげてね。ところでその空間魔法について詳しく聞きたいんだけど」
「なるほど! 現地人のエルフの方なんて初めて見ました! この前ドワーフの方と取引した時に交流があるなんて話を聞いただけで、あ、 そうだ。良いものがあるんですよ。エルフの種族スキルを一段階引き上げる魔道具なんですけど、御近づきの印に、良ければどうぞ! 」
手渡された首飾りには葉の模様が刻まれた魔石が組み込まれており、なにやら通常の魔力とは異なる気配を感じる。スキルの段階を引き上げる。つまりスキルを進化させる魔道具なんてそれなりの値打ちものだろうが、取り上げて売り払うよりも、そのままクレアが持っていた方が良いだろう
「えっと、その。ありがとう。大切にするわね」
おかしい。私が武器なんかを渡した時はそんな反応とは真逆。しゅんとしてクリンから受け取った首飾りをぼーっと眺めている。私の時は酷く咎められたと言うのに。クレアはこういう人間の方が好みなのだろうか。なにもかもを好き嫌いで判別できる訳ではないが、好きか嫌いかで言えばこれは前者の方の反応ではないだろうか
こんなやつのどこが良いのやら。ありふれた動機。信念も曖昧。悪にも善にも染まりきれていない半端者のこいつの、一体どこが
「あ! すみません。空間魔法についてでしたね。と言ってもまだまだ未熟で、アーツも二つしか覚えてないんですけどね」
散々に酷評した所で私も同じようなものか。視点が変われば答えも変わる。感情なんてものはその最たる例だ。それぞれが固有のものを抱くが故に理解することなんて出来ない。理解している気になって、フリしているだけだ。私とて例外ではない
クレアにはクレアの価値観があるのだし、今後の事を考えるなら過度な否定をするのは控えるべきだ。それはともかくあの首飾りは取り上げて売り払う事にしよう。そうしよう
「でもそのアーツと、レイムさんも知ってる僕のあるスキルとのコンボが凄く刺さるんです! 今のところ負け無しですよ! 」
負け無しとは言うけどきみこのクエストに何回失敗したか言ってみろよ。燃費は悪いがが高威力の技。それも私が知っているスキルとの組み合わせで成立する技か。暗殺術とかだろうか
「えーわかんないな。水魔法とか? 」
「正解はメモスキルのアーツ、[鉛筆召喚]でした! あれ初期装備と同じ不壊属性がついてるんですよね。僕の[空間固定]で進行位置にこれを配置しておけば、相手は勝手に自滅してくれるんですよ。…これを受けてまだ動けてたのには流石に驚きましたけどね」
不壊属性、不壊スキルか。その方法で罠を配置してナイトビーを撃退したとしても、この数のキラービーに同じ事を繰り返すにはクリンのMPでは到底足りる筈がない。いや、あれから魔力にSPを一点集中していたとすればあるいは…
「クリンはすごいね。どんどん強くなっちゃって、これじゃ置いていかれそうだ」
しかし私には及ばない。鑑定するまでも無い。クリンからは魔王等の格上の相手から発される圧が。根底から迫る恐怖のようなものが感じられない
不壊のアイテムと空間固定によるコンボも、避けてしまえば良いだけの話だ。仮に至近距離で配置されてしまったとしても、急所を逸らすくらいの事は出来るだろうし、こんなものは単なる初見殺しに過ぎない。種が分かればあっさりと解けてしまう程度のものなのだ
「こんなのほぼ即死コンボみたいなものじゃん。良く思い付いたね」
こんなものは切り札にはなり得ない。後生大事に抱え、秘する必要が無い。だからこそここで私にこれを開示したのだろうか? クリンにそこまで考えることの出来る頭があるのか?
「えへへー不壊の鉛筆には結構助けられてたので、空間固定を覚えた瞬間これは! って思ったんですよね! 」
ニコニコと語るクリンからそのような性質はちっとも感じ取れない。このような半端者が自身の悪性を完璧に覆い隠す事が出来るとは考えにくい。どうやらこれが、正真正銘クリンの切り札という訳らしい
どうやら自己強化よりも、装備品の方の強化に力を注いでいたようだ。特にあのミスリルの短剣は以前の物とは比べ物にならないくらいの品のようだ。密かに鑑定してみたが、あれ一つ装備するだけで高いステータス補正と五つの強力なスキルが得られるという壊れっぷり
盗んでしまおうかと悩むが、帰りの足が無くなるのは困る。今の私は空を飛べない訳だし。いや、クレアは馬車に乗らず、一人で私の事を追ってきたのだし、クレアには飛行魔法か何か移動の手段があるのかもしれない
しかしいくら強力とはいえ武器一つの為に演者を潰すのは馬鹿のやる事か。事を急いでは上手くいく事も上手くいかない。それにクリンにはまだ期待しているんだ。ここで潰してしまうのは勿体ない
強力な武器が手に入るし、気は晴れるだろう。溜め込んでいるであろう経験値もいくらか吐き出させられるかもしれない。しかしそれは刹那的な幸福でしかないのだ。それを追求するにはクリンには手間をかけすぎた
「おい! 採取は終わった。早く馬車を出せ」
膨らんだ鞄を重たそうに抱える科学者は急かすように言って、馬車へと乗り込んだ。後は王都に帰れば依頼は成功か。しかし道中打ち漏らしたキラービーが襲ってくる可能性も考えられる
「それじゃ帰ろうか。クレアも乗っていきなよ。道中魔物と鉢合わせるかもしれないし、魔力は温存しておきたいでしょ? 」
「そうですよ! ここから王都まで、しかも女の子が一人でなんて危険です! 幸い、馬車にもまだ余裕がありますし」
「その、わたしは…」
何か言い淀んでいるが、もしもキラービーの襲撃があった場合、多彩な魔法を操るクレアは最大の戦力だ。それがもしも魔物達によって分断されてしまうなんて事態になってしまえば、依頼が失敗してしまう可能性すら出てくる。そうなればこれまでの労力が水の泡だ
「意地張らないでよ。そうやってまた魔物に拐われても今度は助けてあげないからね」
俯くクレアの手を強引に掴み、馬車へと手を引き連れる。しかしクレアの様子が少し気になるな
何故クレアはこんな何もない森の中に居たのだろう。まさかとは思うが囚われた同胞を助け出す為に、ゴブリンの集落へと向かおうとしていたのだろうか。無策で己の感情のままに動いていたと?
な訳ないか。クレアは真面目だし。私に恩を返さずにわざわざ命を捨てるような真似はしないだろう。そこまで追い詰められていたのだとしたら、それは気が付けなかった私の落ち度だし
「出発します! しっかり掴まっててくださいねー! 」
心ここにあらずといった様子で窓から外を眺めるクレアを横目に、私はあるかもしれない襲撃に備え、[魔力探知]を展開し、辺りへの警戒を強めた




