異国のうさ耳2
「あー、いるね。嫉妬してる女の子」
「まじか……」
「俺としては羨ましい限りだけども、けっ」
「アイリスさんに被害とか……嫌がらせとかされてませんでしょうか」
「あー……どうだろう。嫉妬してても、城の子達は基本的にお上品な所あるしなぁ。まぁちょっと注意して見ておくよ」
うーん、どんなにお上品でも、女ってのは怖い生き物だと良く聞くしなぁ。
……そうだ。姉さんの場合はどうだったのだろう。エリオットもいじめられたりしたのだろうか。なんかあの人いつもニコニコしていてなよっとしてるからやられそうだけど。男と女じゃ参考にもならんかもしれんけど、一応聞いてみようかな。
「珍しいですね。ユリの所ではなく、私の執務室にコウキ様がいらっしゃるなんて」
「あーその、様ってのいらないから。何度も言ってると思うけど」
「で、ですが……」
「なんでそこで顔を赤らめる」
やめろ俺にBLの気はない。顔を赤らめるのは姉さんの前だけにしろ気色悪い。いくらイケメン美人でも男は御免だ。
「あっ……す、すみません。ユリの言葉を思い出したもので……」
「え、なに?将来家族になるんだしーとでも言ったの?」
「……っ!!」
ぎょっと目を見開いて真っ赤になった。当たりか、なんか姉さんらしいな。
「さ、流石に弟君にもなりますと、分かってしまうのですね……」
「いや、姉ちゃんが特別分かりやすいだけっつーか……照れるなよ恥ずかしい」
あーもー!なんでこいつは普段からこんな甘い空気ばっか出してるんだよ!調子狂うな。
はぁ、と溜息を吐く。
「とゆー訳だから、コウキでいいって。それともなに?姉さんの事捨てる気なわけ?」
「そんな訳ないでしょうっ!」
「なら問題ないじゃん、ほら」
「……っ!……ふふ、あなた方ご姉弟には、頭が上がりませんね」
ふわっと笑っている様は、姉さんなら卒倒ものだっただろう。俺はゾッとしたが。
こいつオトメゲームとかでも活躍できそうだよな。イメージがそんなやつ。
「……でっ!ではコウキ、ご用はなんでしょう?」
若干声が裏がっているが、まぁ問題はない。
あまりの照れ具合に吐きそうになりつつも、嫉妬される事はなかったか、いじめられる事はなかったかと聞く。
エリオットはぱちくりと瞳と瞬かせて、苦笑いを浮かべた。
「嫉妬はされてますよ、現在も、多くの男性が諦めていないくらい。ユリは素敵な女性ですから」
「まじかー……」
さらっと姉さんの事褒めるのやめて欲しい。姉さんを褒められる事は嬉しい事なのだが。この人が言うと甘ったるくて仕方がないから嫌だ。鳥肌が立つ。
しかし今は嫉妬うんぬんの話で、姉さんが深く関わる事項なだけに我慢する。
「いじめは……そうですね。我々は騎士ですから、決闘という形ならば今までに5回ほど受けていますが、陰湿なものはないですね」
「決闘……!まじか!アツイな!」
「ふふ、そうですか?コウキさ……コウキも男なのですね」
「まぁ、そういうのは男なら憧れるものだろ」
「そうでしょうか……私はあまり好みませんが……」
「あー……っぽいわー……って、あれ?決闘申し込まれて、断ったの?」
「いえ、一応、お受けしてますよ」
うわ、なんか意外だなぁ。それくらい、姉さんに対しては本気という事なのだろうが。
「へー、じゃあ勝ったんだ?なんか勝てそうに見えないけど」
今でも姉さんと恋人関係と言う事は、勝ったという事だろう。全然想像できないけど。
「はは……そうですね、はい。これでも団長としての冠を貰っていますので」
「ふーん、ほんとに勝てそうにないように見えるけど」
「ええ、とても弱そうに見えますから、新人の方に良く挑戦されるのですよ」
「認めるのか……ふーん、じゃあベテランは?」
「第二騎士団長、カルロ殿との決闘を知っている者達ですからね。私の実力のほども知っているでしょうから」
「あー!あの人なー!良い筋肉してるよなー!俺も良く胸筋鍛える時に会うわ……ってちょっと待て……エリオットって……あの人に勝ったわけ?」
「辛勝でしたが……ええ」
「すげえええええ!?」
まじかよ!?あの圧倒的に誰も寄せ付けない筋肉の持ち主だぞ!?剣すら弾くあの筋肉の塊を倒したって、一体どうやったんだよ!
エリオットは褒められ慣れていないのか、恥ずかしそうにそわそわしている。
「どうやって勝ったんだ!?」
「私の異名はご存じでしょう?」
「ああ、逃げのエリーだったっけ?」
逃げてばっかりだからだそうだ。それも素早く。
しかし、逃げてばかりでは勝てない。
聞くと、相手の体力が落ちるまで逃げて逃げて逃げまくり、その間にチクチクと攻撃していたらしい。地味……!地味だが、自分の持てるステータスの全力で戦ったのだろう。カルロって人の力の優位の前に、一撃でも喰らえば終わりの攻撃を全て躱して攻撃。地味だが、想像にし難いほど無理な戦いだった事だろう。
「逃げる事に関してだけは、胸を張る事が出来る特技ではあります。胸を張る事ではないですが」
「いや、機動騎士なんだろう?ならあんたが機動騎士団長で正解だな。見なおした」
「そ、そうでしょうか。ふふ……!」
「顔を赤らめるな……」
やめろ嬉しそうにはにかむな。そういう顔は姉さんの前だけにしてくれ切実に。
「にしても、姉さんは愛されてるな。あの人の決闘でも逃げずに戦った上、勝ったんだ」
「ええ、誰にも渡したくはありませんでした……愛しておりますので」
「告白は姉さんにやれ……」
やめろ頬を赤らめて告白をするな。だから姉さんの前でやれって。
しかし、女ならこんなに思われて悪い気はしないだろう。よくわからんけど。
しかもこいつはこんなイケメンだし。いや、この世界だと違うんだけど。
エリオットがふと暗い表情を浮かべる。
「ですが、ユリはあのように沢山の男性にモテます。いつ、彼女の心が別の誰かのもとに行くか……それが不安で仕方ないのです」
「いやいや、姉さんがエリオット振って別の男行くとかありえねーから!逆ならまだしも」
「逆なんてそんな!私は絶対にユリから離れたくありません!だからこそ不安なのです……」
「いやいや、こんなにイケメンに愛されてるのに、別の男なんか目に入ってないって。弟の俺が保障するよ、姉さんはそんなに薄情でも尻軽でもない」
エリオットはハッとして俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「……そう、ですね。そうですよね。私は、彼女の心を信じるべきですね。信じない事は、彼女を侮辱するも同然……ならば、私は、ずっと隣にいても問題はない……そういう事ですね?」
「侮辱とか大げさだけど……まぁそうだね。姉さんは結婚する気満々みたいだし」
「けっこ……!」
顔を真っ赤にしてエリオットがフリーズした。
何度話しかけても全く動かない。どうしようこれ。
俺が困っていると、エリオットの執務室の扉がノックされる音が聞こえてきた。俺が答えるのもどうかと思ったが、エリオットに用事がある人ならエリオットの再起動もやってくれるだろうと思って扉を開く。
「あ、イリアスさんじゃないっすか」
「え、コウキ?どうした、こんな所で」
「あれ、再起動させといて」
「あれ……?え、なに、ちょっと。動いてないんですけど」
「まかせたぞ」
「ちょっと待てコウキ!一体団長に何をいったんだ―――!?」
ふぅ、頼れる副団長にあとは任せておこう。
にしてもあれだな。やっぱり参考にならなかったな。無駄にSAN値を削られた。
結局、俺はいつものようにアイリスちゃんに話しかける事にした。
いつも揉みたくなるぷるんとした形のいいお胸が素晴らしい。こういう下心があるから罵倒されるのだろうか。
思い切って本人に聞いてみる事にした。こんな行動は、日本にいる時には考えもつかなかったものだろう。モテ人生を歩むと、気も大きくなるようだ。
「アイリスさん、どうしていつも断るんです?」
「なっ……それは!」
「もしかして、迷惑……ですかね」
「違っ……あっ!」
ハッとして慌てて手で口を塞ぐアイリスちゃん。その仕草が物凄く可愛い。しかも顔を赤らめてるし!なんなのこの可愛い生き物……!萌え死にそう……!
内心悶え転がっているのを鍛えた腹筋で抑え込んだ。
そしてなるべく平常に聞こえるように声を出す。
「違う、って事は……迷惑ではないと言う事、でいいですよね?」
「……っ」
平常に振る舞おうとしたが、内心の狂喜乱舞が若干滲んで声が震えてしまった。エリオットの前で姉さんが震え声になっている理由が良く分かった。これは相当の精神力がいるぞ。
「どうしたら俺とお茶に行ってくれますか……?」
「……」
落ちる沈黙。恐らく今、彼女は迷っている。何が彼女を迷わせているのか、分からない。
ならば少し強引にでも……そう思った時にひらめいた。
「今度……聖誕祭がありますね」
「……行かない、わよ」
「……そこでの最終日、俺が代表に選ばれたら、俺と、お茶してくれませんか?」
「……っ、な、ぁ!?」
年に一度と言われる大規模な祭り。聖誕祭の最終日。その最終日には、この世で最も強く美しい筋肉の祭典がある。
顔を真っ赤にさせて、わなわなと震えているアイリスちゃんを見つめて、なるべく爽やかに見えるように笑った。
「約束ですよ?」
「……っばっかじゃないの……!」
あまりに可愛らしい顔に、それを肯定と受け取って俺は聖誕祭へと向けて歩を進めた。
元々、あの祭典には興味があった。イリアスさんにもワンチャンあると言われていたし、思い切って出場する事に決めた。
毎年怪我人が出ると言うその祭典、決して生易しいものではないだろう。
胸を打ち付ける行為は、想像よりも遥かに厳しいものだった。
「コウキ!さぁ!んな事じゃ代表には選ばれねぇぞ!こい!!」
「う、おぉおおおおおお!」
カルロさんやコンラドさん、他にも騎士の方々の胸を借りて練習する。
勿論筋肉が衰えないように筋トレも欠かさない。
俺は、アイリスちゃんを手籠めにする。アイリスちゃんを手籠めにする。それだけを心に、俺は必死で戦い抜き、遂に成し遂げたのだ……!
基本的に騎士達は警備の方に行くので出場する事はない。それでも、民間人の中にも猛者はいた。
ゴットヘルフという男だ。奴は俺と同等の、いや、それ以上かもしれない筋肉を惜しげもなく見せている。聞けば、毎年、代表の相手方を弾き飛ばすほどの圧倒的な筋肉なのだという。
彼の全力に誰もついていけない。だから最近では彼にとって慣れあいとも言えるほどに生易しい祭典となっていたのだ。
だが、俺は彼の全力を受け止め、また、彼も俺の全力を受け止めた。
祭典中は互いに言葉こそなかったが、通じ合うものがあった。やっと出会うべき筋肉と打ち合った……そんな感動さえ覚える程に。
祭典が終わり、筋肉も疲れ果てているが、俺はまだ終わりじゃない。
アイリスちゃんをお茶に誘うのだ。そのために俺は頑張った。
アイリスちゃんが見に来てくれている事は確認済みだ。
……あれ、姉さんが気絶している。まぁ、エリオットがなんとかやってくれるだろう。どうせ筋肉にあてられただけだろうし、思う存分いちゃついてくれ。
地味めの洋服を纏った巨乳うさ耳美少女を見つけ、俺はそこまで走っていく。
「アイリスさん!」
「あっ……!」
俺に近寄られている間、ずっとわたわたとしていて、とても可愛らしかった。
あ、もしかしたらちょっと汗臭いかもな……若干いつもよりも遠めの距離で止まり、笑みを浮かべた。
「俺、選ばれました!ぜひ、お茶してください!!」
「ど、どうして!?な、なんでそこまで……!!」
アイリスさんの罵倒以外の言葉に思わずきょとんとしたが……俺は自分の気持ちも伝えていない事に気づく。
「なんでって……アイリスさんが好きだからに決まってるじゃないですか」
「え、ええぇええええええええええ!?」
大衆の面前での告白。
祭典の熱気は、まだまだ冷めそうになかった。