第六十八話 - その日・???
遠くで光の柱が上がった。
「ちょっと待て……特異点はもう発生したはず。これ以上の歪みは仮想が壊れる……」
すべてのループの根幹は一つ。
最初は同じ条件で何度も開始され、うまくいくか大きな変化がある場所で状態を回収。
そして次のループでその状態を投入するか、参考にして更なる変化を観測していく。
「ほんと、この世界がまるでゲームの中みたいだな。最高記録を出すためにセーブとロードを繰り返すような感じで」
「だからそれでいくとまったく同じことを繰り返しているように見えて見えないところで負荷が押し集められているんだよ。そんでなにかきっかけがあればああして辻褄合わせに大破壊が起こる!」
「どういうことだ?」
「詳しくは知らないが、ほら、空を見ろよ」
酸素のない黒くなった血のような色に、紫や茶色が混じりかけたような気持ち悪い色の穴。それが広がっていた。
「破壊が始まったらどうなるか分からない」
「俺たちはどうすればいい?」
「今更走ったところで逃げられるような効果範囲じゃないし、爆撃で死ぬか変なところに飛ばされて体がバラバラになるか」
「…………」
「まあとりあえず言えるのは、レイズが終わったということだな。後はスコールが死ねば”巻き戻し”が発動する」
離れたところで彼らはそう話していた。
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難しいことを考える必要はない。
そこに一人で何もかもを誰にも言わずに実行して憎しみを引き受けて死のうとしているバカがいた、それだけ。
すべて彼が招いた事態であり、自分勝手なことに”恩返し”のための我儘で引き起こしたことだ。
誰にも言わず、どうにでも解釈できることを言い、そして敵と味方をたくさん作ってきた。ある者はその過程で助けられて気付かないままに敵に、またある者は恐れながらも”良い人”だと思って寄り添い、またある者は理解しようとして拒絶されて。
「なんでこんな遠回りしたんだかなぁ……。結果が同じなら過程に拘るな、それだったら速かったのに」
たかが人間が、ほんの些細なサボり魔と捨て子の喧嘩に巻き込まれたことでここまですることになるとは思わなかった。
思えば、
北欧神話で語られることがベースとなった世界で魔狼を拾った
青の境界とかいう組織のいざこざで天使を救った
ある貴族の館の襲撃に介入して一人の運命を捻じ曲げた
こんな小さなことから短期終結した戦闘にも多々参戦して、生き残れるはずはなかったのになぜかここまで生き残ってきた。
だがその先に何かあったか?
別に世界を護るとかいう大きな目標は微塵もなかった、この星の上に暮らす者たちのためという思いもなかった。ただ利用できるものは利用して最後に備えた準備をするためだった。少しでも多くの戦力を残して、敵側の戦力を少し削って。でも、それが狂った。最後の最後、両勢力が疲弊しきったところを狙っていたが敵側が目標は達成したとかでいなくなってしまった。これによって残るのは邪魔になる味方。
「…………、」
スコールは躊躇いなくコンバットナイフに手をかける。そして自分の首元へと。
死への恐怖は全くない。
「あっちは終わったか。結局たどりつくことすらできない最強か」
空に舞い昇った光を見て、
「これで」
ナイフを頸動脈へと進める。
見渡す限り黄昏色の草原で、もう絶対に邪魔が入ることはないはず。
なぜが生き残ってしまう、なんとなく助けられてしまう、ありえないのに誰かの手が届いてしまう。そういう曖昧な奇跡なのか不幸なのか分からないものは届かないはずだ。
これで自分が死ねば、後はいつものように本当の意味で自由に使える力が勝手に進めてくれるはず。今死ねばあの世へ旅立つなんてことではなく、ただ消去される。
例えるのなら、ハードドライブに記録したデータを消去するのはただアクセスキーを消すだけで認識できない状態にする。これから行うのはデータの消去ではなくハードドライブ自体の破壊。そこに存在するために一つ一つに割り当てられた存在枠を消し去ること。
「主人公に変な補正があってもさすがに邪魔はできんだろう」
ちくり、と首筋に感じて一思いに突き刺そう。
思った。
でもできなかった。
気付けば腕が痺れ、刃の折れたナイフが離れたところに落ちる。
「……つまり」
ナイフが落ちた方向とは真逆を見て。
「認識外からの邪魔も考慮しろと?」
遠くで何かが光る、三歩ほど横にずれると二秒おいて弾が通り抜けて行った。
足元を見れば先ほどナイフを弾いたらしきものの残骸が落ちている。
「長距離狙撃でこの弾は……フェンリルの連中か……」
弾が飛んできた方とは逆を向いてもう一本ナイフを抜くが、別の方向から飛んできた弾丸に弾き飛ばされた。また方向を変えて、そして弾かれて。
どうも囲まれているらしい。
「道具が無くとも……」
爪で喉を抉るように掻き毟ればいい。
武器を狙ってくるのならどうせ殺しには来ない。
そう考えてだが、結局それがかなうことがなかった。
なぜならいきなり空間が歪み、そこから転移してきた者に後頭部を蹴られて倒れたからだ。
「やらせませんよ、スコールさん」
起き上がる前に背中に乗られ、両腕を膝で押さえつけられてしまう。さらに囲むようにして空間が歪んで増援が出現する。
「ナイス! ユキ」
「おー、バカ一人確保ってとこかな」
魔狼のなかで正式な所属が決まっていない少女たちが、スタンガンやダブルロックできない手錠やら筋弛緩剤やらなにやらと危ないものをちらつかせて……。
そもそもなんで男衆がいつもいつもいないのか、スコールはそう思うのだが心当たりはたくさんある。その中でも一番に浮かんでくるのは、男衆が進んで危険な仕事を引き受けにいくため残ったところに女性陣が集まりすぎてしまうことだ。
「お前らなぁ……」
抵抗しようとはした、だが相手はかの悪名高い傭兵集団の魔狼。自身も一応は魔狼の所属とは言え、一対三を超えると勝ち目がなくなってくる。魔法を使えない少女たちで、しかも一通りの戦闘訓練はスコールと違ってサボタージュせずにきっちり消化している。
つまり、結論は、いくら女だからと言って力の差があろうが技術面での差がほとんどないため勝てない。
手際よく後ろ手に手錠をかけられて麻酔を打たれる。即効性だったのかすぐに力が入らなくなり、目だけを動かしてアンプルを見ればいつぞや自分が作ったものだと分かる。
「はぁ……なんでここまで邪魔が……」
「ボサボサの金髪の人が教えてくれましたから」
「あんのクズ野郎は……!」
怒りで血管がぷつんといきそうになったスコールだったが、ユキと呼ばれた少女が目の前に出したものを見て一瞬でクールダウンした。
それは長く細い鎖が付けられた、真鍮色のハンターケース型。懐中時計だ。
スコールのためだけの、単一の処理だけを行う補助具でもある懐中時計。
ちょっと時空に干渉して別の場所の誰かに押し付けてきたはずなのに。
「なんでお前が持っている」
「トキカワさんに貰いました。スコールさんを止めてくれって」
「……………………オリジナル」
まずい、と心の中で呟いた。複製品はセーフティーロックを何重にもかけて自分以外の誰にも扱えない(分解・解析ができない)ようにしてあるのだが、オリジナルのこれにはそんなものはかかっていない。しかも厄介なことに、近くにあるだけで動き出す条件発動型だ。スイッチも入っている。
条件壱・自分が死んだ場合、十三回しか使えない”巻き戻し”を発動。
条件弐・”開始”から一定以上の時間が経っている、且つ意図せず戦闘不能に陥る。保存した世界をロード。
条件参・レイアの死亡。保存した世界をロード。
この場合は条件弐に引っ掛かる。死んで消滅して完全にいなくなるという目的を達成できなくなる。
そのまま死ねばいいのでは? と思うだろうが、”完全に”ともなると下準備が必要であり今回を逃すと次の準備にまた長い時間がかかる。
「……なんでそんなに邪魔する」
「死んで欲しくないからに決まってるじゃないですか」
「ああそう。だったら”次”では敵だ、邪魔をする奴らは全員殺さずに動けない状態にしてやる」
恨みがましくスコールが言うと、少女たちが正面に並ぶ。
「それでも私はずっと一緒にいますよ」
「うん、あたしらは仲間に死んで欲しくないし」
「フェンリルのフリーランス部隊の隊長がいなくなったら面白いことがなくなるしね」
「…………」
「アヤノ、そこは何か言おうよ」
狙撃銃を抱えた少女は首を横に振った。
「言わなくても、伝わる」
スコールはとりあえず、この状況を打破できそうにないことに諦めを決めていた。今まで最後の戦いで意識を失うことや、自爆特攻を決めて”再スタート”することは多々あったが、味方にやられるというのは少ししかない。
「あぁ……なんか好かれるようなことしたっけな?」
誰にも聞こえない声で呟く。
思い出しても敵にも味方にも恨まれるようなことしかした覚えがない。
記憶を走馬灯のように思い出していくうちに、打たれた麻酔が頭にも回ってきたのか意識が薄れていく。
「おやすみなさい、スコールさん。また会いましょう」
そんな声を最後に意識は奈落の闇の中に落ちていった。
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遠くで二本目の光の柱が上がった。
それは空に穿たれた穴に吸い込まれ、空間を割り砕くように巨大な穴を見せる。
「始まったか。俺、このループの”巻き戻し”って初めてなんだが」
「俺もだよ。記憶を持ったまま同じ世界を繰り返すんだよな?」
「らしいな、まあそうだったとしてこの世界で死んだやつらとどう顔を合わせていいのか悩むんだが」
「……そうだな。あの桜都の戦いでみんな」
「言っても仕方ねえさ。どこから始められるのか分からないし、構えといたほうがいい」
またある場所では。
「いい加減に俺に上から下りろこの狼が!」
未だに伸し掛かられたままで、そろそろ腰から下が痺れてきた狂犬が一人もがいていた。
そしてそこから数キロ離れて、激戦の痕が残る場所でベインは、
「あーあぁ、やられたか。次のループはどうなることやら」
敵方からの休戦を承諾して、そろって遠くの空を見上げていた。
- あとがき -
これにて第一部・ぐだぐだで分かりづらい始まりは終わりです。
第二部からは脇役(スコールとか敵)の出番が減って脇役(ベインとか味方)の出番が増えます。
あれ? と思った人がいるでしょうが、なんでこんなに話が飛んだのかというと、実は単なるボンミスです。
デスクトップの片づけをしていたらいつの間にか数話分まとめていたフォルダを消しちゃった☆! ということがありまして、復元を試みたのですが無理でした(どうでもいい単なる言い訳、書き直し中)。
それから私は修正等をしていくと少し前に書きましたが、暇があるときにちょこちょこやっていくつもりなので、いきなりガラッと変わることはありません。
執筆期間にして約10ヶ月ほど、文字数は約38万文字。
今までの御愛読、誠にありがとうございました。
第二部の開始は少し先になります。
面白いと思ってくれた方はそのままで、
駄作じゃねぇか! なんて思った人は、どうぞ心の内に秘めた爆弾を置いて行ってください。
それでは! 注・感想に返信はしません
あ、それと次回更新は13日の金曜日です。




