のんびりダンジョンぶらり旅(ただし女子はいない)
この世界での移動手段は、基本的に徒歩か馬。
ドラゴンに乗って空を飛ぶという猛者もいなくはないらしいけど、常時の移動手段にできるほどではないという。夢はあるけど、ドラゴンはなかなか人に懐かないそうだから。
なんて言われると僕は首を傾げたくなる。
僕の膝や頭の上には、よくライラが乗っかって甘えてくるから。
鱗に覆われているけどやわらかい、ぷっくりした腹を撫でるとネコのようにゴロゴロと喉を鳴らす。……猫じゃないよね、と時々思うくらい、ライラは僕やみんなになついていた。
もっとも、ライラは地面をドカドカ走るタイプのドラゴンだから、乗っかって空を飛んだりするなんて言うのは無理だけど。基本的に、空を飛べる身体つきをしたドラゴンそのものがあまり数がないのだとか。僕らからすると、むしろそっちがドラゴンって感じだけど。
やっぱり、いろいろと変わるんだなと思う。
そんなことを思いつつ、僕はゆらゆらと馬車に揺られていた。
本日は晴天、とても良い気候。
僕は、とある都市に向かって移動中だ。
■ □ ■
発端は、レインさんの非常に困った様子に、ヒロさんが気づいたことから始まる。心配そうな彼の声にぞろぞろとみんなが集まった後、レインさんは申し訳無さそうにこう告げた。
日常的に使う素材が足りない、と。
『魔石の磨き――とか、最後の仕上げに使っている専用の磨き粉があるんだが、それを切らしてしまったんだ。ストックがあるからしばらくはいいんだが、残量が心もとなくてね』
『それって、どこかに売ってるものなんですか?』
『以前、ゲーム時代なら第三都市の特産品だったから安く手に入ったが、今となってはどうなっているのやら。あそこはよくも悪くも冒険一辺倒の街で、武具にならない素材は他所に流れてしまっているらしい。そもそも、素材を拾って帰ってすらいないんじゃないかな』
『……ってことは、まさか』
『そう。私が使っている磨き粉は、魔物素材から作られるんだ』
ゲーム時代は第三都市で確実に手に入るものだったけれど、今はまともに流通していない磨き粉。レインさんの知り合いの細工師さんも、自力で集めたり買い取ったりしているという。
他にも幾つか足りない、けど地味に必要な素材があり、せっかくだからそれを一気に集めてこようということになった。そして、僕は素材を集める重要な旅の途中。
僕の他に来たのは三人。
まず、素材の見分け担当でテッカイさん。前衛はハヤイ、後方支援で僕。ヒロさんはあちこち見て回ったほうがいいんじゃないかってことで、一緒に来ている。
彼は第三都市に半ば無理やり縛り付けられていた感じだから、まだこの世界のことをそんなに知らない。口で伝え、本を読んで学ぶことはできるけど、百聞は一見に如かずっていうし。
ちょうど他の都市への仕入れに同行してもらおう、って話もあったから。
ダンジョンそのものはそんなに難しくはないそうだから、ほとんど戦えないだろうヒロさんでも大丈夫だろう。僕と同じく戦いに不慣れ同士、ここらで少し鍛えておくのもいいかも。
ちなみに他のみんなは工房でお留守番だ。
そんな大所帯で行くこともない、という合理的判断からだ。
女子と子供ばかりでちょっと心配になるけど、レーネは田舎だから治安もいいし、なんだかんだでみんな強い。レインさんとガーネットがいるから、万が一の時も問題ないと思う。
ただ、それでも『もしかしたら』ということもあるから、出発前、エリエナさんにそれとなく僕ら男性陣が遠出することは伝えておいた。何かあったら彼女の屋敷に逃げこむように、とは言ってある。もちろんそんなこと無いのが一番なんだけど、油断大敵っていうしね。
そこまで弱くないのだ、と少し不満気だったブルーからは、ダンジョン――鉱山に近いそこで取れる岩塩を所望されている。鉱山で岩塩って大丈夫なんだろうかと思うけど、海が遠い地域では冒険者がそこから持ちが得る岩塩が供給源らしいから、たぶん人体に影響はない。
それからダンジョン近郊の街、第七都市メ・レネ特産のハーブの種。
レーネではあまり見かけないものが多いそうで、何種類か買ってきてほしいらしい。
僕らが乗っている定期馬車は、当然その第七都市に向かっているのだけれど、種を買い込むのは帰りにした方がいいだろうな。岩塩とやらが、どれだけ手に入るかわからないし……。
「っていうか、あんたほんとーにそれでいいのか?」
まだ見ぬ都市に少しわくわくしている僕のそば、いつもより少し厚着したヒロさんに、横に座るテッカイさんが話しかけている。ヒロさんにかぎらず、みんなそれなりに生地の厚い丈夫そうな服を着込んでいた。いつもどおりの薄着なのは、動きまわるハヤイだけだ。
一応、ダンジョン攻略ということだから、と装備らしい装備を身につけた感じで、ほとんど布の服と同じ僕と違い、ヒロさんは金属を縫い付けるなどしたいかにもな格好をしている。
ガーネットとテッカイさんのコラボ作品、だそうだ。
大丈夫、と緊張気味に答えるヒロさんの腕の中にあるのは、かなり大ぶりの剣だ。
大剣、とはまさにあのこと。
重さで叩き切る、って感じがする。
あれはテッカイさんが押し付けたとか、それしかなかったとかじゃなく、なぜかヒロさんがそれでいいと言って選んだのだという。実際、運ぶときも軽々と盛って歩いていた。
「それ振り回せるのか?」
「たぶん大丈夫……だと、思うよ」
「なら、いいけどよ」
無理そうなら言えよ、と心配そうにするテッカイさん。
そんなやりとりの間にも、数台連なった馬車の群れは街道を進む。この街道は、帝国を動かす大動脈なのだそうだ。他国までも伸びるこの道があるから、人と物が滞り無く流れる。
そこには冒険者も含まれた。
パっと見た感じ、この馬車の中だけでも他数人、それらしい人がいる。この定期馬車はさながら山手線のようにぐるぐると道を回っているため、彼らの目的地まではわからない。
僕らのようにメ・レネで降りなければ次の都市、そんな感じだ。
太陽はだいぶ高く、到着予定時刻が迫っていることを知らせてくる。この位置から前方は見えないけれど、もしかしたら第七都市の城壁などが、そろそろ見えてくるのかもしれない。
早く到着しないかな、と思う。
出発早々、僕にもたれかかって寝入ったハヤイが、ちょっと重い。