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一滴は薬、一匙は死

「ヴェルの実は、毒性、が、ちょっとだけ、あるの」


 ウルリーケが紙袋から取り出すのは、玉子くらいの大きさの実だ。果物で、外側が玉ねぎやとうもろこしのように皮にくるまれている。内側は、さらにりんごのような皮で守られた、この世界では頻繁に口に入る果物の一種。一般家庭でも、庭先に植えていたりするものだ。

 見た目は青に近い紫色をしていて、熟すと赤が強くなる。

 袋に入っているそれは、熟していないことを示す紫色をしていた。


 それにしても、毒性、か。

 何度も口に入れたことがあるけど、そんな危険なものには思えなかった。

 一般的な果物で、子供のおやつ代わりにもなる。ブルーも前に、他の果物と合わせてフルーツパイにしていたし、他にも肉料理なんかの付け合せにもなっていたような気がする。

 熟した後はものすごく甘く白桃みたいな柔らかい食感で、でも熟す前はシャキシャキした硬さがあって味が薄い。なので、ソースなんかに入れて食感を楽しんだりするそうだ。

 ……れんこんが、たぶん近い食感だと思う。


「えっと、口に入るの、実の部分だけなの。毒があるのは、皮の方だから。だからナイフで皮をちゃんと剥けば……食べるのはいいの。火を通しても、毒性は消えるからそれでもいいの」


 彼女の説明に、そういえば付け合せは皮ごとこんがりと焼いたものだったなと思い出す。

 外側は真っ黒に焼かれてこげているけど、何重にもなっている皮が守った中は、火だけが通って美味しかった。普通に調理するよりも柔らかく、どこかほくほくした食感になる。

 そうなると今度はじゃがいもって感じだ。

 ああいう調理ができるということは、確かに火を入れると毒性はなくなるのだろう。


「えっと、それで」


 足元においてある籠に、ウルリーケはヴェルの実を十個ほど入れていく。

 そして少しドレスの裾を手で叩くと、少しおどおどした様子で二階にある工房へと戻っていった。僕はそれを追いかける。いつものように力仕事担当、ということでお手伝いだ。

 熟していないヴェルの実は硬くて、ウルリーケの細腕じゃ加工が難しい。

 それに分担作業も悪くない。僕が準備をしている間に、ウルリーケは他のことができる。それも彼女にしかできないことだ。どうせ僕はヒマだから適材適所、ということで。


「ねぇ、ウルリーケ。ヴェルの実ってどういう効果があるの?」

 彼女の工房に入って、すり鉢を準備しながら問いかける。

 毒性と、彼女は言っているけれど、こうして薬に使うということは、それは薬効ともいえるのだろうと思う。だけど僕はそれを知らない。ヴェルの実はずっと食べ物だと思っていたし。

 薬の大本になる薬品の大瓶を引っ張りだしつつ、ウルリーケは答えた。

「そんなに強い毒性、薬効じゃ、ないの」

「他と組み合わせるタイプ、ってことか……」

 ん、とウルリーケは小さく頷いて。

「えっと……鎮静と鎮痛の作用があるの。打ち身や関節とかの痛み、とったりするのとか、傷薬とかに使うの。そこまで強くなくていいから、ヴェルの実で充分なの」

 大きなすり鉢の中に、ぽいぽいと放り込んでいった。



   ■  □  ■



 ヴェルの実で充分、というのはつまり、ほかにも鎮静や鎮痛の効果を持つものが存在しているということだ。自然にある薬草類が多いけど、中には科学的に合成したものもあるという。

 ただ、そういうのは効能が強すぎるのだと、ウルリーケは言う。

 人間に使うには、あまりにも強い、と。


「お値段は、高くないの。薬によったら安くもなるの。でも、怖いの」

「怖い?」

「ちょっと配分間違えたら、死んでしまうかもしれないの」


 僕の隣で、砕いたヴェルの実と一緒に混ぜあわせて使う薬草を砕くウルリーケ。

 例えば、と彼女は手を止めて、棚に置いてある瓶を指差す。

 元の世界のスーパーなんかで見かける、大きめのジャムの瓶ぐらいの大きさのそれには、灰色に近い色をした、茶葉のようなものが半分ほどまで入っていた。

 どういう効能かは知らないけど、時々ウルリーケが注文しているのを見る。

 たぶん、それなりによく使うものなんだろう。


「それは摂取すると痺れを生む毒草なの。一応ヒトには無害なの」


 魔物用なの、と淡々と説明される。

 一応、というところが怖い……のだろう。

 思えば、元の世界みたいに大きな研究所なんて、多分ない世界だ。それらしい施設はさすがにあると思うけど、大きなパソコンとかで細かく成分を調べる、とかいうことはできない。

 薬を『試す』というのも、ほとんど人体実験に近いのかもしれない。

 ……いや、元の世界でも最終的にはヒトで試すそうだけど。

 でも『万が一』の可能性は、数倍以上に高いのだろうなと……素人ながらに、思う。


「みんな、ゲーム以上に、なれてるの」


 あなたも、と付け足され、視線を向けるような動き。

「旅行かばんも、巾着袋も、ゲームにはなかったの。だけどガーネットは作れる。ゲームにはなかったものを作れる。ブルーや、レインさんや、テッカイさんもそう。……ガーネットは強い子、なの。みんな強い人。でもわたし、強くないの。怖いの。違うことを、するのが」

 違うことが、怖い?

「レシピと違う……ゲームにはなかったことをして、それでダメになるってこと?」

 ウルリーケは頷く。

 無理もない、と思った。攻撃手段として使う魔法薬ならともかく、薬として消費されるものでそんな橋は渡れない。ほんの少しのミスで、間違いで、誰かが死ぬかもしれないのだ。

 変な味の料理になるだとか、材料を少しダメにする、なんてものじゃない。

 そんなの、ウルリーケでなくても、恐れるに決まっている。


「本当に怖いのは、レシピ通りでもダメかもしれないってこと、なの」


 自分には薬の知識なんてない。ゲームだから、面白そうだから、そんな他愛無い理由で設定したもので、何も知らない。薬の成分、配合、全部ゲーム時代のままじゃないと不安。

 そして、その配合に自信すらない。

 だって何も知らないから。

 材料の何が、どういうものなのかもわかっていない。これくらい使う、じゃあそれを上回るほど使ったらどうなるのか。そういう、この世界の同業者では当たり前のことを知らない。

 知らないことは、怖いこと。

 知らないという理由では、許されないことが起こりうる生業。


「こわいの……」


 知らないことが怖い。

 知らないことで、何かをするかもしれないことが怖い。

 えぐえぐ、と泣きだしたウルリーケ。

 僕はすりこぎも放り出しておろおろするしかない。

 ひとまずハンカチを差し出しながら、静かに見守ることだけだ、僕にできること。


 ――ウルリーケは、充分に、すごいことをしているよ。僕はそう思う。僕は自分のスキルすらよくわからず、未だに使いこなせず、何もできないよりは少しマシ、って感じのままだ。


 仲間に支えられて、やっと立ち上がれる程度のギルマスだ。

 できることを把握して、精一杯やって、高みを望んでいるけど、できない。

 そんな彼女に、僕程度が何を言えるのだろう。

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