今後ともよしなに
このラーメン店の店主をしている人、当然ながら冒険者なのだけれど、元の世界ではただのラーメン好きだったらしい。それがラーメンが存在しない世界に来たものだから、という絶望を糧に一念発起でこうなったそうだ。なんというか、ものすごく前向きな人だと思う。
彼の部下は、キャラバンで知り合った現地民や冒険者など。
皆さん、きびきびと楽しそうに働いている。
彼のように、僕らのように、何らかの商いを始めた冒険者は多いそうだ。だいたいが元の世界の雰囲気残した飲食店で、どこかの都市にはメイド喫茶風のカフェなんかもあるらしい。
……いや、これを元の世界の雰囲気に数えていいのか、僕も悩むところだけど。
だけどこっちの喫茶店やカフェでは、ああいうフリフリしたかわいい制服というのは一般的ではないらしい。そもそも制服すら無いというから、そう思うと現代知識と言えなくもない。
レーネではあまり見ないけど、都会だといろいろ揃っているそうだ。
冒険者が特に多いという第三都市なんか、すごいことになっているんだろうな。
やっぱり、一度は帝国の主要な都市を巡ってみたい。定期馬車を使ったのんびりとした旅路になるだろうし、レーネに帰ってくるまでにゆっくりすれば軽く数ヶ月掛かりそうだけど。
だけど僕はこの国の全体を、ゲーム中に見たこともないから……。
「おっちゃん、なぁ、おっちゃん、次は第三都市にいくんだって?」
「おぅよ、あっちは冒険者が多いからなぁ」
「じゅよーがあるってか、なるほどねー。いいなー、なんか羨ましいなー」
「ハヤイも第三都市にいくんじゃないの?」
「いや、オレとかにぃ達は、第四の方に行く予定。そっちにあるんだよね、家。しばらくはそっちでダラダラしようかなーって。まぁ、実際のトコ、走り回されるだろーけどさー」
ねーちゃんこえぇ、と苦笑。
家、というのは長兄のトキさん所有の一軒家のことらしい。しばらくは第四都市を拠点にいろいろやるつもりなのだという。俗にいう『攻略』をするかは、今は未定だそうだけど。
ただ戦力的には、できなくもないのだそうだ。
半年前でキャラバンが近くになければ、おそらくそっちに行ったかな、とハヤイはどこか遠くを見るようにしつつ言う。半年も経って進展がない今、いろいろ思うところがあるらしい。
そんな彼らが次に目指す第四都市エルートは、通称を水の都という美しい都市だ。
僕は詳しく知らないけど、水路や運河を使った街らしい。現実世界でいうところのヴェネツィア、だそうだ。こちらの方は、あの街のように水没はしないらしいけど。
芸術の都でもあり、貴族も多く暮らしているという。だから、レインさんやガーネットのような、細工系服飾系の冒険者が多いそうだ。あぁ、それとカフェなんかも名物らしい。
レーネに近いこともあって、食糧事情もいいからだろう。
一方、ラーメン屋――というよりキャラバンが次に向かうのは、冒険者の都。
それ用に整理された町並みがあり、昨日聞いた『攻略組』と呼ばれているような人は、だいたいその街を拠点にしているのだという。周辺に散らばるダンジョンの種類や数はその呼び名に違わぬもので、テッカイさんなんかはあそこの方が需要があるんじゃないかと思う。
冒険者が多い場所だから、ラーメンみたいな食事は人気が高そうだ。
材料入手手段が限られるこの世界じゃ、ここまでのものを作る人はそういなさそうだし。
「んー、うめー。やっぱラーメンはとんこつだー」
嬉しそうな顔で完食するハヤイ。
麺や具はもちろん、スープまでしっかり飲み干してある。
周りを見ればどこも笑顔で、きっと僕の表情も緩んでいるのだろう。
ふと、こういう素晴らしい物を作り出す人も、一部にとっては『裏切り者』なんだろうなということを思ってしまう。僕らもそうだし、彼らのことも、きっとそう呼ぶのだろうなと。
いつか、帰ることができればいいと僕も思う。
あの家に帰りたい、家族にも会いたい。
だけど同時に、帰れなかった場合のことも考えてもいい時期だとも思う。
半年経ってもなお、手がかり一つないんだから。
だけど。
「わかってない人が多い、ってことなんだな……」
悲しいことだけど、こういうものに心を休ませることすら許せない、そんな人が少なくないのだろうなと。そんなことを思い、しかし思考から叩きだして、僕はラーメンを食べた。
せっかく美味しいものを食べているのだから、明るいことだけ考えていたい。
僕もスープまでしっかりと味わって、ハヤイに奢ってもらう。
だけど奢られっぱなしというのは、やっぱりなんとなく居心地が良くない。今からでも財布を取りに戻ろうか。しかし、そう考えるその直後に、僕はハヤイに連行される。
「ってことで、これからクイダオレするぞー」
「は?」
「オレって明日にもここ離れるからさー、ちょっとオツキアイしてくれよー、なっ?」
「えっ、ちょ……」
人の腕を掴んでどこかに歩き出すハヤイ。名前の通り、とにかく脚が速いので、ほとんど引きずられているかのような感じだ。しかし振り払うだけの体力が、僕にあるわけもなく。
為す術ないまま、僕は夕方まであちこち引っ張りまわされた。
楽しかった、すごく楽しかったんだけど。
……恐ろしいほどに、疲れた、な。
だけど疲れた身体を引きずるように戻った工房の自室で、僕はメニュー画面を見てニヤニヤとしてしまう。それは僕の、フレンド登録した相手を表示する画面。
そこにはハヤイの名前やレベルなどが、非常にざっくりと表示されている。ここでハヤイを選択したらもう少し詳細なデータが表示されると共に、連絡を取るとかのミニ画面が出る。
別れ際に、連絡取り合えるだろ、とか言って互いに登録。
こうして僕にギルドのメンバー以外に、親しい相手ができた。
■ □ ■
朝になった。
けれど昨日は散々引っ張りまわされ、だいぶ身体が疲れている。ブルーが何か大騒ぎしているような声とか、姉を気遣うガーネットの声とか、今日も朝から工房は賑やかな感じだ。
彼は今頃、街道を馬車に揺られて移動中だろうか。確か、薄暗いうちから出発する馬車に乗るとか言っていたから。外は少し明るい、だからすでにレーネにはいないのだろう。
昨日の疲れはまだ消えない。
だけどもう少し寝てもいいかな、とか思いつつ寝返りを打って。
「よっ」
ベッドのすぐ傍らにいる、彼の笑顔が目に入った。
三回くらい考える。
――目の前に彼がいる、だが彼がいるわけがない、だからこれは夢か幻だ。
だけど四回目のループに入ったところで、いい加減に僕も目覚めてきた。現実逃避している場合じゃない、ハヤイが、なぜか工房三階にある僕の部屋にいる。これは紛れもない現実だ。
ひとまず部屋から追い出して着替え、それからもう一度招き入れて事情を聞くと。
「それがさー、オレってばさ、ついついうっかりおもっきし寝過ごしてさー。にぃやねーちゃんにふつーにおいてかれて。追いかけるってのもアレで、二度寝してここに来たんだけどさ」
「は? に、二度寝?」
「つーかオレのことふつーに置いていくの、ひどくね? かなりひどくね? まぁ、それでしかたねーから、これもいいタイミングなんじゃねってことでさ、ギルド離れてソロしようと思ったわけなんだよ。ほら、孤高の忍者ってかっけーし、アンサツシャって感じじゃん?」
「そ、それがどうしてここに……」
「うん。なんかオレっていつもきょーだい一緒だったじゃん、っていうかずっと一緒だったんだけどさぁ、だから一人とかまじ死ぬから、寂しさで即死するから。とにかくさ、孤独でいるのヤーなのよね。それでここに。あ、下で青いのとかには、ちゃーんと話通したから」
だからヨロシク、とにかっと笑われましても……。
青いのってブルーのこと、だろうか。
とりあえず、こうして前衛特化が一人しかいなかった我がギルドに、前衛特化を通り越して戦闘特化の新しい仲間が増えてしまったようです。ギルマスの知らないところで。
……ギルマスって、何だったっけ。