昼とご飯
日時:六月十一日。場所:教室。目的:昼の合間に。
今日は、どうしよう。私のお弁当が無い。お弁当かパンを買いに行かなきゃならないみたいなんだ。母さんが忙しいからって、お金をくれた。だから、こうする。階段を上り降りしながら、洋子と恵都と一緒に買い物に行く。
「これとこれを」
「あれとそれを」
「私はこれを」
めまぐるしく動く品物たちを眺めながら、探す。あまり数は無さそうだ。もう余りものでもいいかな。ううん、それでも食べたいものがあるもの。列に並びながらかき分けて、それから、静かにお金を差し出す手たちを眺める。結構な数だ。私の腕を含めると+Ⅰ、含めないと-1。あれれ、計算がおかしいような。恵都が先に買い終えて帰ってくのを眺めながら、私は洋子とお話ししながら、パンを一掴みとジュースを買う。
「要はさ、いいよね」
「どうして」
「だってさ」
「洋子のほうこそ」
洋子の手にパンがわたるのを見ると私たちも撤収する。昼の喧騒ある廊下を渡って教室へと向かう。私と洋子の会話は以下の通り。
「どうしてよ」
「いつも楽しそうじゃない。洋子」
「そうかな」
「私の方がいい、かな」
「そうなの、そうなのよ。今は要の方がよくないかな」
「洋子がそういうなら。そうじゃないのかな」
「要。要。要」
「ああ、はいはい」
何とも言えず普通だ。
教室のドアを開くと坂井君と恵都が黒板前で何かやって遊んでいる。そのまま、席に向かうと恵都が飛んできて輪に加わる。
「何していたの」
「ちょっとした遊び」
私が話しかけて恵都が答える。洋子がパン袋を破ると、里美が食べかけのお弁当からウィンナーを取り出して口の中に放り込んでしまう。恵都と私もパン袋を破る。雄一のお弁当はもうすぐ空だ。
パンをほおばると、柔らかい食感だけを口の中に残して綺麗に溶けて行く。弾力を楽しみながら、静かに口を動かしてみる。洋子の端正な顔が崩れて口を大きく開いてパンを飲み込むのを眺めながら、恵都と雄一の早食い競争を見るでもなく、何となく意識する。里美がお弁当からご飯を持ち上げてしゃりっと噛むのを見る。
「里美」
「何。洋子」
里美がいつものように笑顔いっぱいでお弁当を口にするのに洋子が一言口にして、手ずかみでウィンナーを一個持って行っちゃった。
「これ。頂戴ね」
「何、何。洋子ぉ」
洋子はウィンナーを口に含むと最後に残っていたパンのかけらとともに飲み込んでしまって、それから、お弁当を取り出す。
「ちょっと食べすぎかも」
「食べ過ぎなら。返せ。私のウィンナー」
洋子と里美の声を聴きながら両隣の先を見てみると、男子二人で行っていた競争は、恵都と雄一の早食い競争は恵都の勝ち。
「それじゃ。雄一行こうぜ。じゃな。要」
「ちょっと待つ。待つ。恵都」
恵都が机を片付けるのと雄一がそれに続くのを眺めるでもなく眺めながら、私はパンの四切れ目を口にする。口いっぱいに広がる酵母の香りと食感にジュースを流し込んでしまうと、果汁に溶けて一緒に流れてしまうパン切れをおいしかったと、胃袋に収めると最後の一切れを口に放り込む。
「それにしてもさ、恵都と要は仲いいよね」
「だよね」
「そうかな。席は二人の方が近いのにね」
「なになに。昼休みの間の席、変わってほしいの」
「そういう意味じゃ」
「洋子は、さ」
お弁当を悠々と食べている洋子に対して里美はいつも通り口を開きかけて止めてしまう。それから、空になってしまった自分のお弁当から箸を取り出して、注視している洋子のお弁当へと、たった一個の狙いに集中する。
「あげないからね。里美」
「どうしてよ」
にらみ合いが始まった。
洋子が譲ることで決着するまでの間、私は優雅にジュースを飲みつつ、笑いながら見ていた。果汁が喉を潤すと、そのままの感触が残って口の中が豊穣の海みたいにとろけるような後味でいっぱいだ。
「要」
「要」
「はい」
後の残るのはそういうものばかりだといい。二人の呼びかけに答えながらそう思うんだ。