人という字は以下略
ハヤイに連れられてやってきたのは、中央を挟んで工房とは逆の位置、普段は行くことのない地区にあるお店だった。だけどそれは店というには、少しばかり質素な作りをしていて、どちらかと言うとテントと呼ぶべきものなのだけど、たぶんこれは『屋台』だと思う。
当然、僕が知るこの場所に、こんなものはなかった。
あったらテッカイさんがまず狂喜する。ブルーにラーメンを作るのを嘆願していたくらいだったし、僕だって嫌いではないから、ここにあれば存在ぐらいは把握しているはずだ。
どうやらキャラバンに合わせて開店したらしく、店構えもそんな感じ。
さすがにテーブルなどは外にあるけど、屋根の下に設置されたキッチンスペースは『屋台ってなんだっけ』と思うほど立派。適当に壁で囲った写真を見せたら、屋内だと思われそうだ。
しっかりした作りのコンロが幾つもあって、僕ぐらいがすっぽりと収まりそうな、うちの食堂でも使っていないサイズの巨大な寸胴鍋がででんと鎮座。あれはスープ、なんだろうか。
「ラーメン屋……?」
「そーそー。キャラバンで一緒だった知り合い。あ、冒険者な」
「うん、それはさすがにわかる」
だってこの世界にラーメンなんて存在しないし。
麺類ならパスタならある。庶民でもよく食べるものらしく、食堂でも人気が高い。
ブルーは一時期うどんかそば、そうめんなどを何とかしてメニューに取り入れようと試行錯誤していたけど、最終的にはパスタがあるならもうそれでいいのだとか言って諦めていた。
それらを入れたいのではなく、麺類をなにか入れたいだけだったようだ。
ちなみに食堂のパスタは、トマトと畑で育てたバジルを使ったシンプルなもの。カルボナーラはまだ様子見。材料が安定して手に入らないので、そこら辺を何とかしたいそうだ。
僕はとりあえず服のポケットをあさった。
財布がなければ食べられない。
まぁ、当然というべきか、手ぶらで引っ張りだされた僕は無一文だ。
「いーっていーって、オレがおごるし」
ひらひら、とベストの胸ポケットから二つ折りの財布を取り出し、左右に降るハヤイ。貸し借りするのは苦手だけど、背に腹はなんとやら、か。あとでちゃんと返さないと。
ハヤイはごきげんな様子で、キッチン前のカウンターへと向かった。
大柄で筋肉質な身体をした男性が、へいらっしゃい、と笑顔で近づいてくる。
ねじり鉢巻にはっぴ、完全にお祭りなノリだ。
「おっちゃん、オレとんこつ! 背脂たっぷりな! あとチャーシューに、もやしとかネギも多めでよろしくー。あとなあとな、半熟ゆでたまごも頼むよー。無いなら固ゆででいいけど」
「あいよー。おーい、とんこつ背脂多め、チャーシューもやしネギ半熟卵トッピングな」
「あ、半熟あるの? おっしゃー!」
ハヤイはぐっと嬉しそうに拳を握る。
その勢いとテンションのまま、彼は隣にいる僕の方を振り向いて。
「おまえはどうするよ、どれにする?」
「え? え、えぇっと」
どれにする、と言われてもメニューも何もない。
だからどこまで頼めるのかわからず、少し迷って無難なところをチョイスした。
「じゃあ……味噌で」
「トッピングとかいらねーの? うんまいよ?」
「えっと、それじゃ、チャーシューとネギで。あ、メンマはいりません。それから」
一度、そこで言葉を切って。
「半熟のゆでたまご、僕もください」
■ □ ■
出されたラーメンは本格仕様、実に美味しい。
少しぴりっとする風味で、卵を頼んだのは正解だったかもしれない。そうでなくても半熟のゆでたまごは好きなので、あると知るとついつい頼んでしまう。
「うぁいうぁいうぉーう」
「……だいたいよ?」
「むー」
そう、と言いたいらしく、水の入ったコップに手を伸ばしつつ頷くハヤイ。
なみなみと注がれた中身を、勢い良く飲み干して。
「お前さー、気負い過ぎなんだよー」
「……そうなの、かな」
「そーなのー、そーとしかみえないのー」
レンゲでスープをひとすくい。ずず、とすするようにしてハヤイは味わう。彼が使っているレンゲは、どちらかと言うとお玉のような形をした木製のものだ。
向こうではプラスチック製であることが多いものは、だいたいこっちでは木製。陶器は割れやすいのもあって、あまり使われてはいないようだ。……ラーメンの器が、いかにもな陶器の入れ物なのは、きっと店主のこだわりだろう。ここだけ見ると、何もなかったかのようだ。
「だいたい、お前一人で頑張ったって意味ねーじゃんよ。お前ソロか? 違うだろ? 立派な本拠地とサイコーの仲間がいる。異世界でぼっちサバイバーしてるわけじゃねーだろ?」
「うん、そうだけど」
「じゃあ次はな、お前、自分がめっちゃくちゃ弱いってのを自覚しろ」
「……いや、もうしてる、けど」
自覚しているから、こんなにも気にしている。
努力で不足を補おうと思っている。
だけどハヤイは呆れたように首を横に振ってみせた。
「いーや、ぜんぜんしてないね。してないから、お前よりずーっとすげぇ連中『みたいに』がんばろーってしてるんだろ。だからぜんぜーん自覚してねーの。追いつける気でいるんだぜ」
「それは……でも、頑張らないと」
「この世界に来てからさー、瞬間移動できるアレとかなくなってさ、すっげー不便っしょ。お前以外のは、ああいうので楽して丸儲けしてたのばっかなわけよ、いうならチート?」
「チートって……」
「優遇でもオンブにダッコでもいいけどよー、そういう手取り足取り、ついでに腰まで取ってくれるような恩恵、なんももってねーお前が一人でばたばたしたってどーにもなんねーの」
「……うん」
確かに、どうにもなっていない。
焦るばかりで、僕は何もできないままだ。
それが余計に焦りを産んで、成果につながらないとわかっていて。だけどそれしかできないなんて決め付けるように、僕は一人で何とか頑張ろうと、二つの足で立ち続けて。
それは、間違っていたことなんだろうか。
いや――これはきっと間違いに近いことだったんだ。間違いとは言い切れない、だけど正解とも言えない。だからこそ抱きつくのにちょうどいいだけの、きっとそんなものだった。
「どうにもなんねーから、攻略組だー、傍観者だーってうるせーんだし。オレなんかは完全に戦闘特化だけどさ、ゲーム時代ならそれでもある程度は生産スキルも育てられたんだぜ。調合とか細工とか、まーだいたいあの辺な。だってオレってば、強くてイカした『忍者』だし」
要するに、とこちらを向いたハヤイは。
「人という文字はどーたらこーたら言うじゃん? あれよ。ギルドマスターとか、なーんにもできねー自分とかちょっと向こうの方に投げ飛ばしてな、お前も寄りかかっていいんだよ」
それが仲間だぜ、といって、にかっと歯を見せるようにして笑う。
少しその笑顔を眺めて、僕はそっと目をそらした。なんだか、見ているとちょっと泣きそうになったから。さすがにこんなところで泣くのは、恥ずかしいし……だから、だから。
少し滲んだ視界を何とかしようと目元をこするようなフリをする僕に気付かず、いや気づいてあえて見なかったことにしたのか、にやにや、と意地の悪そうな顔をするハヤイ。
「ま、ありえねーとは思うけど、連中にポイ捨てされたらオレらが拾ってやるよ」
面倒見はいいんだぜ、と彼は笑っている。
お気遣いだけ、受け取っておこう。そんなことは、絶対にないから。




