14、ジャングル
moon7
ゴリラに傘を直接返せと言われたけど……こんな重くてデカイ傘をわざわざどこへ持って行けばいいの?
そう思っていたら、夏休みに入ってしまった。夏休みの前半は追試があってほぼ毎日学校へ行っていた。
あれからあの傘は、ずっと学校の傘立てにある。私は何度か開いては閉じて、栄君の所へ持って行こうか迷った。
「ねぇ、そんなに気になるなら届けてあげたら?」
「でも、自宅に持って行けないし……」
教室になんかわざわざ持って行ったらオカシイし、自宅になんて絶対行きたくないし……カフェに持って行きたくないし…………
「だったらさ、部室に持って行けば良くない?」
「部室?柔道部って部室どこ?」
「柔道場じゃない?」
まぁ、どこでも直接返せば問題無い訳だから、部活の時に返せば自然か……
私は真理に付き合ってもらって、栄君の傘を柔道場へ持って行く事にした。
「よし、いざ出陣だね!!」
「戦!?私戦に行くの!?」
「恋のサバイバルだよ!!」
恋のサバイバルって何?それ言いたいだけだよね?
真理はジャングルの奥地に行く意気込みで柔道場に向かった。
「いや…………これは…………」
そこは……激しい練習が行われていて……
あれ?おっかしいな~?
どこからか鳥のさえずりと獣の雄叫び?が、聞こえて来るような?室内なのに……?
ジャングルに見える!!ここは……アマゾン!?
そこはまるで、手付かずの大自然の広がるジャングルの奥地で、多くのゴリラ達が縄張り争いをしているかのような…………私達人間が踏み入れられない野生の領域!!
「ジャングルから帰って来て、志帆。」
真理は冷静に入り口近くの部員に話しかけていた。
「1年の大森です。練習中すみません。少しいいですか?」
「誰?」
「1年生の栄君をお願いします」
真理がドアを開けて、栄君を呼んでもらった。私は真理の後ろで傘を持って待っていた。
「おーい!栄~!女子~!」
「おお~!」
何故かみんな練習を止め、こっちに注目していた。暇かよ!こっち向いてないで真面目に練習しろよ!
「どうした?大森」
「ごめんね、用があるのは私じゃなくて…………」
真理は私の前から一歩右によけて、肩を押して私を一歩前に出した。
「志帆の方なの」
すぐそこに迫っているゴリラに……目の前の栄君に、私は傘を差し出した。
「返す。直接持って来いって言われたから……」
「人から物を借りた時に言う事があるだろ?」
「…………ありがとう」
私は何故か栄君の顔がまともに見られなくて、視線を反らしたまま傘を受け渡した。
その瞬間、歓声があがった。
「やった~!これで夏休みの掃除当番無しだ!」
「よくやった!栄!!」
「さすが栄だ!!」
はぁ?
部員達のこの異様なテンションに、全然ついていけなかった。全くの理解不能。
「何も……本当に届けに来なくても…………」
「はぁあああ!?」
栄君を呼んでくれた、先輩らしき人が説明してくれた。
「これ、柔道部の伝統なんだ。傘を貸して、1ヶ月以内に誰か柔道場に返しに来たら、掃除当番表から1ヶ月間消えるって賭け……みたいな……もので……」
先輩は説明しているうちに私の顔を見て、気まずい雰囲気になった。
「まぁ、そうゆう事だから!」
「栄~!やったな~!」
みんなが栄君を褒め称え、栄君は少し困った笑顔で笑っていた。
「くっだらない。ばっかじゃないの?男子ってホントバカ」
「でも、傘届けてこんなに喜んでもらえると、何だかこっちも嬉しいよね」
それは……確かに……
嬉しい。
本当は何が嬉しいって、栄君の笑顔が見れた事。
いつもの無愛想とは全然違う。高校生らしい無邪気な笑顔だった。
「なんか…………そんな栄君の顔、初めて見た」
「ん?」
「栄君も人の子なんだね」
私の発言に栄君は首を傾げた。
「は?お前それどうゆう意味だ?」
「なんか…………私、栄君の笑った顔、結構好きかも!」
そう言った瞬間、何故か全員が黙って辺りが一瞬静まりかえった。そして、堰を切ったようにざわついた。
「うっわマジかー!」
「栄やるな~」
え?あ、待って?
「いや、別に変な意味じゃないよ?ただ、今なんとなく漠然と思っただけだから!」
「……わかってる。恥ずかしい奴……」
栄君は少し赤くなって、こっちを向こうとしなかった。そして、自分の顔を叩くと、気合いを入れ直して言った。
「失礼しました!先輩、稽古を続けましょう!!」
こうして練習が再開されたけど…………栄君は急に奥の部屋へ行ってしまった。しばらくすると、奥のから何かを持って来た。
「これ、やってくれ」
投げられたのは……道着?
「これ、雪穂さんにやってもらったんじゃないの?」
「また破れた!」
栄君はそう言いながら練習に戻って行った。
断られるとか思わないのかな?雪穂さんのをやり直すなんて嫌なんだけど…………だけど…………
なんじゃこりゃあ!!
これは、また破れたとかじゃない。なんともひどい縫い目に……着る気が起きない!小さくて読めない!ハズキルーペか!という感じだった。
それから私達はお姉ちゃんのカフェへ行って、お茶をしながら道着のほつれをしっかりと直した。
「志帆はやっぱり器用だね~羨ましいよ。得意な事があって」
「真理は調理部に入ったんだから、料理が得意になるでしょ?」
「得意になりたいんだけどね……この前の鳥の照り焼き、中が生焼けだったんだよねぇ……凹むよ……」
結局電子レンジにかけて加熱して、どうにかなったみたいだけど…………真理は進藤にいい所を見せられなかったと凹んでいた。
「あ、外雨が降って来たみたい」
「夕立かもね。今日は暑かったから」
そんな話をしながら、ドアの方を見ると、青い大きな傘が見えた。その傘が閉じられると、すぐにその姿が現れた。
「いらっしゃいませ~」
それは、私のお気に入りの…………雨男。
今日は空に向かって拝まなくて良さそうだ。
「いつものを」
ゴリラは私達の姿を見つけると、隣の席に座った。
「はいこれ、できた。返す」
私は出来上がった道着を返した。
「もうできたのか?!早いな」
「早いよねぇ~ものの10分でやってたよ」
それを聞いて、ゴリラは尊敬の眼差しでこっちを見て来た。
「柔道場のマネージャー……」
「やだよ!!」
「まだ何も言って無いだろう?」
マネージャーなんて絶対嫌。あのゴリラの群れには入れない!!
「中学の時は雪穂がマネージャーのような事をやってくれたんだが…………高校にはマネージャーがいない。誰か引き受けてくれたらと思ったんだが……」
それってずるくない?
私がマネージャーにならなきゃ、雪穂さんと同じ土俵に立てないみたいじゃない!
ふと、雪穂さんの言っていた事を思い出した。
『あんたに私達の何がわかるの?』
そう言われた。
何もわからない。何も知らない。知りたくもない。
当然、同じには絶対なりたくない。だから……
「マネージャーには絶対ならない。でも、暇な時に手伝いになら行ってもいいよ」
私は栄君には訊けなかった。
『あの日、どうして雪穂さんの所へ行ったの?』
訊く勇気が無かった。