12、アホか
moon6
真理の鶏事件があった後、私は進藤と別れ1人玄関に向かった。これからカフェが混む時間だから、急いで帰りたかった。
すると、部室棟の方から柔道着を着たゴリラがこっちに向かって来ていた。
「栄君、今日も部活なんだ」
「ああ、もうすぐテスト期間でできないからな」
そうだった……そろそろ夏休み前の期末テストがある。露の時期は憂鬱なのに、今から憂鬱になる。
「そこ、破れてる」
私は真っ白な道着の袖がほつれている事に気がついた。
「そうなんだ。家庭科室は今調理中で……針と糸を持っている奴探していた」
「それ、自分で縫うの?」
「当たり前だ。自分の道着を自分で直すのが当たり前だろ」
そりゃそうだろうけど……ゴリラが裁縫できるの?
「横山持っているか?」
「あ~今日は持ってないや~」
裁縫道具なんて普通持ち歩かないでしょ?
「でも、カフェにならあるよ」
「何故カフェに?」
「レジ横にマスコット置いてあるでしょ?ああゆうの暇な時間に作ってるの」
ゴリラは衝撃を受けていた。
「あーあの変な生物……あれを横山が作ったのか!?」
いや、変な生物て……
「何?その信じられないって反応は?」
「いや……意外すぎて……」
「悪かったね。こう見えて裁縫は得意なんだよ。カフェのエプロンとかコースターとかランチョンマットは全部私が作ったの」
栄君はそれにも驚いていた。そんな驚く?
「あ、もう行かなきゃ」
「外、雨降ってるぞ?大丈夫か?」
「あのね、私、紙製じゃないの。傘があるから大丈夫」
そう言って傘を探したけど…………
無い…………!!
「どうした?パクられたか?」
「マジで~!?誰だよ持って行ったの!」
ビニール傘だから仕方がないとは言え……納得できない!!
「俺のを持って行け。ほら」
「やだよ、こんなゴツイの」
「こんなデカイ傘が可愛らしい訳あるか」
栄君の傘は、大きくて骨組が多くて重い。
「それに……栄君は?どうするの?」
「俺はまだ部活がある」
そうゆう事じゃなくて、濡れるよ?って言いたいんだけど。その視線はちゃんと伝わったようで、栄君は慌てて説明した。
「俺は駅まで行く奴に途中まで傘に入れてもらえばいい」
ああ、そっか。駅までの道に、お姉ちゃんのカフェがある。
「じゃあ、傘借りてくね!ありがとう!」
そう言って傘を広げると、真っ青な傘が頭の上に広がった。
この傘、青空みたい。
「ぶーーーー!」
何!?栄君が急に笑い出した。
「何だか傘がでかすぎて、てるてる坊主みたいだな」
……栄君の無邪気な笑顔、初めて見た。
あれ?栄君ってこんな顔してたっけ?いつもゴリラにしか見えて無かったから…………何だか少しだけ動揺した。
カフェに着いたら、その傘を丁寧に畳んで入り口の傘たてに入れた。
「どうしたの?何かいい事あった?」
「うんん。別に?」
私はカウンターの中に入って、鞄を置いてエプロンを着けて支度をした。
「ねぇ、手が空いたらてるてる坊主作っていい?」
「てるてる坊主?いいね!梅雨だから作って飾ろっか!」
注文を取って、コーヒーを運ぶ。空のカップを片付けて、テーブルを拭く。いつもの作業がサクサク進む。お姉ちゃんは呆気にとられた様子でこっちを見ていた。
「いつもは雨の日は調子悪そうなのに、今日は珍しく調子いいじゃない」
「そぉ?」
不思議だった。いつもは頭が痛くて体がだるいのに…………誰かが補ってくれてるのかな?
妖精さん?それとも魔法使い?それって童貞?どこかの童貞さんありがとう!!
私は窓に向かって両手を合わせて拝んだ。
ってそんな訳あるかーーー!!
私、何やってんだ!?
なんか怖い!!
そんな発想をする自分と、その浮かれっぷりが怖い!!
何!?何なの!?私の頭の中はお花畑か!?ヤバいよ!!ヤバい奴だよ私!!
落ち着け。落ち着け私………………
少し落ち着いたら、てるてる坊主を作った。顔は…………よし、ゴリラにしよう。
栄君、気がついてくれるかな?あ、ストラップつけて鞄にもつけられるようにしてみようかな?
何だかそわそわした。栄君、早く来ないかな~?
いや、早く来いよゴリラ!!私がアホになるでしょ!?いつまで3の倍数数えさせる気なの!?
「いいなぁ~好きな人を待つ時間って楽しいよね~」
「はぁ?」
珍しく、お姉ちゃんの旦那さんが私の様子を見て声を発した。普段無口な人だから少し驚いた。
それが私の様子が変だった事の証明のような気がして、何だか恥ずかしかった。
「違う違う!別に栄君は好きな人とかじゃないし!」
私が冷静にそう言うと、即座にお姉ちゃんが突っ込んで来た。
「じゃあ、誰?誰が好きなの?高橋君?」
「やめて!ウザ橋やめて!」
「じゃあ、誰?栄君?」
だからその訊き方はずるいでしょ!?私の周りってどうして誘導する人ばっかり!!
こうして待ったけど…………
待てど暮らせど栄君は来なくて…………
クローズまで働いたけど、結局その日は栄君は来なかった。
お姉ちゃんは気にして、いつもより長くお店を開けてくれていたけど……諦めてクローズ作業に入った。
「栄君来なかったね。明日は来るかもよ?」
「明日はお店お休みでしょ?早く閉めちゃおう。別に約束してたわけじゃないし……」
私は看板と傘立てを中にしまおうと、外に出てた。
空はいつの間にか晴れていて、星が出ていた。
なんだ…………傘、必要無かったんだ。
次の日、傘を返した。学校の傘立てに。
私はメモに『傘ありがとう』と一言書いて、栄君の方は見ずに栄君の机に乗せた。そして、黙って自分の席についた。
あの浮かれた気持ちは何だったんだろう?そう思うほど、今は冷静だった。
冷静に……………………ムカついていた。
昼休みに、栄君に「ちょっといいか」と廊下に呼び出された。
「人に物を借りておいて、その態度は何だ?」
「別に?」
私は女優ばりの『別に?』で冷徹な態度を取った。
ゴリラには女心がわからないでしょうね!そりゃあそうでしょうね!!
「何だ?その顔は?それで笑っているつもりか?」
栄君いわく、私の笑顔はひきつっていたらしい。
「どうした?何に腹を立てているんだ?」
「別にぃ?昨日どっかの童貞に拝んだ奇行を後悔してるだけ」
「はぁ?」
わからないでしょうね。そりゃそうだよ!昨日カフェに来なかったんだから!
「道着のほつれ、どうしたの?自分で縫ったの?」
「ああ、雪穂がやってくれた」
はぁああああああああ?!
カフェに来ないで、雪穂さんと会ってた!?ふざけんなバカ野郎か!?バカ野郎だな!!とんだバカ野郎だな!!
と、心の中で思ったけど…………
昨日はカフェに来ると約束した訳じゃない。
あの後、栄君は雪穂さんに会わないと言った訳じゃない。
冷静になろう。冷静に。
すると突然、栄君が変な事を言い出した。
「横山、俺を好きになるなよ?」
「はぁ!?」
誰かゴリラなんか!!鏡見てから言えっての!!
栄君の顔は大真面目だった。
「いい忘れてた。俺は雨男なんだ」
「ぶーーーー!!あはははははははは!!何それ!?」
私が雨が苦手だからって?
だから、私は半紙じゃねぇっつの!!
「誰が好きななるか……アホか!!」
ゴリラはさっさとジャングルに帰れ!!
「アホって……アホ…………アホにアホと言われると何だか精神的に来るものがあるな……」
栄君は何故かアホと言われた事にショックを受けていた。
「はぁ?ケンカ売ってんの!?」
「あ、部活に遅れる。傘は直接返しに来い。じゃあな!」
そう言ってゴリラはジャングルの奥地に帰って行った。
「ちょっと待って!?直接ってどこに!?どこに持って行けばいいのーーーー!?」