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ヒロさんは料理ができる

 サラダの準備が終わったら、次は野菜を切り刻む仕事が待っている。

 朝はそれなりにお客さんがくるんだけど、だいたいみんな急いでいることが多い。例えば都市と都市を繋ぐ定期馬車の最初の便に乗りたい人だとか、そういう人も少なくないのだ。

 そんな時、日本でいうところの丼ぶりモノがあれば楽なんだろうけど、ここ――帝国にそういう文化はあまりないようだ。まぁ、食べられているとはいえ米はマイナーな食材で、食べる人は食べるけど食べない人は目も向けないものだ。好き好きもあるから、仕方ないことだ。


 しかし、それに近いメニューが存在しないかというと、そんなことはない。

 要はササっとパパっと食べることができればいい。

 サラダに肉をつけるのも、その一環だ。

 バラバラにするより食べやすく、余計なものは必要ない。肉は予め細かく切り分けられているからナイフがまず要らないし、スープやパンはお好みでつける朝食セットだから量の調節もしやすい。まぁ、女性でもなければ全部つける人が大半なんだけど。

 女性は紅茶とかをつける人が多いかな。

 つけるというか、追加注文するというか……。

 簡単に作れて、作り置きできるデザートをブルーは考えているらしい。焼き菓子、クッキー系統しか思いつかない僕じゃ、たぶん味見ぐらいしか役立てないだろうと思う。


「お、おはよう……二人共、早いね」


 のっそり、と起きてきたのはヒロさんだ。

 寝ぐせのついた髪もそのままに、かろうじて着替えだけしている感じ。あまり自分の見目に関心がないらしく、無精髭そのままにしてた時もあった。髭剃りを強制執行されてたけど。

 さすがに羽交い締めにされて、一回り以上年下だといううら若き乙女であるレインさんにあれこれされたのは相当に辛かったのか、ヒゲだけはちゃんと自分で剃っているようだ。

 その反動なのか、髪の放置具合がレベルアップしている。

 そのうち、散髪の強制執行がなされるだろうな。


「えっと、ぼくにできることは?」

「じゃあスープ用の野菜切ってくれませんか?」

「わかった」


 ちょっとまってね、とヒロさんは壁にぶら下がっている新しいエプロンを身につける。彼のために用意されたエプロンだ。本人の希望で、かなりシンプルに仕上げられている。

 後ろ手にしゅるしゅると紐を結ぶ姿は、なかなか様になっていた。

 僕の横に立って玉ねぎを手にし、皮を剥いて切れ目を入れ、みじん切りする手つき。若干不揃いな僕のそれと違い、ヒロさんの玉ねぎは均等な大きさに揃えられていた。切ったものをボウルに移す時にこぼしたりとか、ちょっと大雑把なところもあるけど、ずっと慣れた感じだ。

 初めて台所で一緒に作業した時から、気になってたんだけど。


「ヒロさんって、料理やってたんですか?」

「え、あ……どうして?」

「僕よりずっと上手ですし、切った大きさも均等だし」

「あ、うん。ちょっとだけね。大学時代に飲食店でバイトしてたことがあって、その時の影響で自炊なんかもしてて。簡単な料理ならレシピなくてもさっと作れる……かな?」

「へぇ、凄いじゃないですか」


 僕なんてレシピがあっても、若干味付けが不安定だと言われるし。

 焼き方や煮込み方が甘かったりやりすぎてたりは普通だし、現状ではまかない料理すらままなってない。実は、こうして台所に立っているのも、せめてそれくらいは作れるようになった方が、ブルーの負担が減るかなっていう考えだ。日々の食事ぐらいは、と思ったんだ。

 実はこのギルド、料理が作れるのがブルーとハヤイ、簡単なものならという但し書きでレインさんぐらいしかいない。レインさんは本業が忙しいので手伝えなくて、実質ここの台所を守っているのはブルーとハヤイの二人だけだ。そして、店に出す料理はブルーの担当だった。

 ハヤイは基本的に仕入れの方に回っていて、それには狩猟なんかも含まれる。たまにレインさんと森に狩りに出かけては、干し肉になる生肉を持ち帰ってきていた。

 全くできない人ばかりではないから当番制も考えたけど、比較的工房から離れることが少ない僕もある程度は作れた方がいいんじゃないかな、と。そう思った。

 ブルーは料理以外にもすることがあるし、料理だけでもすることがたくさん。

 せめて僕らが食べる料理くらいは、ブルーなしでも何とかできないとな。ハヤイやレインさんばかりに頼るわけにも行かないんだし、時間に余裕がある僕こそ適任だろうってね。


「偉いねぇ……」

「できることからやってるだけですよ」

「早く楽させてほしいのだ。ということで早速今日の朝食をお任せしよう」

「え? あ、うん、まかせて」


 急に話に割り込んできたブルーは、にやりと笑って背を向ける。

 これはまさか抜き打ちテストってやつかな?

 若干戸惑う僕を他所に、ブルーはスープの材料をじゅうじゅうと炒め始めた。あれを始めると終わるまで他の作業はしないしできないから、つまり朝食は僕の仕事と決定したらしい。

 なぜ他ができなくなるかというと、弱火でじっくり煮こまなきゃいけないから。

 焦げ付いたり、吹きこぼれたらダメなんだそうだ。

 なので誰か――だいたいレインさん辺りが、サポートにつくのがいつものこと。問題はそのレインさんが自分の店の準備で今日は来れないことと、ここにいるのが僕とヒロさんなこと。

 だけどヒロさんは料理できる組だったらしく、僕はほっと胸を撫で下ろす。

 とりあえず、食べられないものを生成することだけは避けられた。


「じゃあ、卵料理でもつくろうか」


 オムレツとか、とヒロさんが袖をまくる。

 かごの中に収まっている卵を一つ手に取ると、作業台の上に何度か軽くぶつけて、薄く入ったヒビからぱかりと割った。三つほど割ったところで塩コショウを軽く。菜箸でしゃかしゃかと切るように少し混ぜた後に、今度は空気を含むように大きく手首を回した。


 僕が見ている先でてきぱきと調理は進む。

 フライパンにバターを適量、それが溶けたら溶き卵を流し入れる。

 固まりきらないうちに勢い良くかき混ぜて、全体的にドロリとしたらフライパンの先端部分に集めていく。後は、何かの番組で見たことがある動き、フライパンの柄の部分を軽くトントンと叩くようにしてくるりと卵を回し、綺麗な形のオムレツが出来上がった。


「……おぉ」


 思わず食い入るように見ていた僕だけど、すぐにはっとして皿を棚から引っ張りだす。

 それから人数分のオムレツが焼きあがるまで、ただ皿を差し出す係をしていた。

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