秘密のノートと私
劇が終わった後も私の出番は続く。
賦星先輩はたった一日でどうやってそこまで流麗に思い出せるのか分からないくらい役に入り込んでいたし、今河先輩は続く出番を正しくも誤りなく口にしていた。昨日のシーンを再演し、そしてそこから先に私の出番もあって、それで、それで。賦星先輩と今河先輩のシーンへともう一つ手を付けたところでその日は終わりになったんだ。私は役が終わってからその日が終わるまでの間中、二人の動きに見とれていた。
手元の用紙の束への記載と寸分違わぬ動き。そしてどこか秘密めいた三人の関係。私は、役をもらったことより、すごく上手くいっていると感じるそのことの方がすごく嬉しくて浮き上がりそうだった。私は、その、実際に浮いていたのかもしれない。詳しくは分からないのだけど、とても重要な役どころを私がもらってしまったみたいで、どうしても浮いてしまう。
今河先輩が言うには、
「みんな表側はやりたがらなくてな」
だって。
私は、最後に手を付けたシーンを眺めながら、隣で座る同級生との間に何気ない一言会話して、二言目には先輩たちに交じっていることの楽しさと引け目を感じさせないように会話した。
「どう。調子」
「ええ。いいですよ。それにしても大役ですね。要さん。要さんは先輩たちと仲いいですし、役にも似合っていますから。きっと」
「うん。でも、映子ちゃんも何かやるんでしょ」
「私は裏方です。やりたいのもそっちだし」
「そう。それじゃお互い」
「ええ」
賦星先輩の独白が終わると部の今日の出番はここまでです。
その日。部活が終わった後、部室に居残るのも何だか変な感じだけど、仕方がない。秘密のノートを持って帰らなきゃいけなかったし、賦星先輩とも少しだけ話しておきたかったから。
「賦星先輩はすごいですね」
「何がだ」
「演技ですよ。一日でそこまで覚えたんですか」
「まあ。賦星真知子に不可能は無いからな」
そういえば、そういえば、あった。今日の賦星真知子に不可能は無い宣言。秘密のノートにまで記載された特記事項。
「それで。先輩。これ。先輩が書いた後ですから次は私が書く番ですよね」
秘密のノートを片手に持ち、先輩が座ったようにパイプ椅子に前のめりになって座り込む私。
『秘密のノート第三条。秘密は回り巡るもの』
「ああ。あったな。そういうの。確かに。そうだろうなあ」
賦星先輩はロッカーに体重を預けながら考え込むようなしぐさで首を傾げていたのだけど、それから、思いつかないとでも言うように首を振る。
「な。要。別に私はいいんだけど、お前が役に慣れるまで」
「ストップ」
私は、先輩の言葉を途中で遮ってみる。
「『秘密のノート第十一条』」
「要、さ」
「『賦星真知子に不可能は無い』ですよね」
「それはそうだけどさ。確かにね」
先輩はロッカーに預けた体重を二度引き戻そうとして物音を立てた後、はじけたように笑い出してそうしてそれから私に言ったんだ。
「ああ。分かった次はお前の番だ。島世要」
私は何となくのめり込む秘密のノート遊びと、まだのめり込めていない役について思ったんだ。せっかくの先輩との会話なのにどうして役と演劇について聞かないんだろうって。私は、そう思いながらも、その日は秘密のノートを回収すると、賦星先輩に挨拶して帰ることにしたんだ。