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12 スキンシップ

 ショルダを倒して数日後。アリスに対する注目も落ち着き始めた頃の話。


 召喚術の授業で、アリスに呼び出された俺は、アリスの隣で、体育座りをしながら、召喚術の担当であるエクレア先生の話を聞いていた。俺が初めてこの世界に召喚されたときにいた、初老の女性である。そして場所も、前と同じ芝生が生えた場所だった。


「どうですか、皆さん? 使い魔を召喚してから、数日が経ちましたが、使い魔との関係は良好ですか?」

「はい。先生」


 何人かの生徒が答える。アリスも首肯で反応する。その反応を嬉しく思ったのは、ここだけの話だ。


「よろしい。では、今日はもっと仲良くなるための時間にしましょう。皆さん、教科書の40ページを開いてください」


 アリスは『初めての召喚術』と書かれた本を開いた。


「それでは、ボル君に冒頭を読んでもらおうかしら」

「はい」


 ボルと呼ばれた男子生徒が、起立し、教科書の内容を読み上げる。


「契約を結んだ使い魔は、私たちの道具ではなく、大事なパートナーです。彼らも意思をもった存在であり、無下に扱ってはいけません。愛情をもって接する必要があり、彼らとの適度なコミュニケーションは、円滑な主従関係を維持するために重要です。そのため本項では、スキンシップを用いた、使い魔への愛情表現を学びましょう」

「はい。ありがとう」


 ボルは座った。


「今、ボル君に読んでもらった通り、使い魔は私たちの道具ではありません。彼らも人間と同じ、意思をもった存在です。だから、言うことを聞かないこともあるでしょう。そうなったとき、乱暴に言うことを聞かせようとすると、使い魔はますます言うことを聞かなくなってしまいます。そうならないように、普段から、あなたのことを大事に思っていますよ、と示すことが重要で、そのために、適度なスキンシップをとってあげましょうという話ですね」


 ペットかな? と思ったが、この世界における使い魔の立ち位置は、ペットみたいなものなのだろう。


「では、具体的にどんな風にスキンシップをとったらいいか。教科書に従って、実際にやってみましょう。まずは、使い魔を撫でてみましょう」


 周りにいた生徒たちが、自分の使い魔を撫で始める。やり方を理解している人もいれば、戸惑いながら撫でる人もいる。アリスは……どちらかと言えば、後者だった。教科書を見たまま、固まっている。


「アリスさん」


 ニコニコ顔の先生が立っていた。


「どうしました? 撫でてあげてください」

「いや、その、恥ずかしいと言いますか」

「あなたの気持ちはわかります。私もアリスさんと同じ頃は、男の人に触ることが、恥ずかしいことだと思っていました。でも、意識を変えてみたら、どうでしょう? 彼を男ではなく、使い魔だと思えば、何も恥ずかしいことはないでしょう?」


 アリスは頬を染めながら俺を一瞥する。なぜだろう。俺も何か恥ずかしい。


「さぁ、アリスさん。勇気をもって」


 アリスは緊張した面持ちで、俺と向き合う。緊張しているアリスを見ていると、俺まで緊張してしまう。


「な、何さ」とアリスは口を尖らせる。

「何が?」

「何か言いたそうな顔をしている」

「してないよ」

「ほら、アリスさん。あなたの使い魔が物欲しそうにあなたを見ていますよ」


 見ていません!


 アリスは諦めたように唇をかすかに開け、おそるおそる俺の頭に手を伸ばした。アリスの柔らかい手が俺の頭に置かれる。アリスはぎこちない動作で、頭を撫でた。


 何だろう。すげぇ、恥ずかしい。顔が熱いのが自分でもわかる。女の子に頭を撫でられること自体は、とても嬉しいのだが、そういうお店でのプレイを楽しんでいる人に見えないか、心配だ。


「さて皆さん、撫でた状態で何か声を掛けてあげてあげると、より一層、仲が深まりますよ」

「何て、声を掛けてあげればいいんですか?」


 犬に似た、もふもふとした毛並みの使い魔を撫でている、赤毛の女生徒が聞いた。


「そうですね。『愛』を伝えてあげましょう。例えば、あなたのことを大事に思っていますよ、とか」

「なるほど。シベリー。お前のこと、好きだぞぉ」


 女生徒はくすぐるように、両手で使い魔の顎を撫でた。すると使い魔は、嬉しそうに舌をはぁはぁさせる。


「そうそう。今、ロズさんがやったように、皆さんやってみましょう」


 アリスと目が合う。アリスの顔は、これ以上ないくらい赤く、アリスの緊張が手から伝わる。変に意識されると、俺も意識しちゃうから、やめて欲しいんだが。


「アリスさん。さぁ、愛を伝えてあげるんです」


 先生はニコニコ顔で言った。わざとかな? と思いたくなるほど、悪意のない顔だ。


「いや、でも先生」

「相手は使い魔ですよ。何も恥ずかしがることはありません。これはスキンシップの一環なのですから」

「うぅ……」


 少しうるんだ上目遣いで見られ、俺は目のやり場に困る。ふと、他の生徒たちが俺たちを見ていることに気づいた。とくに女生徒は、にやにやと状況を楽しんでいるように見える。


「おい、アリス。早めに頼む。皆が見てるぞ」

「うっ……」アリスも覚悟も決めたように、表情を引き締める。「いい? これはスキンシップの一環だからね?」

「わかってる」

「サ、サトル君。好き、だよ」


 アリスは震える声で言った。


「お、おう」


 俺はソッポを向きながら答える。


 なんだ、その返事は。


 不甲斐ない反応に、気が滅入る。しかしこれ以外の反応できるほど、俺は器用な男ではなかった。


「きゃあ」と黄色い歓声が聞こえた。他の女生徒たちは俺たちを見て、目が輝いていた。


 先生は俺たちのスキンシップを見て、満足そうに頷く。心なしか輝いているように見える。女の人はいつまでも乙女だということか。しかし、俺たちで自分の欲求を満たさないで欲しい。


 先生は踵を返し、皆の前に戻って行った。アリスは手を離し、大きくため息を吐いた。俺もため息を吐く。


「何か、疲れたな」

「そうだね」


 アリスと目が合った。悪いことをしたわけではないが、気まずくなって目をそらす。


「さっきのは、スキンシップだから」

「わかってるよ」

「はい。それでは皆さん。次のスキンシップに移りましょう。次はハグです」

「「えぇっ!?」」


 俺とアリスの驚きの声が重なった。



✝✝✝



 授業終了を知らせる鐘が鳴った。


「はい。それでは、今日の授業はここまでにしましょう」


 先生は満足そうに本を閉じた。俺の隣に座るアリスは、恥ずかしさが臨界点を突破し、白く、燃え尽きていた。その気持ち、わかるよ。俺もすげぇ恥ずかしかったから。それに途中から、男子生徒の嫉妬の視線を感じ、居心地が悪かったし。


「ああ、そうだ。次の次の授業で、ダンジョン探索を行うので、そのために、四人一組の班を作っておいてください」


 ビクッとアリスの体が震え、意識が戻る。その顔には焦りの色があった。


「それでは、解散です」


 生徒たちがぞろぞろと立ち上がり、学校へと戻る。


「次の授業に行かないの?」

「う、うん」


 アリスは晴れない顔で立ち上がった。考えるまでもなく、理由はわかった。


「班決めが不安なんだ?」

「うっ」とアリスは渋い顔になる。

「俺も班決めが地獄だったから、わかるよ」

「何で、勝手に決めてくれないかなぁ」

「だよな。まぁ、先生になるような連中に、俺たちみたいな人間の気持ちは理解できないのさ」

「はぁ……。やだなぁ」


 アリスはため息を吐き、俯く。しかし閃いたように顔を上げ、俺をじっと見据えた。


「ねぇ、サトル君って私の使い魔だよね?」

「そうだけど」

「なら、私の代わりに、私と班を組んでくれる人を探してよ」

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