夜
帰る場所がない、と言われたドラゴン。
きゅう、と僕の膝の上で鳴く姿は、まるで犬や猫と同じような感じだ。
寧々子さんがいうには大きくなったら火を噴くわよー、だそうで、そういえば何回かそんなドラゴンに遭遇したことを思い出す。彼らは基本的に『魔物』で、相容れない存在だ。
だから、これから先も遭遇すればきっと、倒すのだろう。
どうして、そういう感じになってしまうんだろう……この子は甘えっ子なのに。
「あれじゃないですかね、動物園のライオンとか、あれと同じ感じで」
と、ふいに口を開くガーネット。
「飼育員さんに懐いてるじゃないですか、ああいうところの猛獣って。少なくとも問答無用で襲いかかってこない程度には。だけど野生だと、十中八九襲ってくる対象なわけで」
「……そういう、違い?」
「そゆことです」
「じゃあ、このまま甘えっ子に育てればいいのかな」
「大きくなった元チビに、甘えられてプチっと潰されるエンドが見えるのだ」
くっくっく、と楽しそうに笑うブルーはスルーしておこうと思う。
……とりあえず、大きくなった場合のことは、考えておいて損はないだろう、うん。
エリエナさんから聞いた感じでは、ドラゴンにはいくつか種類があるのだそうだ。大雑把にしか聞いていないけど、だいたい数種類。種族というより、その形的なものが。
ヘビのような形をした、ドラゴンというより龍と言うべきタイプ。これは空を飛ぶことを得意としているらしく、別の国では神様のように崇められ祀られている希少種らしい。
少なくともこのドラゴンは、その種類ではないのは一目瞭然だ。
二本の足で、のしのしと歩けるような身体をしているし。
そういう種類は更に二つに分類される。
ずっしりした体格で歩くことに特化してあまり飛ぶことができないタイプと、全体的にほっそりとして空を飛ぶ大翼を持つタイプ。後者の方が、元の世界でよく見るドラゴンだと思う。
どちらも人に飼われる場合は、荷物運びに従事するのだという。
帝国では珍しいけど、他国ではドラゴンを使った広域運送業なんかもあるのだそうだ。そこはドラゴンとの共存関係ができている、ということなんだろうか、少し興味がある。
僕の膝の上にいるこのドラゴンは、このうちのどちらかに該当するらしい。
ただ子供だし、ここからほっそりと育つのか、大きくなるのかは不明。五歳くらいの子供が乗れそうな程度の大きさになれば、だいたいわかってくるとは聞いているけど。
「ドラゴンって、成長まで結構時間かかるらしいから、当分このままかな」
ぷっくりした腹を撫でる。
僕の知識はすべて又聞きだから、専門書籍を勝って備えるべきかもしれない。
せっかく時間の猶予もあるのだし……。
この世界、意外と本を作ったり売ったりが盛んで、庶民向けの解説本とか料理本とかいろいろ出回っているそうだ。ブルーも何冊か買って、たまに郷土料理なんか作っている。
他にも裁縫の型紙を集めたものや、薬草などの調合レシピ。
小説やら絵本と言った娯楽もあるから、暇つぶしには事欠かない。
僕個人からすると、いろんな物語を知るのは勉強にもなるし。
「とりあえずよー、名前とかつけてみねー?」
うりうり、とドラゴンの頭を撫でつつ、ハヤイがいう。
あんまりやると起きそうだけど、ドラゴンは穏やかに夢の中だ。
「名前?」
「いつまでもよ、ドラゴン、とかじゃかわいそーじゃん? それってよー、まるっきり『おい人間!』って言ってるもんじゃねーのって、オレ思うわけでさ。さすがにあんまりじゃね?」
「それは確かに……」
だけど、名前なんてどうつければいいんだろう。ゲームを始める前、自分の名前を考えるのだって苦労した。どうもネーミングセンスが足りないというか、苦手な感じで。
ちゃんとした名前をつけてあげないと、やっぱり、かわいそう……だし。
名付けに関する本、あったっけ。
誰かに相談するというのも考えたけど、うちのギルドってわりと直球の名前をつけてる人がおおいからな……。例えばそこのハヤイとか、ブルーやテッカイさんも。ガーネットは少し凝った名前じゃないかとは思う。ウルリーケというのは、ドイツの名前なんだそうだ。
本人は言わなかったけど、レインさんからの説明である。
ちなみにレインさんの場合は、六月にゲームを始めたからレイン、としたとのこと。これも世間では安直なのかもしれないけど、もっと酷い――すごい例を知ると、大丈夫に思える。
僕の名前に関しては、ノーコメントで。
センスがないのは知ってるよ、うん。
あぁ、だからこそ僕は迷ってしまうわけだ。自分の拙い名付けでいいのか、と。
「名前とは、呪いだ」
物騒なワードを口にするレギオンさん。僕の膝に乗ったまますやすやと寝入って、寝言のようにきゅうと鳴くドラゴンを眺めていたブルーが、驚いたように彼を見上げる。
「呪い?」
「名をつけることで、相手を縛る。名付けられたら、形が定まる」
「えっと……」
「名がない花を、花、という以外に呼ぶ言葉はない。だが、名を与えることで、その対象は己の形を知ることになる。花、ヒト、動物、そういった広義すぎる曖昧なものではなくなる」
ちらり、とレギオンさんは寧々子さんを見る。
「彼女には『寧々子』という名がある。だが、もしもそれがなければ『女』や『女性』、あるいは『人間』と呼ぶしかない。それは彼女個人を示す言葉とは、決してなりえないものだ」
確かにそうかもしれない、と僕は思う。
寧々子さんはレインさんと談笑中だけど、女にしろ女性にしろ人間にしろ、同じ言葉が少なくともレインさんにも該当する。レーネ全体だと、四桁は余裕で突破するのは間違いない。
特徴を伝えれば、寧々子さん個人を指定することはできる。
髪の色、髪型、目の色、目の形。
だけどそれよりもっと手っ取り早いのは、名前。
それに簡単な服装、髪型などの特徴を添えればすぐに見つかるだろう。
改めて、膝の上のドラゴンを見る。
僕がこれから与えるものは、この子をずっと縛るもの。この子をこの子だと示すものであると同時に、他人が示したそれから決して逃げられなくするもの。
名付けの重みが増した気がする……。
「だめよレギオン、そんな脅すようなこと言っちゃ」
くすくす、とこちらを見て笑う寧々子さん。
脅されてたんだな、と思いつつ、改めてドラゴンを眺める。
つややかな黒鱗に天井にある明かりが映り込み、きらきらとした光の粒が見える。それがまるで星のように見えた。じゃあ、黒鱗は夜空……といったところだろうか。
そこまで考えて、一つの言葉が脳裏に浮かぶ。
「……ライラ、とか、どうかな」
「ライラ?」
「うん、どこかの国の言葉で『夜』を意味するんだったか、それを語源にした名前だって書いてあったなって。……ほら、一応掌編小説書いて出したから、いろいろ調べはしたんだ」
まぁ、キャラクターなんて二人しか出なかったし、名前も出さなかったけど。
最近はネットに、いろんな国の名前についてまとめてあったりして便利だ。……便利だなってずっと思う立場でいたかったけど、ここでどうのこうのとグチっても仕方がない。
「いい名前だと思うのだ、というか飼い主はお前なのだから、好きにするのだ」
「ん、ありがとう。……じゃあ、この子はライラだね」
よろしくね、と指先で頭を撫でる。
きゅう、と返事するように小さい鳴き声が聞こえた。
「夜か……似合いなのではないか、黒鱗の竜には」
ふっと少し笑って、レギオンさんは背を向ける。
そのまま寧々子さんの方に向かう姿をみて、僕の頭の中にある乏しい知識の一つが、あることを教えてくる。本人がそう名乗ったのか、以前誰かに与えられたのかは知らない、けど。
レギオン――それは確か『軍団』を意味する言葉、だった。
名は体を表す、というし、彼も何らかの『軍団』を有しているのだろうか。
賢狼王、つまり王と呼ばれるのだから、軍団の一つ二つは使役してそうに見えるけれど。
「……まさかね」
少し、邪推と妄想がすぎるかな。
ただまぁ、ゲーム時代ではそういうイメージが由来なのかなとは、思う。