劇5
果てなる地にて。舞台正面の椅子上で頬杖を突く魔女に向かい近づく男。
『どうしたという。よきおのこよ』
『麗しき魔女よ。魔女ヴィリオよ。我が望みは地獄行。それも、そこから生きて再び戻って来なければならぬ』
『よきおのこよ。汝はほんによきおのこよ。されど愚か者だな』
『焦がれる男は皆愚か者』
『焦がれる女の皆賢しらさよ』
『そうでしょうか』
『汝こそ、そうかえ』
笑う魔女。笑わない男。
『賢しらならば賢しらであれ』
『愚か者は愚かであれ』
『私は愚かだ』
『私は賢しらかえ』
笑う魔女。笑わない男。
『戯れは十分だ』
『そうかえ。戯れかえ。よきおのこよ』
『戯れだ』
『ならば聞こう。よきおのこよ。我が未来視によれば、汝が成すべきことを成せとある。成すか。成さざるか』
『過去未来現在において。私は成すだろう。停留点から発散、収束までの間において。それは決まりきったことだ』
男の瞳は輝く。決意。強い口調を持って。
魔女の瞳は怪しく煌めく。妖艶な口調で。静やかに。
『ならば、人の身においては決まりきったことを成せ。答えは既に出ておるではないか』
『諦めろと』
『身の丈で可能なことに向かい合えばよかろう』
『私は、私は、愚か者だ』
『おお。よきおのこよ。そうかえ』
『時が無い。時が。時間が無い。もう時間が無い!』
『それは時が来なければわからないこと』
『煉獄を抜け。地獄へ』
『人の身に過ぎたることを望むか』
『愛するもののため』
『愚か者だな。よきおのこよ』
『私は、愚か者だ』
目を閉じると歌う魔女。
『青春の。一度の春。限りにも。知りつつ知らず。道を行くのだ。
人の身と。生まれたからは。道を知り。長い旅路を。道を行くのだ。
青春の。長夜の眠り。夢心地。知らず知りつつ。道を行くのだ。
人の身と。生まれたからは。夢心地。眠り起きれば。道を行くのだ。
あな嬉し。あな妬ましや。人の身が。この世のことは。夢のまた夢。』
短歌調。
魔女は午睡の後のように閉じていた瞳を開く。
『あなたもかつては人であったろうに』
『そうかもしれぬ』
『旅路は長いか』
『よきおのこよ。人の身ならば、長き旅路を欲せよ』
『愚か者故』
『愚か者かえ』
『よき魔女よ』
『よきおのこよ』
『人生は短い』
『人生は短い』
『旅路を』
『夢心地のものかえ』
『愚か者は愚かであれ』
『道を知れ』
『賢しらな魔女よ』
『よきおのこよ』
魔女は頬杖を突き再び目を閉じる。
『証立てするすべもあらず。天網恢恢疎にして漏らさず。が、例外もあろう。我に願えばすむべきものを』
『正しき愛には正しき答えを』
『呪われたな。よきおのこよ』
『呪われたか』
『ならば行こう旅路を』
魔女が立ち上がるとともに幕。