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甘くて美味しいお薬

 持参した袋にぎゅうぎゅうに草を詰め込んで僕らが工房に戻った時、ウルリーケはもう泣いていなかった。前髪の毛先から見える目元はまだ赤いけど、何もこぼれてはいない。


「お……おかえり、なさい」


 少し震える声で挨拶し、茶髪を揺らしながらぺこりと頭を下げる。

 彼女に案内されるような感じで、僕らはウルリーケの作業場に足を踏み入れた。ものは多いけど整理整頓されている室内を見ていると、やっぱり女の子なんだなと思う。


「似たような草があって、仕分けするヒマがなかったから全部取ってきたんだけど」

「んと……あれに似てるのは、大丈夫なの。全部混ぜちゃうの」

「え、いいの? 取ってきたのは僕らだから、いくらでも仕分けするよ姉さん」

「だいじょぶ」


 袋の口を開きながら、ウルリーケは二種類の草を引っ張りだす。

 よもぎに似た深い緑色の草と、先端をよく見ると若干赤く見える草。見分けの仕方は簡単な部類だろうけど、素人には簡単と言えるだけのスキルはないし、速度もない。

 図鑑によると赤くないほうが本命だった、はずだ。

「こっち、胃薬に使うの」

「へぇ……」

「風邪だと胃腸もやられちゃうから、混ぜて使うこともあるって書いてあったの」

 それと、とウルリーケは続けて。


「甘みが強くて、リュニにはぴったり」


 だけど内緒。

 そういった彼女はほっとしたように、少し笑ってくれた。



   ■  □  ■



 さて、薬に使う薬草類は乾燥させて砕いて、専用の液体に混ぜて煮込んで使うものなんだけども、僕とガーネットが持ってきた草はみずみずしくシャッキシャキの鮮度抜群な感じだ。

 普通は天日などに干してカラカラにするそうだけど、完全に水分を抜くには数日は最低でもかかるだろう。その間、ずっとお日様が空を明るくてらしている、という前提で。

 しかし時間は昼を過ぎて夕方目前。

 お日様はだいぶ下火になってしまっている。

 元の世界なら乾燥させる手段はいくらでも見つかっただろう。乾燥機に入れるなど、機械に頼ればあっという間だ。でもそんな便利なもの、ここには当然存在しない。

 しかしウルリーケの顔に焦りはなかった。

 出発前に見た、あの泣きそうな少女とは別人のようだ。


「姉さん、どうするの?」

「えっと……錬金術できゅうそくかんそー、するの」

「きゅーそく」

「乾燥」


 ん、と頷いたウルリーケは、戸棚から赤い液体の入った小瓶を取り出す。手のひらに収まるくらいの大きさしかない、ちょっとキラキラしたカットが施された綺麗な小瓶だ。

 紙――それとたぶん糊を使って封をされた小瓶の蓋を開いて、中身を床にこぼしていく。

 荷物のない、薄い石材を敷き詰めた一角に。

 最初、何をしているのか僕にはわからなかったけど、次第に何となく把握した。赤い液体を使って描かれたのは魔法陣。といっても、そう言われて思いつくような複雑な模様はなく、一重の円の真ん中に謎の言葉のような、図形のようなものが一つあるだけのシンプルなヤツだ。

 その上に手をかざすと、ほんわりと魔法陣が光りだす。


「袋、ここに乗せて……そしたら、乾燥するの」


 言われるままにそれなりにずっしりとする袋を、魔法陣の上へ。液体は乾いているようには見えなかったけど、術者で専門家のウルリーケが何も言わないのだから大丈夫なんだろう。

 それとなく少し離れたところに下がり、僕とガーネットは彼女の作業を見守った。

 魔法陣、そしてその上にある袋を前にして、彼女は祈るように目を閉じる。


「――」


 小さく何かを唱えると、魔法陣の光が一瞬強くなった。

 同時に、袋の口からものすごい勢いで白いものが噴き出してくる。煙か、と思いとっさに口元を袖で覆うけど、それにしては目は痛くないしガーネットは普通にしているし。

 というか、これって。


「……湯気? 蒸気?」

「ですね。たまに姉さんやってます」

「あ、そうなの」

「急ぎの時とか、まとめて材料を仕入れたけど置いておく場所がないときとか。イイモノを作るには天日とかで自然にやるのがいいらしいんですけどね。あと水分を飛ばして乾燥させる加減が面倒だとかで、普段は屋根の上とかに袋ごと並べて時々ひっくり返してます」


 知ってますよねと言われ、頷く。

 まぁ、ギルドのマスター兼雑用係なので、それなりに手伝っているので。他にもブルーが食材やハーブを乾燥させてたり、洗濯物を干してたり、工房の屋根はよく使われている。

 一番日当たりがいいし、当然の成り行きだ。

 たまにテッカイさんやハヤイが干されてる――もとい昼寝してるのも見かけるな。僕は落ちたら即神殿逝きだろうから、さすがに昼寝する勇気はちょっとなかった、興味はあるけど。


「こういう風に乾燥させられるんだね」

「水分蒸発させてるあれも結局は炎系の攻撃呪文の応用なんで、たまーにしくじって燃やすからやらないだけですよ。薬草の中にはよーく燃えるヤツもありますしね」

「あぁ、それは怖い……」


 などと言っている間に、袋はみるみるうちにしぼんだ。

 はふぅ、と大きく息を吐く姉に、ガーネットは近寄っていく。いつの間にかその手には飲み物らしきコップとタオル。……いや、ほんとどこから、と思うけどつっこみは野暮だ。

 乾燥したら僕やガーネットでも手伝える。

 ごりごりとすり鉢やら何やらで、草を砕いて粉にするだけだ。僕もガーネットも、比較的非力貧弱な方だけど、調合とかそういうのはさすがに無理だから気合を入れて肉体労働する。

 かさかさのからからに乾いた、ちょっと握るだけでもバラバラになりそうなそれらをすり鉢に適量掴み入れ、地道に棒でごりごりと。必要なのは数日分だから、僕一人で充分だ。


 ガーネットはウルリーケと一緒に、他の材料を棚から引っ張りだしている。

 年季の入った秤と重りを使い、一つ一つていねいに計量していた。

 こっちに背を向けて、二人して材料や秤とにらめっこだ。

 ああしてみると、二人は姉弟だなって思う。性格はだいぶ違うけど……。

 僕は一人っ子だから、ちょっとだけ羨ましくなる。ハヤイもそうだけど兄弟も巻き込まれている人はそう珍しくはなさそうだし、そういう意味では安心できそうだな、とか。


「……元気かなぁ」


 小さく、呟いて思うのは、もう長く会ってない気がする友達だ。僕がゲームを始める切っ掛けになって、巡り巡って自分のギルドを作るきっかけにもなってしまった友人。

 あれからレーネを離れてどこかに行ってしまった彼は、元気だろうか。

 腹が立たないわけでもないけど、さすがにいつまでも怒っている余裕もなくて。もしも彼が僕を訪ねてきてごめんの一言でもあったら、たぶんあっさり許せるくらい昇華されたけど。


 なんて言ったら、経緯を知っているみんなは怒るんだろうな。

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