第25話 心配の種と住処探し
肉体に感覚が戻され、意識の覚醒に伴い目が覚める。先程までのびが抜けきれないまま、私はハードから這い出た
なんだか凄く疲れた気がする。筋肉が凝り、神経に来る肉体的な疲れが、全て精神に移されたかのような、軽い偏頭痛を持った怠さが身体に纏わり付いている
最初の頃みたく身体が動かなくなったり、精神が昂ぶったりはしなくなったが、この疲れだけはまだ無くならない。幸いにも、あまり長く持続しない事が分かっている為、そこまで気にしてはいなかったのだけど。全く、これが無ければもう少し長い間遊べるのに
「あぁ...ご飯、食べよ」
それは兎も角、お腹が空いた。私は重い身体を引き摺るようにして転けないように気を付けて歩き、台所に移動し、棚を開く。そこには数ヶ月前に購入した長期保存ができる栄養補給食品が仕舞われた箱が二箱積まれている。その中から幾つかを手に取り、冷蔵庫から体液に最も近く効率的に栄養を吸収できると売りのドリンクを取り出し喉を潤しながらリビングのテーブルへと移動する
私が手に取った栄養補給食品は、縦長のブロックに似た形状で、柔らかいクッキーのような食感をしている。パサパサしていて、口に張り付き良く水分を吸い込んでしまうので食べにくいのだが、これなら薬と違い乱用時の副作用は全く無いし、手っ取り早く食事を済ませたい時は、コスパ的にもこれが最適だ
栄養補給食品を口に押し込み、噛み砕きながら飲み込むように強引に喉へと通す。口に含んだ分が無くなれば、それをもう一度。ただただ繰り返し口に食料を運び続けるだけの詰まらない作業だ
第一、一人の食事に楽しさを持たせるのは難しい事だし、面倒臭い。ならば食事の楽しみという物は幸せで恵まれた、満たされている者達が非生産的な。嘆くだけの者や、恵まれぬ不幸な者達を欺くために仕掛けた嘘のように思えてくる
そんな有り得ない陰謀論染みた妄想をしていると、部屋に備え付けられた時計は深夜一時を表示していた。そうだろうそうだろう。道理でやたら眠かった訳だ
...現実逃避を続けてみても、時計の指し示す時刻は戻りやしない。しかし本当、困ったな。これでは睡眠時間が足りない。けれどもこのまま起きていれば次の朝を迎える前に、私の身体はまともに扱えなくなる。最初から対応策など存在しなかったのだ
私は急ぎ自室に戻り、ベットと毛布の間に入り込む。この時期、本当であれば布団で眠りたいのだが、何処に収納していたか忘れてしまった。果てには探す時間もありゃしない
私は軽く溜息を吐きながら、目を瞑って、夢の世界への招待を待った
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、目の下に隈を作り、不健康そうな顔をした貧弱そうな身体の少年が目の前に映っている。まぁ、それは私の事なのだが
結局あれから一睡も出来ず、睡魔は早朝四時頃になってようやく私を連れ去りにやって来た。しかしそんな時間から眠り始めれば登校の時間に間に合わない事は考えずとも分かる
私は途絶えそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、布団で暖まっていたが、心地の良い眠気に耐えきれず、少し早いが顔を洗いに洗面台までやって来た。そうして今に至ると言う訳だ。しかし眠い。後一日ぐらい休んじゃあいけないだろうか?
本当に眠いのだ。今であれば睡眠こそが黄金にも勝る至上の宝と思える程に、それ程に眠くて。眠くて眠くて仕方ない
そうだ。何か食べ物を食べれば、胃が働いて目が覚めたいしないだろうか。試してみるだけ試してみよう。私は濡れた顔に付着した水滴をハンドタオルで拭き取り、未だにぼやけたままの不完全な視界を頼りに、不安定な足取りで台所へと向かう
冷蔵庫の中身を確認してみたが、あまり食材が入っていない。しかし何でも良いから何か食べたい
一瞬昨日と同じ物で良いかと妥協案が可決されかけたが、それを何となく押し留め。私は在り合わせの材料でホットサンドを作り、あまりお腹はすいていないのだけど、それを食べて
それでも眠気は消えなくて。時刻は午前六時三十分。空に太陽が昇り始める頃だ。いつも学校へ登校している時間まで残りの時間は一時間。とてもじゃないが待ちきれない
私はゆっくりと準備を済ませ、少し速いけど学校へ登校する事にした。教室が開く頃が確か七時過ぎ頃だった為、今から行ったらもしかすると、職員室に鍵を貰いに行かないといけなくなるかもしれないが、少しでも眠さを紛らわせる為には、少しでも身体を動かした方が良いだろう
家を出て、しっかりと扉に鍵を掛け、学校へ通学路を歩いた
◆◇◆◇◆
道中、心地の良い日差しに照らされ、電車に揺られ。ただやっぱり教科書やらの荷物がやっぱり重くて。一週間近く身体を動かさない生活をしていたせいか、改めて自身の体力の無さを改めて実感した
少し歩いただけで息が上がり、身体の彼方此方が痛む。まるでゾンビにでもなったみたいだ
それでもなんとか、想定していた時間を大幅に超過しつつも学校に辿り着くことは出来た。とうの昔に眠気は吹き飛んだが、まだ一時限目も始まっていないと言うのに、既に私の身体は疲労している
息を切らしつつ校舎に入り、所属するクラスへとエレベーターで向かう。廊下を歩いていると、同級生達からは気味の悪いものを見るような目で見られたが、あと少しでこの学び舎に来る必要は無くなるので無視しておく
しかしまぁ、せっかく友好的な態度を三年間も演じ続けてきたと言うのに、少し本心を露わにすればこの様だ。それは仕方の無い事だけれど
教室の扉を開き、席に着く、荷物を掛けて、さて何をしようか。私の腹を刺した彼奴を探しにでも行こうか。いや、これからのことを考えるとここで問題を起こすのは良くないか
騒ぎを起こし、悪目立ちをして今後の行動に支障が出るようでは非常に困る
教室を見渡してみたが真央と優はまだ登校していないようだし、本は家に忘れてしまったし。本当にすることがないなと悩んでいると、疲れからか睡魔が訪れ始めたので、私は素直に意識を手放し、授業が始まるまでの時間を睡眠時間に充てることにした
◇◆◇◆◇
録音された鐘の音が電子機器より鳴り響く。今は何時間か? 重い瞼を開いて、教室に備え付けられた時計を確認してみると、針は十二時を指していた
「目覚めたようだな。よく眠れたか? 」
「おはようございます! 随分とぐっすり眠ってましたね」
誰の声か、脳内でサンプルを照合する必要も無く、聞き慣れた声音で話し掛けてきたのは真央と優だった。私は未だに眠気が抜けきれない目をこじ開け、席を立つ
「おはよ。朝ご飯...じゃなくてお昼ご飯、一緒に食べない? 」
私がそう提案すると、了承の意を示した二人を背に、構内の販売所へと歩き始めようとした私の身体は、両肩を突然掴んで離さない二つの手により、私は席に戻される
「す、少し待つのだユメキリ、その...なんと言うか...僕が...」
「おーい。大丈夫ー? ロール取れてるよ」
「あーあーあー! 私達が適当に美味しそうなのを買ってきますから! ユメキリはそこから動かず! 待っててください! では! 」
珍しく自信の無い表情をしていた真央と、いつも以上に騒がしかった優。はて、今日は何か特別な日だったかと思い出してみても、さして思い当たる出来事は無い。本当に何があったのだろうか?
真央の肩をガッシリ掴んで、引きずるように走って行く優達の姿を見て、私は少しの寂しさを感じた
「お待たせしました。お会計の所が少し混んでて」
「ま、ま、ま、待たせたな! 我が自ら、美味なる食事を仕入れてきたぞ! 」
それから少しして戻ってきた二人は、なんだかあたふたと慌ただしい雰囲気と言うか、危なっかしい雰囲気と言うか。何故かいつもと様子が違った。もしかしたら数日前のあの一件で嫌われてしまったのかもしれない
だとすると少し悲しい。失敗したか。あの時、他にも選択肢はあったかもしれないが、ついかっとなってやってしまった事だ。そんな状態で感情の制御などやってられるか
しかし二人がまだ相手をしてくれている間は、まだ関係修復のチャンスはある筈だ。今度こそ失敗しないようにしなければ
思考を完結させ、楽しげな会話をする為に脳をフル回転させて話題を作る。消費期限が切れかかった話題を廃棄処分し、新たな楽しみを取り入れる
人間味のある無駄に彩られた食事を取りつつ、楽しさを維持させ続け、私の話が一段落すると、話題はFSOの話に移った
「そう言えばユメキリが最後にログアウトしたのは何処の街だ? 昨日、なんとか優とは合流出来たのだが...とりあえず今は人間の国の方向に直進している所だ」
「ん? 昨日はイベントだったでしょ? あれキャンセル出来たの? 」
「? ああ。エントリーしなければ専用エリアに転送されな...ってユメキリさん昨日ゲームやってたんですか!? 安静にしないと駄目ですよ! ...あっ」
怒られた。しかしロールがこんなにもぽろぽろ剥がれ落ちるようでは、人を騙すにはまだ足りない。真央は本当、こう言う事が苦手なんだよな。夢を大ぴっらに公言するほどだ。言わなければ、隠していれば手勢...友達が何人か作れただろうに
「真央、取れてますよ。それよりも退院早々ゲームですか。アホなんですか? 馬鹿なんですか? せめ数日くらい安静に…」
「いやぁ...もう元気だしね。大丈夫だよ。それよりもそっちの状況が聞きたいな。危ないようなら私の方から迎えに行っても良いし」
「はぁ...えと、今は真央と合流して、人間の国に向かう前に、少し寄り道をして吸血鬼の里に寄って、そこから人間の国に向かう事になるので、合流出来るのはまだ先になりそうです」
「へぇ、吸血鬼。やっぱ居たんだ」
灰を所持している為、過去に吸血鬼が存在していたことは確認済み出会ったが、今も生き残っている事は知らなかったので、少し驚いた。仮に吸血鬼が生き残っていたとしても、人の目に触れるのはもう少し先だと思っていたけど、想定よりも大分早い。これなら前に少し考えていた怪人の作成を実現できるかもしれない
あの時はそもそもの手勢が少なすぎたのと、いくら人型とは言えゴブリンの有する知性や感情が野生に近いものであった為、改造だけに留めたが、応用次第でなんとかなりそうだとはあの時から考えていた。どうにか二、三体、吸血鬼を捕獲できないだろうか
私は詳しい話を聞くため、適当に相槌を打ちながら、あわよくば吸血鬼の里の場所を聞き出せないかと耳を傾け言葉を引き出す
「あぁ、実はユメキリの元へ向かっていたのだが...家族みたいな人達が人型のトカゲのような化け物に襲われている所に遭遇してな。無我夢中でトカゲを倒して、助けたのが吸血鬼だったんだ。それで里までの護衛を頼まれたのだ」
真央は相変わらず人助けをしていたらしい。やっぱり真央はこちら側では無く、あちら側の方が似合っていると思う。素質だって十分あるし、まぁ、これを言ったら嫌そうなので言わないが
人数構成を聞いてみたが、老人が一人に大人が男女二人づつ、男の子が一人と、それらを纏めるリーダーの少女が一人。計7名+真央と優で、9人で行動しているらしい
吸血鬼の里は人間の国の近くにあり、寄り道といってもせいぜい遅れるのは二日適度との事。しかし肝心の吸血鬼の里の場所は吸血鬼達のリーダーの少女しか知らないらしく、聞き出すことは出来なかった
電子音により形成された、色のない事が校舎に響く。昼休み終了五分前の予鈴である。二人は私に別れを告げ、包み紙などのゴミを手に持ち去って行った。おそらくゴミ箱に捨てに行ったのだろう
「ゴミ、廃棄物。かぁ...そろそろ二度目の改造、とか? ふふっ」
ふわっと浮かんだアイデアに、口元を緩ませながら、私は何を組み合わせようか、頭の中で妄想を膨らませながら、ぼんやりとした頭で、うとうとしながら授業を受けた
◆◇◆◇◆
家に帰って、明日の準備を済ませると、私はFSOにログインした
イベントによる強制転移前の現在地点は街の中。私は真っ先に街の外を目指した
街中には当然異邦人はわらわらと大勢湧いている。もし、この無数に散らばり街を歩く異邦人達の中に、イベント中私の姿を見たものが居たとしたら...待ち受ける結末は間違いなく敗北だ。仮に運良く逃亡できても、手負いのこの身体で出来る事なんてほぼ皆無と言っていい
「おっとっと。やっぱり片足が無いってのは不便だね」
私はストレージからスケルトンからのドロップ品の杖を取り出し、それを松葉杖代わりに、人通りの少ない道を選び人を避けながら、無事、街を脱出した
街を出ればプレイヤー達は疎らに散らばっている。それに街ほどの密集率でも無い為、少し街を離れれば空を飛んでもあまり目立たないと思う。私は街から十分に距離を取った後、【竜化+2】を発動し翼を生み出し、上空へと飛び上がり、なるべく高い高度を維持しながらゴブリン達を待機させている村へと向かった
ゴブリン達を待機させている村は、私のホームに設定されている為、もしイベント中に死亡してしまえばここでリスポーン出来たかもしれない
だが、イベント前にはイベント後にメンテナンスが入るなんて言っていなかった為、ログイン制限のペナルティーを受け入れてまでこの程度の距離を短縮しようとは思えなかった
少し考えればわかる事なのに、こうも無駄な思考を挟んでしまうのは、やはりこの疲労感のせいなのだろうか
しかし...こんなボロボロの半壊状態の村が拠点なんて...なんだか恥ずかしい。いや、これもこれで良いとは思うのだが、やっぱり本拠地は地下があるところが良い。うん。出来れば地下奥深くが
「でも、そんなにも都合良く、私の好みに合った良い物件が見つかるとは思えないしなぁ」
制圧済みのゴブリン村に到着した私は、すぐさま[命令+3]を発動し村に待機させておいたゴブリン達を集める。アーツ、命令は、対象との距離が離れていると失敗してしまうが、三段階も強化された命令+3であれば効果の射程範囲は広がり、この程度の小さな村ぐらいなら何処からでも容易に発動できる
「あれ? 一匹足りないな。死んだの? 」
ゴブリン達は支配下状態の為、私の命令以外を聞き付けない。自発的に会話をすることも無いし、行動を自動化するためには広い範囲の命令を下してやる必要がある。それもあまり広すぎないように所々に縛りを入れながらだ
これは大昔、まだAI技術もまともに成り立っておらず、世界が現在の最底辺の技術といい勝負をするぐらいの技術力しか保有していなかった頃に問題となった...確かフレーム問題とか言う名称だったか
フレーム問題を解決する為には、そのAIに生命を、魂を宿すか、枠を与えてやらねばならない。介護や、接客業等の業種で働くAIはその殆どが前者で、一定の権利を与えられている。しかし、警察官や裁判官などの国家公務員は今やその半数以上が後者。権利の与えられていない、上位者に従うイエスマン。これじゃ独裁国家まっしぐら...
おっと話がそれかけた。要するに、私の命令に柔軟な対応をさせる為には、この支配下のゴブリン達に前提条件、フレームを取り付けてやる必要があると言う事だ。思考の限界。取得選択を自己判断で行わせる事は不可能。現代でやっている事は技術でのゴリ押しだ。それ故にお手本にはならないし、どうするか......
昔はどうやってこの問題を解決していたのだろう? 今度調べてみよう。今は足りないゴブリンの消息を聞き出す事が優先だ
「[|命令+3《この村の同胞で今ここに居ないゴブリンを連れ戻せ》][|命令+3《この村の同胞で、今ここにいないゴブリンの死体を回収しろ》]」
私は集めたゴブリン達を半分ずつに分け、バラバラの命令を下す。少し経ってから先に命令したゴブリン達が一斉に動き始めた。つまり、いまここに居ない一匹のゴブリンは単純に迷子と言う事らしい。支配下状態であるにも関わらず命令を無視し、村の外へと脱出するなんて...いや、そういえば支配下状態では無いゴブリンが一匹居た
「ウ、ヒ、サシブリ! 長! オサ! 」
悍ましい緑の化け物は、片言の言葉を操りながら、背から生えた不釣り合いで、ちぐはぐな形の腕で見に纏わり付くゴブリン達の頭を、足を、はたまた腕を。握り潰して放り投げて。失敗作の名が似合わない程の活躍をしていた
捜索に向かわせたゴブリンは全滅。皆同じく何処かしらの部位を欠損し、夥しい量の血液を撒き散らし、削げた肉片がゴロゴロと転がっている
そんな状況を作り出した失敗作は、醜い笑いを顔に浮かべながら、私の方へと近づいて来た。よし。これで全員集まった。戦力はフェイリァゴブリンが間違えて殺しちゃった分で、プラスマイナスゼロだけど
「久しぶり。いきなりで悪いんだけど暫くここを離れるから、荷物をまとめてここを出る準備をしてもらいたい。日が落ちたのと同時に行動を開始するから、それまでに宜しく」
フェイリァゴブリンは何を言われたかよくわからないような様子で辺りをウロウロ歩き回り、あちこちからガラクタを集めて穴の空いた麻布に包み始めた。どうやら私の言葉自体は通じていたらしい
支配下のゴブリン達にはいちいち引っ越しの事など伝えずに命令を使って強制的に連れて行けば良いが、フェイリァゴブリンは違う。フェイリァゴブリンは私の支配下では無い為、面倒だが少しの配慮をしてやる必要がある。まぁ、私の言葉には配慮もへったくれも無かったが
「さぁて、目的地は何処にしようか。せっかく拠点を構えるんなら、地下があって広くて人があまり来ない所が...」
目標は人類の住む地域の近くに拠点を手に入れる事。もちろん、ゴブリン村みたいなちゃちな物じゃ無く、もっと立派な物が良い。拠点が手に入ればもっと本格的な悪役ロールが出来る。支配下の魔物を従わせるだけの小さな村の長では無く、数多の邪悪が名を連ねる組織の首領だって、頑張り次第で不可能じゃ無い
そのために一刻も早く拠点が必要だ。しかし焦ってはいけない。こう言うのはじっくり焦らずに、よく考えて動いた方が、後々に後悔しなくて済む。これは拠点を買うにしても奪うにしても、どちらにせよ同じ事が言える
まずは情報収集からだ。私は掲示板を開き、その中から気になったいくつかを選び、閲覧ページを開いた




